06 悪魔


「ん? そういえばお前、新任しんにんか?」


「はい、先日着任いたしましたヨハネ・ブルーム少尉であります」


 将軍はじろじろと王子を見つめる。めっちゃ顔が近い。鼻と鼻がぶつかりそうな距離きょりであった。


(気づかれてしまったか?)


「君、36歳には見えないな」


 肉ミンチとなったブルーム少尉は36歳だった。それでも士官しかん学校がっこうを出たてのぴちぴち新任しんにん少尉しょういであった。しかし、入れ替わった王子は18歳である。


「昔から童顔だと言われております」


 ドメル将軍はちょっとだけ鼻で笑い、王子の肩を二回ポンポンとたたいた。


「まぁ、適当に頑張ってくれ」


(えっ、乗り切ったの?!)


 立ち話が長引いたが、ようやく師団指しだんし令室れいしつに移動して戦果せんか報告ほうこくだ。


「戦車だけでも撃破げきは確実かくじつが140両、履帯りたい切断せつだん放棄ほうきさせたのが35両で…」


「もう君たちだけでフランシスの機甲きこう師団しだん、全部倒せたんじゃない?」


 かみ煙草たばこをふかしながら笑顔で戦果報告を受けとる将軍。エルヴィン・ドメル中将。彼は師団をたくみにあやつり、エリックの故郷であるフランシス王国とベネルディ王国をまとめてわずか2週間で滅ぼした男である。机上の空論だった電撃でんげき作戦さくせんは彼が現実のものにした。


「私の作戦は君たちがいなければ実現しなかった。まずは礼を言おう」


 ドメル将軍は帝国軍人では唯一ゆいいつたたかっていて愉快ゆかいな人間だった。戦うときは常に最前線さいぜんせんにいて、小さな戦車に乗って戦闘部隊と一緒に行動。戦況は目の前を見ればわかるような状況で報告は少なく済んだ。戦車から顔を出しては手信号だけで指示を出して、みんながそれについていく。無駄は一切ない。彼の周りではすべてがうまく行くとさえ思える。


 そんな猛将もうしょうも勝利はうれしいようだ。ちょっと強面こわおもてだが、目元はニコニコ笑顔を見せている。そして何より、彼は平民からのし上がった将軍である。だからなのか知らないが、私としゃべるときも偉そうにはしない。それも、愉快ゆかいに思うことの一つだった。


「それで、アイラ」


 そんな将軍の笑顔が急に消えた。真面目な空気がただよう。


「君を、準一等国民に推薦しようと思う」


 この帝国民には階級が主に三つある。一つは一等国民。帝国生まれの帝国臣民であり、彼らは生まれながらに優れた才能と血統を有するとされ完全な市民権を持つ。それ以外が二等国民で差別さべつ階級かいきゅうと言って差し支えない。そして、二等国民の中で特別な才能を認められた者だけがなれる準一等国民という階級があるのだ。


「良いのか?」


 将軍が持つ推薦枠すいせんわくも年に一つしかない。第一だいいち機甲きこう師団しだんには2万人の兵隊が所属し、約1万7千人が二等国民である。私が、その中の一人になってしまっていいのか。そういう確認の意味だった。


「君意外に思いつかなった」


 これは願ってもないチャンスだった。準一等国民になれれば今よりはまともな生活になるだろう。戦場ですりつぶされるだけの命ではなく、何もない平穏へいおんな一生を送れるかもしれない。そんな、普通の人生を期待させるくらいには希望的なことだった。


 *****


 戦果報告の帰り道。ずっと黙っていた王子がようやく口を開いた。


「よかったじゃないか」


 うれしくて忘れていたけど、そういえばこのエリックは、帝国を打倒して故郷を取り戻そうとする立場の人間であった。


「まぁ、日ごろの行いかな」


 という、そっけなく返したつもりだった。でも私のやっていることは、帝国に全部奪われながら帝国に身も心もたましいまでもささげる理想的な闇落やみおち聖女である。


 なんだか、普段からDVを受けていて、たまにご褒美ほうびが来ると泣いて喜ぶ哀れな女そのものである気がしてきた。


「…」


 二人に、沈黙ちんもくが続いた。私が先に耐えられなくなって。


「先に帰ってろよ」


 そう言って王子を帰した。エリックは何か言いたげだったけど、今の彼には何もできない。何も提案できることがなく、ちょっと寂しそうな後ろ姿でトコトコ帰っていく背中が印象的だった。


 その直後だ、急に悪寒おかんが走った。


 この悪寒はたぶんあいつの気配である。


「あら、あらあらあら~。アイラさんではありませんの」


 空色のドレスみたいな軍服姿で私を呼び止めた金髪の帝国聖女。この帝国聖女こそ闇落ち聖女が最もみ嫌う「最恐さいきょう」の存在。その中でもソラシア・アイゼンローラは特にしつこかった。私にだけにやたらとしつこかった。

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