14 生きたい

 

「これは餞別せんべつよ」


 ビシュ。銃声。地面に落ちる金属薬莢。体に走る激痛。


 これは、銃で撃たれた時の痛み。全身が金縛りになった如く硬直し、私の体から急に力が抜けるように感覚がなくなる。


 私が背中を向けた瞬間に何かを背中に突き当てられ、そして、胸に走った鋭い痛み、遅れてやってくる硝煙の臭い。それらは鮮明に感じ取れた。


 何か、刺さったような鋭い痛みが遅れてやってくる。私は、恐る恐る痛みの原因である左胸を見る。小さな傷口からどくどくと血が流れ始めていた。


「あなたをいたぶれる最後のチャンスだもの、しっかり受け取ってちょうだい」


 このままじゃ本当に死ぬ。けどすでに体が痛みで動かない。


「あらあら、いい顔。これからもっといい顔になるわ」


 ご満悦まんえつのソラシア。コルコアの回復術式は絶命ぜつめいしたものを復活させることはできない。けがは治っても魂は帰ってこないから。


「おまぇ…」


 声を出そうと思ったができなかった。


「肺に穴を開けてみましたの。本当に息はできなくなるのかしら?」


「がっ…」


 血がのどにつかえている。それを吐き出すこともままならなかった。確かに肺にも傷がついているらしい。息ができないのだ。


「はぁ…ぁぁ…」


 苦しい、苦しい…。胸に空いた穴からツーツーと変な音を立てて空気が漏れていく。


「たぅけ…かっ…」


「あらあら、息ができないって本当なのね! 本当に苦しそう…」


 ただ、苦しそうにする私を見て、ソラシアは喜ぶ。こんなやつが帝国では聖女だって尊敬されてるんだぜ?


「でも、5分以上経つと意識がなくなってくるらしいの」


 その間にも私の意識はどんどんぼやけ、意識が曇っていく。


「あなたの苦しむ顔、本当に楽しいわ」


「ひぃ…、はぁ…」


「だから、あと4分間は静かに待ってあげる」


 と言いながらすでに2分も語っているソラシア。かくいう私はもうすでに抵抗の意思が砕け、前もまともに見えない。多分これはもう本当に死ぬんだろうって思った。


「あらあら、あなた本当にいい顔するわ」


「はぁー…、はぁー…」


 もうすぐ、準一等国民になれるというのに…。


「あなた、これから少しは幸せになるって思ったでしょ?」


 たしかに、そんな風に思っていたかもしれない。


「だから二等国民あなた劣等れっとう種族しゅぞくなの。だって、戦争のために生かされてるのだから戦争がなくなったら用済みに決まってるじゃない」


 薄れる意識の中でも、しっかり理解できた言葉である。これは、ソラシアの言う通りかもしれない。戦争のために強力な拒絶きょぜつ魔法まほうを付与された私たち。そんな、私たちが平和になった帝国にとって厄介やっかいな存在であることは明白だった。


「帝国人こそがこの星に生きるべき種族であって、あなたたちの居場所なんてないの。まったく駆除くじょちの害虫がいちゅう分際ぶんざいで帝国をけがさないでほしいですわ」


 私は、ソラシアの言う通りおろかだったのだ。淡い期待があったのだけど、ソラシアの言葉に意識をくだかれ、私はおとなしく死を受け入れようと思った。あきらめればきっと楽になるはず。


「あらあら、もう死んだの?」


 意識は気力をなくし、体はもう動かない。苦しい。やっぱり苦しい…。早く死にたい。早く死んで楽になりたい。それで、天国にいる優しい姉さんになぐさめてもらいたい。


「じゃぁね。アイラ。ここで死になさい」


 でも私の心はまだ生きたいって叫ぶ。こんな女に負けて終わるなんて、許せるほど低いプライドではなかったのだ。


「あらあら、そうでなくっちゃ」


 最後の力で私はソラシアの足に手をかける。ピカピカのローファーに私の血をつけて汚してやったのだ。ソラシアはそんな私の手をはらい、思いっきりかかとで踏み抜く。でも、もう痛みなんてわからなかった。常闇の世界がもう目の前に迫っていて、意識はどんどん深く落ちていく。何も感じない私は無敵なのだ。


(効かねーよ、ざまぁ見ろ…)


 私は最強の聖女。この拒絶の力が私の自由であるならば、帝国だって滅ぼして見せるのに!


「あら、笑っているの? 莫迦ばかになってしまって可哀想ですわ」


 それで、この女に復讐してみっともなく命乞いさせてやる。


「それじゃ、こんどこそ死になさい」


 そして、ソラシアの足音はどこか遠くに消えてしまう。


(死にたくな…い…)


 今までことあるごとに死にたいって言っていた私は、死に際になってようやく自分の気持ちに正直になったのだ。


 でも、もう遅い。意識は闇に沈んで行く。


 *****


「アイラ! しっかりしろ!」


 そして、常闇の中で優しい声が聞こえる。どうやら私の行先は天国らしい。


「リーダーが息してない」


「でも、まだみゃくはある」


「これ、見たことあります。たぶん肺に穴が開いて息ができないのかも」


 あれ? ここは本当に天国か?


「そうか、なら…」


 口に重なる温かみ。そして、ぷー、っという空気の通る音、私の肺が久しぶりに空気で満たされる。傷の痛みは辛かったけれど、私はあの世から戻ってくる感覚があった。


「はぁー!」


 そして、もう一度重なる唇。意識が戻ってきて、王子の吐息の味が濃くなる。酸素がなくなった体に、麻薬がしみ込むようにぷわーっと快感が広がっていく。


「くはっ」


「アイラ! 君はまだ生きてる」


 酸素が回復して、目の前に王子の顔が見えた。どうやら、帰ってきたらしい。そして、王子は深く息を吸い込み、また私に注ぎ込む。王子の呼吸が私に酸素を送り込むたびに苦しみから解き放たれる。


(あぁ、私はなんて幸せなんだろう)


 死にかけた体に王子の酸素が染みる。今、私は喜んでいるのだ。王子が息をするたびに、酸素を求め私の舌が王子を求めて触手を伸ばすのだった。

  

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