15 目覚めの…


 ソラシアに撃たれ、私は急遽ラインドック駅近くの病院に搬送されていた。


 そして、コルコアに蘇生してもらったらしい。気絶した状態でコルコアの回復術式を受けたのなら正直、儲けもの。


 なにせ、痛みを感じないから。


 しかし、逆に眠りすぎて頭が痛い。寝ぼけまなこで天井を見上げると。上等な病室だってわかった。


 そして、誰かが私の右手に触れていることに気づいた。きっと付きっ切りで看病してくれたのだろう。すやすやと寝息が聞こえる。


(誰だ?)


 こんな私でも心配してくれる人がいる。だから、私は握られている手を握り返す。全然力がはいらないけれど、私が目覚めたことを知らせてやろう。


 それに、一体だれが看病してくれたのか? コルコア? リリー? それとも…エリックなのか。


「うっ、うぅ」


 私の予想した誰の声でもない気がする。私は一抹いちまつの不安に駆られた。早く意識を取り戻すために左手で自分の頬をパシパシと叩いた。ぼんやりとした景色が徐々に鮮明になっていき、その正体を見たらむしろ幻影であってくれと思うくらいに混乱した


「いやーアイラ君」


「アイゼフ大将閣下!」


 びっくりを通り越してあきれる。アイゼフ将軍は私を参謀本部まで呼び出した張本人である。帝国一の才能が集う参謀本部。その作戦本部長を、若くして拝命した帝国の宝とも言われるアイゼフ大将が、なんか知らないけど私の手を握っているのだ。


「来ちゃった!」


 あどけない笑顔で語る将軍であった。


(この帝国大丈夫か?)

 

 まぁ、彼が多少変人であることは知っている。普通にしていれば、クールフェイスの生真面目人間にしか見えないが、彼に気に入られると急に心の壁がなくなって心理的な距離感がめっちゃ近くなる。


「来ちゃったじゃないですよ! 仕事はいいんですか?」


「年寄りの昔話を聞くくらいなら、ここで君といるほうが100倍ましだ」


「そ、そうですか…」


 この参謀本部長、興味ないととことん仕事しないけど、将軍としては滅茶苦茶めちゃくちゃ強い。全体を俯瞰ふかんする視野の広さ、奇抜きばつで意表をつける発想力、エリックによれば帝国と敵対する連合国でさえも彼のことを将軍として尊敬そんけいしているほどだとか。


「今回も私は一本取られました」


「まぁ、最近は直接話す機会も少ないからね。これくらい許してくれ」


 *****


 さて、アイゼフ将軍がわざわざやってきた理由はもちろん新たな作戦についてである。作戦内容は要人の救出ミッションだという。


「まだ総統閣下の承認待ちだが、どのみち実施できるのは君たちだけだ」


「人殺しじゃないんだな」


 将軍もニコニコしながら私の肩をたたいた。


「こういうほうが好きだろう?」


 作戦参加することに異論はないが、しかし一つだけ気になることがあった。だから、私はちょっと眉をひそめる。


「何か気になることかな?」


「いや、移動距離が長すぎるな」


 将軍のプランでは、プラウダ連邦領内に軟禁されている要人を救出する。


 その際にレーダーを避けて帝国領内の山岳地帯から侵入しそのまま渓谷に沿って北上することは理にかなっている。が、しかし目的地まで直線距離で片道2000キロ、曲がりくねった侵入ルートをなぞると…。


「片道1万キロくらいだな」


 私たちの操る空飛ぶ「カヌレ」はスクーターに魔法の翼がついているような簡素な作りである。ちょっとばかし強いエンジンが乗っているから重たい荷物も運べるようになっているが、構造は要するにバイクである。


「1日6時間も飛んだらへとへとになる」


 カヌレは風を防ぐものがないため、長距離遠征には向いていないのだ。


「それに、1万キロって…」


 私たちのカヌレは標準状態なら時速約240キロ程度を発揮できる。つまり、1日6時間程度連続飛行できたとして1440キロ。


「トラブル込みで片道10日、帰りは追加の人間がいるんだろ?」


「あぁ、1か月くらいかかるだろう」


 私はため息をついた。


「補給は?」


「出発時は好きなだけ用意してやるが、途中で補給はできない」


「私含め三人で要人救出…二人戻って補給物資を持ってこさせるか?」


「それも思ったがな、合流するのは難しいだろう」


 プラウダは広い。地図上のここで待ち合わせ! とか言っても全く意味ない。歴史上では、プラウダに攻め入った1万人単位の師団でさえも迷子になるほどに広大で何もない土地である。


 私はため息をつく。


「私たちだけならいいんだが、要人は繊細な人間か?」


「あぁ、今は言えないがな。他の部隊も援護させようか?」


 他の部隊は新人ばかり、私たちについてこれない。敵に見つかって尋問じんもんされて計画がバレるか、あるいは広大な土地で野垂れ死ぬか…。


「闇落ち1年生には早すぎると思う。それに、あんまり証拠残すのもあれだろ?」


 大将がいよいよ無言になってしまった。帝国一の叡智えいちでもわからないことがあるから私を呼んだのだろう。だけど、私も答えを出せなかった。


 どうしても途中で補給が欲しい。敵地潜入ということも考えると、戦う体力も残す工夫も欲しかった。


「将軍閣下!」


 ずっと無言だった王子が急にしゃべりだす。


「おう、どうした? 君は確か…」


「ヨハネ・ブルーム少尉であります。先日着任いたしました」


 聖女隊の指揮官はお飾りである。なにせ、男は魔力がなくて私たちと一緒にカヌレに乗って付いてこれないのだから。


「閣下にご提案ですが、先の作戦でフランシス王国より鹵獲ろかくしたSS-1式飛行艇は小官が操縦できます!」


「お、本当か!」


 喜ぶ将軍。飛行艇は水上を滑走路代わりにできる飛行機である。それにSS-1は旅客機にもなる双発そうはつ(エンジンが二つ)の輸送機である。搭載量も航続距離も十分だった。


「なるほど、どうせ鹵獲品ろかくひんだ敵地に捨ててきても構わない。乗り捨ててあったとしてフランシスからの亡命者だと思うだろう!」


 私は不安だったが、帝国の叡智は喜んだ。次々とアイディアが浮かぶらしい。


 対する私としては王子がついてきて足引っ張られたらたまったものではない。何とか否定しようと考えてみるが、案として悪くない意見を否定するのは簡単ではなかった。


「それではブルーム少尉、貴官に帝国の最大戦力を預けよう!」


 結局、王子も一緒に来ることになったのだ。


 まぁ、一緒に来てくれるって気持ちはありがたいけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る