08 回復って癒されると思うでしょ?


「手当いたします、服を脱いでくださります?」


 私は上着を脱ぎ捨てる。コートと上着とシャツがぶわっとうが、コルコアは無言でキャッチする。そして、私は治療用ベッドにうつぶせになって寝転がる。


随分ずいぶんきれいですわね」


「でも、痛いんだけど」


「今日は一発で済んだのですね」


 いつもは、どれくらい鞭打ちされるか正直わからない。あまりの痛みで私の意識がなくなって道端みちばたで目覚めることもあるし、目覚めたらコルコアが処置を終えていることもある。正直、意識なく回復術式かいふくじゅつしきを受けた時はラッキーである。


「優しく頼むぞ」


 寝転がる私の背中にコルコアは筆で魔法陣を描き始める。インクをしみ込ませた冷たいペンが私の背中を滑り鳥肌が立つ。


「アイラ様、これをんでください」


 コルコアに木の棒を差し出される。それを私はガシッとみつく。これは術式の痛みで舌を噛まないようにするためのものである。


 実は、回復術はものすごく痛い。どれくらい痛いかというと、ダメージを受けた時と同じくらいかそれ以上の痛みである。銃で撃たれ、失血して、精魂せいこん尽き果てそうな状態でもう一度銃で撃たれると思えばその絶望感ぜつぼうかんがわかるだろう。


「マジで優しくしてくれ…」


 コルコア様に懇願してみるも…。


「何度も申し上げますが、加減できませんの」


 私は木の棒きれをぎしぎしと噛みしめた。


「はい、いきますよ! さん、に、いち!」


「うがっ!」


 コルコアが本当の意味でおかしくなったのも回復を司る蘇生そせいの呪いが原因である。


 敗北した国から強制徴兵された女子は基本的に闇落ち聖女にされる。コルコアももれなく徴兵され、強引に呪いの紋章を付与されて呪いをかけられ闇落ち聖女になる。


 しかし、コルコアは私と違って呪いを選ばせてもらえたらしく、蘇生の呪いを選んだという。これは少女に人気の呪いでもある。


 当時13歳だったコルコアは回復の魔法で病気の弟を直したかったと語っていた。


 しかし、回復術式はある種の時間じかん遡行そこう魔術まじゅつ。怪我をしてから3日以内くらいなら処置ができるが、それ以上過去にわずらった怪我を治すことはできないし、病に侵されている場合も治すことは難しかった。


 仕方ないので毎日延命のための回復をするが、回復術式とても痛い。弟は痛みに耐えられなくなって、コルコアを拒絶した。その時にコルコアに言い放った言葉は…


「もう死にたい」


 だったという。結局、弟はモルヒネを投与して安楽死を選ぶ。とても良い笑顔で死んでいたという。そして、弟の死と共にコルコア自身も呪われた意味を失った。


 そこから、コルコアは衛生兵として戦場を転々とし、負傷した仲間に回復術式をかける日々となる。


「もういい、殺してくれ…」


 しかし、深手を負っては回復され、何度も戦場に戻されると、どんな人間も壊れてしまう。回復を拒否し「死にたい」と叫ぶ兵士は後を絶えない。人を救うはずの能力が、結局人を苦しめる。


 死にたいとお願いされるコルコアは何も言わない。絶対つらいだろうに…。


「はい、よく我慢できました。えらいえらい!」


 そういいながらコルコアは私に描いた術式をアルコールでふき取っていく。コルコアがチームに加わったときはすでに彼女の瞳から輝きが消えていた。


 私は彼女の輝いた瞳を知らないのだ。


「あと、もう一つお願いがあるんだ」


 エリックも服の上からとはいえ鞭打ちされたので心配だった。なので、コルコアにそう伝えようと思った。


「エリックもてやってくれないか?」


 しかし、コルコアは今一つ状況をみ込めなかったようだ。私たちは人に守られることはない。それくらい、私たちは大事にされていないのだ。


「え? どういうことかしら?」


 だからもっと端的たんてきに状況を伝える。


「その、エリックが私を庇って鞭で打たれた…」


 コルコアの半分閉じた黒い瞳が見開く。マイナスの感情だけが集合する彼女が驚かずにはいられなかった。


「庇われたですって…まぁ!」


 そして、私の話を理解したコルコア。そんな世界の深淵しんえんを写したようなコルコアの瞳が私のほうをぼんやりと見つめる。なんと、彼女の瞳が輝いている。私はこんなコルコアを見たことがなかった。


「まぁ、まぁ、なんということでしょう…」


 やはりコルコアも乙女。恋の話には目がないのである。


 それに、今までずっと闇で染まっていたのに案外こんなことで輝くのも驚きだった。


  

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