13 かくれんぼ

 

 長い金髪を風になびかせ、誰よりも優雅に歩く帝国聖女。それがソラシアである。


 そして、困ったことにあいつは私の顔見知り。こんな帝国聖女のドレスを着ていたら絶対に何かされる。呪いが不安を告げる理由がよくわかった。だから、私はその場から逃げる決意をする。こういうとき、呪いを便利だと思ってしまう私が悲しい。


「…リリー、ソラシアがいる」


 リリーがぴたりと騒ぐのをやめた。


 そして、吉兆から逃げるため私は駆け出す。ソラシアは基本的に私にしか興味がないからである。


 *****


 ソラシアという金髪の悪魔に初めて出会ったのは3年前で、フィナ姉さんが命令違反をしたと言いがかりをつけてきた。


「容疑を認めなさい」


 無実の罪で痛めつけられる姉さんのことを震えながら見ていた私だった。そんな、私にソラシアは声をかけてくる。


「あら、あなたたち姉妹ですわね」


 そして、拷問の対象が私に変わる。


「やめて、アイラには手を出さないで」


 と叫ぶ姉さんのことは今でも覚えている。姉さんはボロボロになっても守ってくれるのだ。でも、そんな姉さんの前で私はもっと絶叫ぜっきょうしていたと思う。


「あらあら、あなた良い声で泣くのね」


 私の体をぎちぎちに縛って太ももに太い鉄くぎを突き立て、それをハンマーで少しずつ、少しずつ打ち込み、私の骨に突き当る。そこからが本当の地獄で、ハンマーが振り下ろされるたび、骨を伝って全身にしびれるような痛みが走り、姉さんを心配させまいと我慢していた私の限界を超えてしまう。


「あぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!!」


 その時の痛み、まだ体が覚えているほどだった。失血しっけつで次第に意識がうすれ、体はだんだん楽になった。けれど、ソラシアが笑いながら私に語りかけた一言を忘れていない。


「あなた気に入りましたわ。今度もかわいがってアゲますわ」


 私にトラウマを植え付けるには十分すぎる出来事だった。あの時も、コルコアに「死にたい」って言ったかもしれない。


 *****


 そんなソラシアの姿を駅で見かけた。恐怖で汗がにじむ。人気ひとけのない場所の木箱の陰にしゃがみ、身を伏せる。柄にもなく私の体がぶるぶる震えだす。


「はぁ、はぁ」


 もう秋も深まっているのに、ぽたぽたと汗が滴るほどであった。心拍が200を超え続けると意識が薄くなるという。そういう危機に瀕するほど、私は動揺していた。


(なんで、収まらないんだ…)


 吉兆を告げ続ける私の呪い。輸送用の木箱に隠れやり過ごそうとするが、その感覚が一向に消えない。脈がどんどん高くなっていく。


 けれど、それも時間と共に次第に楽になってきた。


 息が整い、脈拍も落ち着く。もしや、危機は脱したのか? 私の予兆はいつも直感的で詳細が分からないのである。


 箱の陰からプラットホームを覗いてみる。空色の服はちらちらいるが、金髪は見当たらなかった。今のうちに列車に逃げ込んで身を隠そう。


「あらあら、アイラさん見つけましたわ!」


 しかし、後ろからそんな声がした。


 私は必死で悲鳴を上げるのを抑えた。なんなら漏らしてもおかしくなかった。むしろ、漏らしてみじめな姿をさらして笑われたほうが良かったかもしれなかった。


「その服、とても似合っていらっしゃるわ。アイラさん」


 お褒めの言葉をいただくが、私の予兆の能力は敵の戦車大隊に囲まれた時よりずっと警戒感を示す。どんな巨大な戦車だって倒せばいいんだ。拒絶魔法で何とでもなる。でも、ソラシアを攻撃することはできない。嵐が過ぎるのを待つように彼女たちが満足するまで耐えねばならないのだ。


 私たち闇落ちが恐れるのは帝国聖女だけである。


「ドメル閣下に推薦すいせんされて準一等国民になるそうね」


 ソラシアは意外なことを切り出した。これは都合がいい。二等国民であれば何をしても罪に問われないが、準一等国民はそうはいかない。多少軽くとも、罪には問われる。


「私に教えてくださってもいいではありませんか」


「ご気分を害すると思いましたので」


「そうね、もうすぐいたぶれなくなるのは残念だわ」


 やっぱり、知っていて手出しできないよな。私はそのまま去ろうと思った。


「ちょっと、お待ちなさい」


 しかし、逃がしてはもらえない。


「先日の一件でわたくし謹慎処分きんしんしょぶんになったのよ」


(そうか、ざまぁ)と言うだけの勇気はないが、そう思った。


 帝国において二等国民に人権はないに等しい。しかし、こういう謹慎をしっかり守るあたり、ソラシアのちゅう誠心せいしん垣間かいま見えるのである。


「それで、あのイケメン…じゃなくて、ブルーム少尉はどこにおりますの?」


 どうやら、ソラシアもまた帝国聖女の本文である旦那探しを忘れていないらしい。やっぱりイケメンは強いよな。


「もちろん、近くにおりますよ」


「そう、先日の件をお詫びせねばなりませんの。案内してくださる?」


 だけど、エリックが成り代わっているブルーム少尉は一等国民。律儀りちぎなソラシアだからこそ何もしないだろうと思った。断ったら私が何かされるだろうし。


「はい、承知しました」


 案内すべく振り返ったときだった。


 ビシュ。


 これは銃声だ。地面に落ちる金属きんぞく薬莢やっきょうの音。体に走る激痛。私の体から流れる血液。


「えっ?」


 どうやら、私は撃たれたらしい。

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