05 噂の将軍様


 第六軍の司令部は小さな町を帝国軍が借りて設営されている。


 一等国民は民家を兵舎代わりにして住み、二等国民兵は町の外周の畑に設営されているテントに寝泊まりしていた。


 テント街はほこりが舞い、男たちの汗のにおいが一気に立ち込めるほど人口密度が高い。屈強くっきょうな男たちがドラム缶に火をくべてだんを取っている。いかにも物騒ぶっそうな狭い道。そんな道を王子と二人、馬で進む。


「いつもこんな道を?」


「ここが近道だからな」


 私は気にせず進み、王子もぴったりとついてくる。


「おい!」


 男の野太い声が私たちを呼び止める。そして、二人の屈強な男が私に近づいてくる。正直、こんな男しかいない場所で、か弱い女子である私が通ればいつも誰かしら声をかけてくるのは当たり前と言えば当たり前である。


 ただ、予想外だったのは、王子がその二人から私を守るように、馬をひるがえして立ちはだかったことだ。王子よりもずっと大きく強面こわおもての男たちが、馬に乗った王子を鋭い目つきで見上げる。


 沈黙する二人の男たち。そして、二人同時に首をかしげた。


「この男は誰?」


 彼らは私と同じ二等国民。帝国に使役しえきさせられ無謀むぼうな戦場に突撃とつげきさせられる立場である。一方、私たち聖女は彼ら歩兵を空から守る女神みたいなものであって、ちやほやされる立場なのだ。悪いようにはされない。


 ただし、逆に困った事情も知っている。一緒に戦っていた彼らは着任ちゃくにんしたばかりの私たちの指揮官が死んだことを知っているのだ。


「か、代わりの指揮官だ!」


「そうか、随分いい男じゃねーか。惚れちまいそうだぜ!」


 と言って、大柄の男が王子に投げキッスをする。一瞬いっしゅんたじろぐ王子だったが。


「どうも」


 と、お礼を言った。


 さて、声をかけられたからお使いも頼むとしよう。


「この手紙頼めるか?」


 屈強な二人の男に大切な手紙を預ける。


「おう、しっかり渡しておく!」


「じゃぁな、今度も生き残れよ!」


「女神がいれば心配ないさ!」


 私は手を振ってまた馬を進める。すると、王子がやたらと馬を寄せてくる。すぐ右側に見える王子の顔が説明を求めている。


「安心しろ、こいつら私の尻は触っても手は出してこないさ」


「尻は触られたのか?」


「お前も触るか?」


 恥ずかしそうに眼を背けるエリックだった。お前が照れると、私もなんか恥ずかしくなるだろうに。


(まぁ、守ってくれてうれしかったよ。ありがとう)


 私たちは戦車大隊も恐怖きょうふする最強の闇落ち聖女隊。カヌレという空飛ぶスクーターに乗ってみんなを助けるために駆けつけるけれど、守ってくれる人はなかなかいないのだ。


 私たちはそのままテント街を抜けて市街地に入る。すると、整然せいぜんとした街が急に現れる。


「こっちだな」


 私たちは馬をあずけて、街の中に歩いて向かう。この先に伝説になる男がいる。


「これから、うわさの将軍様に会えるのか?」


「変なことするなよ」


「隙があればあるいは…」


 正直、帝国軍人はみなきらいだった。けれど、ドメル将軍は嫌いじゃなかった。


「そういえば、君が将軍に直接報告するのか?」


 指揮官だったブルームは少尉。士官学校を出てすぐのやつと同じである。要するに、帝国軍人では一番下っ端。そんな下っ端が、師団のトップである将軍(中将)の直轄ちょっかつ部門ぶもんであることにおどろくのは無理もない。


「第6軍の闇落ち聖女隊は私たちともう二つしかないからな」


 さらに言えば、たいていお付きの指揮官様は闇落ち聖女の戦いについてド素人なので、結局私が直接将軍に意見いけんしんしたりしていたレベルである。


「まもなく将軍様がいらっしゃる」


 私と王子は敬礼して待つ。軍靴の音が少しずつ近づいてくる。いよいよであった。


 きりりとした目つきにちょっと野性やせいあふれるひげを生やしていて、肌は日焼けしている。そんな鋭い目つきが私をとらえ、恐怖きょうふを感じてドキッとするが、目つきはすぐに笑顔に変わった。


「おぉ、アイラ! 元気そうじゃないか!」


「はい。アイラ隊、報告に上がりました」


 そして、開始早々、報告なんてそっちのけで話が始まった。


「まさか中将がフロートに乗ってるなんて思わなかったから」


 ティーヌ川を超えるとき戦車が通れる橋がなくてドメル将軍と手を取り合って一緒に戦車せんしゃきょうの設置を手伝ったときの話である。空を飛べる聖女隊の私たちがロープを対岸まで貼り、フロート(いかだのようなもの)を3人くらいで引き寄せて橋の構築こうちく物資ぶっし運搬うんぱんしていた時のことである。


 フロートを手繰り寄せると男が仁王立ちで立っていた。敵に狙撃そげきされるかもしれないのに、大胆だいたんなことをする男だと思ったが、よく見ると将軍だったのだ。


「お前、目を丸くしてたな。かわいらしくしやがって」


「うるせー、誰だってびっくりするって」


 と、立ち話をしていると、王子が話に割り込んでくる。


「仲いいんだな」


 と、聞かれたと思う。急に話に割り込まれ、さらに嫉妬しっとっぽい一言に対し、


(目立つことするんじゃねーよ!)


 とは口にできないが、そういう顔と視線を送る。そして、最速の男がもちろん反応した。


「ん? そういえばお前、新任か?」


 黙っていれば気づかれなかったかもしれないのに、恐ろしい目つきでエリックをにらむドメル将軍だった。

  

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