09 予知と予兆


 一つの戦争が終わって帝国軍人がはしゃいでいる間。私たちはようやくゆっくりできる。なぜならば、私たち二等国民の打ち立てた戦果を我がものとすべく、一等国民のお偉方が戦争しているからである。今までのことで疲れて私はそのまま夕方まで眠っていた。


「リーダーは?」


「疲れてそうだし寝かせてやれよ」


 リリーとクロルが気を使ってくれた。私は甘んじでもうひと眠りすることにした。ぐるりと寝返りを打つと左手首のブレスレットが目に入る。


 ドックタグ(金属製の名札)と同じ太いチェーンにぽつりと一つ、褐色に曇った金属の塊がついている。ぼんやりと光沢を帯び、ところどころ傷がついている。直径7.6ミリのフルメタルジャケット。これは、姉さんを殺した弾丸である。


「姉さんは、私をかばって死んだ」


 2年前。この弾丸はフィナ姉さんの頭蓋骨ずがいこつを貫通。脳みそと一緒に黒髪の生えた肉片が真っ赤に染まって飛び散った。


「スナイパーだ!」


 姉さんをただの肉片に変えた弾丸はそれでは飽き足らず、私の肩にまで突き刺さっていた。衝撃ではじかれ、そのまま崖を転がり落ちる。気が付くと、私は空を見上げていた。大粒の雨が直接目に入ってくる。


 そして、私に覆いかぶさる人影が現れる。


「アイラ様、すぐに手当てを…」


 コルコアだ。傍にいたフィナ姉さんはどうにもならないと思ったんだろう。


「大丈夫、手当はあとにしよう」


 私は簡単に止血だけする。この状況から脱するには逃げるしかなかった。仲間たちとははぐれ、部隊は孤立。助けを請うても、二等国民兵に割く兵力なんてない。


「なら、せいぜい暴れて敵に殺されてやりますか?」


 コルコアの提案だったが、私は嫌な予感しかしなかった。だから、本能で首を振る。


「では、身を隠して逃げますか?」


 そっちの提案は案外よさそうだった。こういう、先の行動に対する「予兆」が私に付された呪い。苦しい現実からなかなか抜け出せなくなる呪いだ。


 私たちは。泥の中を転がって身を隠し、森の中に逃げる。身軽になるため、食料や不要な武器を捨てる。茂みに隠れ敵から身を隠しながらも、重量4キロのライフルだけはしっかり握りしめる。


「確か、この辺だ!」


 隠れている茂みの中から敵兵が見えた。どうやら私たちには気づいていないらしい。私は伏せたまま握りしめたライフルを敵の一人に向ける。


 敵兵たちはあたりを探している。


「なんだ、死体か。ずいぶんでかい女だな」


 男の一人が姉さんの遺体に触れている。頭が潰れた遺体を触り、胸を揉んでいるらしい。


「残念なこった。捕まえたほうが良かったかも」


「そんな場合か馬鹿野郎」


 隣のコルコアももう一人にライフルの照準を合わせる。同時に撃てばこの二人は倒せるだろう。しかも、相手は油断している。


「そっちはどうだ!」


 しかし、遠くから怒号が響く。どうやらほかにも大勢仲間がいそうだった。今引き金を引けば、敵が集まってくるだろう。眼前の敵が私たちを見つけるか? 彼らの足元にはほかにも仲間の死体がある。雨に洗われ、飛び出した内臓がきれいなピンク色になっていた。


(ここでやつらを殺すべきか?)


 男二人が周囲を探し始める。あろうことが私たちのほうに歩いてくる。ゆっくり、ゆっくりと茂みを分けて。雨音は激しいのに、草や枝を踏みしめる足音が聞こえてくるようだった。


 コルコアはじっとしていた。私を待っているらしい。


(撃つか、撃たないか)


 私が指をかける引き金にかかっているのは敵の二人と私たちの命。


 でも、私の心と体は引き金を引くことを躊躇った。心臓がドクドクと不安を煽る。


「こっちは誰もいない。戻ろう」


 結局、撃たないことが正解だった。緊張で姉さんが死んだというのに悲しむ余裕さえなかった。まぁ、どうせ自分もすぐ死ぬと思っていたから寂しいなんて思ってなかったけれど。


「行きましょう」


 雨のせいで肩からの出血がひどく、私の意識が薄くなってくる。普通なら見捨てられるような状態だけど、コルコアは私を支え続ける。もし私がここで倒れたら…、背筋に悪寒が走る。私が倒れても見捨ててくれず、コルコアと一緒に死ぬ予感がするのだ。


 不思議なことに私は死にたいと思っていても、仲間が死ぬのは怖かった。そういう矛盾した私の心と呪いが悲しみを拒絶する。


「大丈夫ですか?」


「あぁ、そこの坂を転がって降りよう。その先に何かあるみたいだ…」


 私に付与された呪いは、どんなに絶望的な状況でも生きるための道を示す。坂を下りるとクロルが待っていた。本当に神様に導かれるようだった。


「フィナは?」


 コルコアは首を振る。


「じゃぁ、アイラに従うしかないな」


 クロルもまた私を頼るのだ。みんなお願いだ、私を頼らないでくれ。私を信じないでくれ。私に負わせないでくれ。「予兆」という呪いが私の命にみんなを乗せて、運命をずっと重くする。


 しかし、おかげ帰還することができた。力尽きて倒れこんだ私。


「早く手当てしないと」


「いいよ、もう死にたい」


 でも、コルコアは私の尻を叩く。そして、死なせてくれなかった。


 その時に取ってもらった弾丸がフィナ姉さんの唯一の遺品。けれど、これを眺めていると今でも姉さんのことを思い出し、私を元気づける言葉が蘇ってくる。


「アイラが頑張ればみんな幸せになれるわ」

 

 姉さんの受けた呪いは私とよく似ている。


 それは予知。


 私よりずっと協力で強い力だった。姉さんの言葉は必ず現実になる。だからこそ、姉さんの言葉を強く信じた。姉さんが大丈夫だって言うのなら安心だった。


 そして、こんな時思い出した言葉は…


「アイラはね王子様と結婚するのよ」


 気休めや冗談じゃなくて、これもしかして本当なのか?

  

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