04 とりあえず黙って立ってろ!


 ジリリリ、ジリリリ…


 通信機のベルが部屋に鳴り響く。キリエが受話器を取って通信内容をメモに書きだす。私はキリエのメモを横からのぞき込み「すぐ行く」と返事した。キリエはこくりと頷いて、モールス信号機を使ってすぐにツーツートントンと軽快な音で返事した。


「さて、王子。早速出番だ!」


 今日、王子エリックは名前を隠し、死んだ指揮官であるヨハネ・ブルーム少尉にすり替わった。そして、新しいブルーム少尉の任務は単純明快である。


「私と一緒に将軍のところへ来て、黙って立っていればいい」


 王子は首を傾げる。


「指揮官なんだからもう少しすることがあるだろう」


 私としてはこういう働き者は嫌いじゃないけれど、帝国がどれほどくさっているか理解するにはちょうどいい機会きかいだろう。


「もう一度言う、何があっても黙って立っていればバレないから、黙って立っていろ」


 王子はいぶかしげな表情を見せるも、渋々しぶしぶ承諾する。


「よし、後は証拠しょうこ隠滅いんめつだ」


 フランシスの王子である証拠は捨てねばならない。代わりの軍服はブルーム少尉のやつが一つくらいあるだろう。


「よし、さっさと脱げ!」


 恥ずかしがる王子を気にせず服を脱がしコルコアが丁寧に畳む。みんなにはブルーム少尉を捨てた場所に服も隠してくるようにお願いした。


「それでは少尉殿、軍曹の私がエスコートして差し上げよう」


「そうだな。少尉の私を案内してくれたまえ」


 そうして出かけようとした。しかし、


「あ、アイラ一つだけ!」


 クロルが思い出したように声をかける。


「今のうちなら『やつら』いないらしいぜ。早く報告行ってきな」


 キリエとクロルがこちらを振り向いて教えてくれる。


「やつらってなんだ?」


「帝国聖女隊。水色のドレスみたいな服着てるから居たらすぐわかるよ」


「帝国最強の部隊か?」


 私はそれを聞いて思わず笑った。


「違うのか?」


「そうだな、帝国最恐ていこくさいきょうの部隊ならあってるかな」


「まぁ、見つからないうちに行って来いよ」


 ということで、私は王子の背中をバシンと音がするほど叩いて出発をうながす。


「馬は乗れるな?」


 と、王子に聞いてみるが、要らない質問だ。私が昔に教えてやったからな!


 時代は産業革命を過ぎ、自家用車が存在するほど機械化が進んだけれど、砲火を交えた後の荒れた平野を走るなら、馬が最速だった。それに、貴族のたしなみとしても依然残っている。


 さて、この自称エリックは本当にエリックなのだろうか? だから、お手並み拝見である。私がわざと馬を駆け足で走らせる。そんな私のペースにうまくついてくる王子。砲撃でできた大きな穴をぴょんと飛び越えて、私の乗馬の腕前を披露してみると、王子も同じように飛び越えるのだ。


「ははは、さすが上手いな」


「師匠の教え方だろうよ」


「褒めても何も出ないぞ!」


 ただ、馬に乗っているだけなのに。私も乗馬の記憶が蘇る。確かエリックと一緒におしゃべりしながら、1日じゃ帰ってこれないようなところまで出かけて、普段は優しい父にとてつもない勢いで怒られた記憶が蘇る。戻れるなら平和なあの頃に戻りたいものだ。


 *****


 馬を走らせ10分ほどすると、小さな町が見えてくる。ここに、私を呼び出した将軍がいる。この町は東方方面軍、第6軍団所属、第1機甲師団を預かるエルヴィン・ドメル中将が司令部を置いている町である。


 ドメル将軍は帝国最速の男だと言われている。敵軍の中を最前線の部隊と一緒に戦車に乗りながら指揮し、前の大戦で3年間も決着がつかなかった戦いを、今回はわずか2週間で首都まで進撃することに成功。さらに、彼はまだ20代。しかも帝国で唯一庶民上がりの将軍であり、進撃速度だけでなく出世も最速だった。


「帝国最速のドメル将軍…」


「なんだ、知ってるのか?」


「あぁ、俺が倒さねばならない相手だからな」


 そうやって息巻く王子。しかし私は、複雑な気持ちになった。


 なぜなら、大嫌いな帝国軍人の中で一番気に入っているのがドメル将軍だからである。

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