12 帝国聖女になりすまし


「王子…じゃなくて、ブルーム少尉っていい人だね」


 私とリリーは新しい衣装に満足だった。私たちは今、普段のボロボロになった闇落ち聖女の制服ではなく水色のドレスみたいな制服であるから。


「ごきげんよう」


 更衣室ですれ違ったどこかの帝国聖女様にリリーが一礼すると。


「ごきげんよう。かわいらしい聖女様ね」


 ちょっと、幼く見えるリリーの姿。なんと、挨拶をするとほかの帝国聖女様からお返事をいただけるのだった。


 普段の闇落ち聖女の恰好かっこうだったら良くて嘲笑ちょうしょうされ、悪いとソラシアみたいに特に理由もなく鞭打ちを入れてくるのに、衣装とはどんな最強魔法より頼もしく思える。


 こうなったのも偶然であった。


 エリックが補給課に問い合わせて新しい制服の調達に奔走したが。二等国民軍の服なんて用意してない。しかし、偶然その様子を見つけた将軍が、余っている帝国聖女の衣装を見繕みつくろってくれたのだ。


 正直、帝国聖女の本業は旦那探しである。今回みたいに安全になった戦地におもむいて、いい男を漁るために帝国中からやってくる。人数も多いし、すぐに人が入れ替わるし、組織立っているわけでもないし、要するに、お互いの顔なんて知らないのである。帝国聖女は本来戦争とは程遠い存在なのだ。


「なんか、気持ちいい!」


「いいかリリー。この服着てると魂が曇るから気をつけろよ」


「そんなこと言って! リーダーの皮肉も調子いいですね!」


 かくいう私もちょっと浮かれていた。これなら、出会い頭に鞭打ちとかされないだろうから。


「お待たせいたしました」


 さて、着替えも終わって、建物の外で待っている将軍とエリック。その二人に対してリリーはふわりとしたスカートをつまみ上げ足を引いて丁寧なお辞儀をする。


「いいね。今度からこの制服にしようか!」


 ドメル将軍に褒められてご満悦のリリー。私はちょっと肩をすくめて将軍に返事した。


「そうか、この衣装君たちのためにあったんだな」


「いやいや、褒めすぎですって!」


 全くまんざらでもないリリーだが、将軍は私を見ながら語っている。お世辞だってわかっているけど、褒めすぎだ。照れるではないか。


「あ、そういえば先日。ソラシア嬢に締め上げられたらしいね」


 嫌な思い出だ。


「彼女は私の命令で謹慎処分にしておいた。今は家に戻ってる頃だろう」


 しかし、今まではおとがめなしだったのに、謹慎処分ってかなり重く処分されている。あいつがいないなら安心して外を歩きまわれるじゃないか! 


「私からもお心遣い感謝いたします」


 エリックが将軍に敬礼する。どうやら、エリックが手を回したらしい。どういう理由で処分されたのか知らないが、もしかして準一等国民になるからなのだろうか? とにかく、これで、やつの気配にびくびくせずに自由に町を歩ける。


 ドメル将軍は、自分より背の高い王子の頭に無理やり手を伸ばし撫でる。力いっぱい頭をくしゃくしゃするから王子の金髪が乱れていく。


「いやぁ、いい指揮官で助かるな。な、アイラ」


「おう、今まで二番目に最高の指揮官だ」


 ドメル将軍は私たちの元指揮官。だから、上司を立てて王子のことを2番目と言ったのだけど、王子がちょっとジトッとした視線で私を見る。嫉妬しっとするなって。


(ちょっとかわいいけど)

 

 *****


 第六軍団本部から野戦用軽便鉄道で半日かけて旧フランシス王国の国境から帝国にわたり、ラインドック駅に到着する。ここで特急列車に乗り換えて私たちは帝国首都のベルンを目指す。


「わーい。初めて特急乗る!」


「あんまりはしゃぐなよ」


 そう言われて、しゅんとするリリー。でも、すぐに気分を切り替える。闇落ち聖女は現実が厳しすぎるからこの程度でへこたれないのである。


「ほら見て、淑女っぽくない?」


 おませなリリーは帝都を歩く淑女の所作を真似ていく。肘を引いて手をお腹の前で固定して、背筋を伸ばし、小幅でゆったりとつま先で歩く感じ。


 補給拠点の町に来ると空色の制服はちらほら見かけるようになる。しかし、ほかの帝国聖女も私たちを本物だと思っているらしい。クスクスと笑いながらリリーの様子をかわいいと見守っていた。


(なんという扱いの差だろうか)


 これが一等国民と二等国民の違いなのだ。先の戦いで長く続いた戦争に一端の終止符が打たれた。今はその戦勝ムードでみんなの心が緩んでいる。


(戦争がなければ私たちもゆったりとした時間が過ごせる。なら贅沢は言わない)


 リリーが楽しそうにしているのを眺めていると私も安心できるようになってきた。


(これで、帝国民がいなくなれば最高なんだけどな…)


 そんなことを思った瞬間だった。急に背筋に寒気を感じた。私の呪いが危機を告げるのだ。


(誰かに見られている?)


 とっさに、身をかがめて姿勢を低くした。


 この感じ。敵に囲まれてもこれほどの不安になることは珍しい。違和感は徐々に胸に集まり心臓が不整脈になりそうなほどにどきどきした。


 そして、視界に一人、見覚えのある金髪の聖女がいた。


(あいつは、ソラシア)


 人形みたいにウェーブのかかった長い金髪。それが、振り向きそうだった。


 だから、私はとっさに身を隠すのだ。

  

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