02 この王子飼おうぜ!


「アイラ様のお知り合いですか?」


 コルコアがひそひそと耳打ちする。フランシス王国のエリック王子とは会ったことがある。最後に会ったのは戦前なので6年以上前。当時は私より背の低い甘ったれたガキだった。


 それから、どんな男になったかわからない。ただ、姉さんと同い年だったから今は18歳くらい。見た目の年齢とは一致する。


「うーん…」


 正直なところ、成長しすぎて判断つかなかった。困っている私を見てコルコアがさっする。


「知り合いでないのなら、このイケメンを解体させていただきますわ」


 コルコアはマチェットと呼ばれる鉈のような大きなナイフを取り出す。黒鉄くろがねのブレードが不気味な光沢を放つ。


「今日はイケメン鍋ですか!」


 みんなもみんなでイケメンを椅子に括り付けたまま納屋のクレーンで逆さに吊り上げ始める。


「ちょっと待て、こんなの国際法違反だぞ!」


「大丈夫です、痛いのは一瞬だけで楽に死ねます。ですから違法ではありません」


「いやいや、楽ならセーフとか決まってないよ!」


 まぁ、恐ろしく見えるかもしれないけどこれは取り調べである。余計な嘘をついてるかもしれないし。みんなそれをわきまえての行動である。


「ふふふふ…」


 しかし、コルコアは不気味な笑いを浮かべる。闇で満ちた瞳が一層いっそう不気味ぶきみだった。


(わきまえてるよね、コルコア?)


 コルコアは料理好きな家庭的な女の子であるが、長い戦役せんえきで頭のねじが外れ、人間をばらばらに解体する趣味がある。


 さらには、人骨じんこつ出汁だしなべとか、人肉じんにくスープとか、危うく食べさせられるところだったことさえある。


 そして、彼女の表情を見るにはマジで殺すつもりだったようだ。


「でも、憲兵けんぺいに引き渡しても殺されると思うの」


 一方で、リリーの言う通り敗戦国の王族が帝国裁判を受けて殺されなかったことはない。


 帝国は近隣の名立たる王国を片っ端から制圧して、王族を捉えて処刑し、さらに生首をホルマリンに漬けて博物館にコレクション(通称:プリ・コレ)しているのだ。


「やっぱり飼おうよ。そうしないと生き残れないよ」


 リリーは恋に焦がれるお年頃。だからこそ博愛はくあいに満ちた穏健派おんけんはのふりをするが、瞳には邪気がまとう。


 リリーの大好きな、拘束こうそく監禁かんきん飼育しいく展開てんかいに持ち込みたいらしい。


「まぁ、一旦降ろしてやれ」


 みんなは逆さ吊りになった王子をゆっくりと降ろす。普通の敵兵だったらぜったいもっと乱暴に降ろしていると思うけど、私の部隊もイケメンにはちょっとだけ優しかった。


「アイラ、君のためなら協力する。だから、頼む。今は助けてくれ」


「ふーん、ヘタレなのは今も昔も変わらないみたいだな」


 そう言われてしゅんとするこいつの表情。なるほど、懐かしい。やっぱりエリックみたいだった。しかし、私たちも帝国では肩身が狭い身分。男を匿いながら各地の戦場を渡り歩くことなんて到底できなと思った。


「なぁ、アイラ。いいこと思いついたんだけど」


 さっきから面白そうに見ているだけだった部隊メンバーの1人であるクロルが口を開く。


 クロルは最年少だが最も長く戦う歴戦である。が、最近は急に技名を叫んでから銃を撃ったり、敵兵の眼帯を奪って身に着けてみたりと、心も闇に落ちてしまった。


 しかし、自分を猛者と自負するだけあって戦火を切り抜けるいい提案が多い。


「こいつ、死んだ指揮官の代わりにすればいいよ」


「あいつと、入れ替えるってことか?」


 闇落ち聖女は敗北した国民で構成される二等国民軍。その部隊の指揮には必ず帝国出身の一等国民の指揮官様が就く。


「あー、そうか。着任して数時間で死んだもんね」


「それでしたら、将軍とも顔を合わせてない可能性がありますわね」


 私は黙ってみんなの話を聞いてみるけど反対意見はないらしい。私の傍に寄ってきたキリエに視線で確認するが、少し微笑みながら首を縦に振る。問題ないらしい。


「おい、話が見えない。指揮官をどうしたって?」


 一人、話についていけない王子のために、私は少し脚色して説明する。


「実は昨日、新任の将校が来たんだけどな。着任して3時間後に敵砲弾が直撃してミンチになっちまったんだ」


 着任して早々にみんなの逆鱗に触れて縛り付けにされて戦場に放り投げ、泣きながら「たすけてー!」と叫ぶ様子を、みんなでげらげら笑って見ていたところだったなんて言えないけども。


「そいつと私を入れ替えるということか?」


「どうせお飾りの指揮官だ。敬礼ができれば務まると思うぞ」


 クロルが鼻で笑うように語る。


「私たちも強い立場じゃない。お前に生き残るつもりがあるなら協力できる」


 私の問いかけに、エリックはまっすぐ私の目を見つめながら答える。もし、答えがノーであるならば、彼の命はそう長くなかっただろう。


「選択肢をくれてありがとう。甘んじて従うことにしよう。何より君の言うことだから」


 今日、私は王子と共犯になった。きっと正体がバレたら私もただでは済まないと思う。けれど、私は良い予感を感じたのだ。


 コルコアはマチェットを王子に差し向ける。そして、大きく振り上げる。びっくりして驚く王子であったが。縛っていたロープがぱらぱらと解けた。それから、マチェットをそっとしまう。


「よろしくお願い申し上げます。エリック殿下」


 コルコアはお辞儀をする。エリックも丁寧にお辞儀を返した。


「それで、僕は何をすればいいのかな?」



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