03 闇に落ちた聖女たち
――フランシス王国政府は
ラジオの声は帝国の戦果を
ランプの炎が静かに
万年筆がカリカリと心地よく滑る。伝えたい気持ちがたくさんありすぎて、貴重な
「アイラ様、紅茶でもいかがですか?」
同じ隊の戦友であるコルコアが私を気遣ってくれる。季節は秋になりつつある。特に明け方は肌寒い。久しぶりの終戦だからだろうか。コルコアはいつもより顔色が良く、珍しく笑顔だった。でも、灯に透かした瞳は相変わらず曇っていた。
そんな横顔を見ていると、曇った瞳が私の方を向く。コルコアと目が合うのは珍しい。
「ご質問してもよろしいですか?」
私は向き直って姿勢を正した。
「アイラ様は、フランシス王国の花嫁候補だったんですよね?」
身構えたけれど、コルコアに聞かれたのは他愛もないことだった。
「正式な候補じゃない。子供のままごとだよ」
私は、アイラ。元ゼファーリア
*****
子供のころ。
「アイラ、眠れないの?」
寒い夜にはフィナ姉さんが決まって私のベッドにやってくる。くっついて眠ると暖かくてよく眠れるから私も姉さんにくっついて眠るのが好きだった。
「読んであげるね」
そして、読書好きの姉さんはハードカバーの童話集を読み始める。今日はこの世界の女の子ならきっとみんな知っている物語。訳あってお国を追われたお姫様が紆余曲折して最後は王子様とめでたく結ばれる物語。
正直、読み聞かされすぎて暗記できるほどだった。
聞いたことある話だと思うと急に「ふわぁ~」と大きなあくびが出てしまう。
「まぁ、アイラってば」
そして、決まって姉さんは私を正すのだ。
「いい? フランシス王国の結婚式では物語に倣って花嫁にガラスの靴を捧げるの」
世界中の人々がこのロマンスストーリーを聞いて育ち、あこがれていた。そして、フランシス王国の結婚式はその中心。私たちにはちょうど、年が近くて仲の良い王子がいる。
「えぇ~、でもガラスの靴とか走りにくそう」
「走らなくていいの。そんなんじゃエリック様に愛想つかされちゃうわ」
そして、ロマンスにいまひとつ興味の湧かない私だったけれど、エリックはどうやら姉さんではなく私に気があるらしい。ガラスの靴を頂くのはもしかしたら私かもしれなかったのだ。
「お姉ちゃんだって羨ましいと思うんだから」
「私、よくわかんない!」
そうして私は布団に潜ってしまう。それが、侯爵家令嬢として最後の記憶。
このすぐ後だった。夢見心地の中で爆発音がして目が覚める。
城が戦車に取り囲まれて、使用人たちが殺されていった酷い記憶が断片的に私の頭に残った。そこから先は死に物狂い。城の中にちょっとした森があり、姉さんと一緒に逃げて、秘密の小屋に震えながら息を潜めた。
でも、何万人もいる敵兵に囲まれすぐ見つかってしまった。その時の迫りくる軍靴の音は忘れられない記憶の一つである。
帝国兵は魔力の強い10歳前後の少女を探していたのである。
そして、捕まってすぐ、私は背中に呪いの紋章を焼き付けられる。熱くて、大泣きしたけれど、革のベルトで縛られて何も抵抗ができなかった。
私と姉さんはその日、闇に落ちる。呪いの代償を受ける代わりに拒絶の魔法が使えるようになるのだ。
帝国は強烈な魔法を乙女に付して、そして最前線に飛行機で投げ込むのだ。投げ込まれた乙女は死に物狂いで敵に抵抗し、敵も拒絶の魔法を使われる前に殺そうとする。いわば、爆弾みたいな使い捨ての兵器であった。
でも、私は生き残った。
*****
それから6年、私は戦い続けた。そして、私は明日で16歳。結婚できる歳になるのだ。
「私にガラスの靴は似合うと思うか?」
「えぇ、とってもお似合いになりますよ」
コルコアは死んだ瞳で優しく笑うのだ。
私たちは
いわゆる「闇落ち聖女隊」である。
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