君に好きだと伝えたい

@chauchau

何回でも何万回でも


「うるさい」


「えっ、ごめ……あれ!? 森さん!? 森さ……」


 慌ててスマフォの画面を見たときにはもう遅い。通話が終了しましたと無慈悲に映し出される液晶画面に血の気が引いていく。


「……やばい」


 後悔先に立たず。

 猫型ロボットのいない僕には、過去を変えることなんかできるはずがなかった。


「どうしたらいい?」


「日曜の朝イチで呼び出された俺にまず謝罪しろ」


「森さんに嫌われたらもう生きていけない……」


「俺に嫌われても生きてはいけるようで良かったよ」


 悪いとは思ってる本当だ。貴重な日曜日の朝っぱらからいきなり呼び出して申し訳ないとも思ってる。でも、それどころじゃないんだ。


「今度はなにをしでかしたんだよ」


「好きですって伝えたら、うるさいって」


「的確に判断してもらってるじゃないか」


「嫌だぁぁ!! 嫌われたくない! フラれたくない!!」


 森さんは僕の彼女だ。

 高校に入学してたまたま隣合わせの席だった彼女に僕は一目惚れした。そこから猛烈にアタックして、アタックして、アタックして、アタックし続けて彼女が折れる形でお付き合いが始まった。

 馬鹿でうるさくてガキくさいって言われる僕と違って森さんはめちゃくちゃ大人の女性だ。同い年だけと、女の子じゃなくて女性っていうほうがすっきりするタイプの女の子。馬鹿騒ぎする男連中とも、アイドルがどうと騒ぐ女子たちとも違うカッコいい女性だ。

 付き合えた時はもう嬉しくて、信じられなくて、友達全員にビンタしてもらってもまだ夢だと思ってしまうくらい嘘みたいだった。


 捨てられるのが怖くて、飽きられるのが分かっていて。

 僕にできるのは精一杯気持ちを伝えることだけだった。

 だったから。


「少し我慢してみたらどうよ」


「んぁ?」


「うるさいって言われたんだから、好きって気持ちは伝わってるってことだろ? じゃぁ、しばらく大人しくしてらいいじゃん」


「大人しく……」


「いい機会なんじゃね? いっつも似合わないとか言われてんだからここで一皮剥けて大人の男になればいいじゃん」


「おお……っ!」


 どや顔な友人にはお礼としてコンビニで肉まんを奢る。

 我慢できるかは分からないけれど、森さんとお付き合いを続けるためならどんな苦行だって乗り気ってみせる!!


 月曜日。

 朝一で森さんに声をかける。彼女はいつも通りカッコいい。思わず好きだと叫びたくなるのを我慢した。

 一昨日にうるさいと電話を切ったことは特に触れられることはなかった。ほっとしたけど、同時に少しだけ寂しくもあった。


 火曜日。

 森さんが委員会で帰りが遅くなる日。毎日部活な僕が唯一彼女と一緒に帰れる日。

 隣を歩くだけで幸せになる。この気持ちを伝えたいけど我慢する。溢れそうになるたびに頬を噛んでいたら口内炎になった。


 水曜日。

 数学の授業で森さんが当てられた。難しい問題なのにすらすらと答える彼女がカッコ良くて叫びたくなった。

 シャーペンを手に突き刺して耐えたけど、おかけで保健室の先生に叱られた。


 木曜日。

 禁断症状が出始めた。森さんに好きだと伝えたいのにできない。

 彼女の顔を見るだけで気持ちが溢れそうになるので悪友の顔を見続けていたら気分が悪くなった。


 金曜日。

 今日を乗り切れば学校は休みだ。いつもなら森さんに会えない土日が辛かった。だけど、彼女と付き合って初めて土日がありがたい。休みに入ってしまえば森さんと連絡を取る手段はスマフォだけ。電源さえ切っておけば彼女に気持ちを伝えることはできない。あとは部屋で大人しくしていればいい。


 部活の鬼コーチのシゴキを笑顔で受けていたら頭を心配された。今日はもう休むかと聞かれたけど、部活中は物理的に森さんのことを考えなくていられるのでもっと練習させてくださいとお願いしたら休めと命令された。なんて理不尽だ。


 必要ない時だけ優しくしないでほしい。帰れと言われてしまえば帰るしかないけれど、充分すぎるほど時間を稼ぐことはできた。すでに太陽は傾き始めている。部活のしていない森さんはすでに下校している時間だ。

 森さんは僕を待つために学校には残らない。それが寂しくもあるけれど、彼女らしいからカッコ良いとも思えてしまう。前にこれをクラスメートに話したら末期だと笑われた。

 とにかく来週になるまでもう僕は森さんに会うことができない。スマフォの電源も落としたから文明の利器に頼ることもできない。


「はぁ……」


 彼女にフラれないためとはいえ、気持ちを押し殺すことがこんなにつらいとは思わなかった。

 でも、簡単に言えば言うほど(別に僕は簡単に言っているつもりはないんだけど)森さんが鬱陶しいと思うのであれば我慢するしかない。すぐに彼女に見合う大人の男にはなれないけれど、一歩ずつでも彼女の隣に堂々と立てる男になりたいんだ。


「ねえ」


 それはそうと、一番つらいのは我慢していることよりも我慢していることに森さんが気付いてくれないことだ。

 クラスメート全員が頭でも打ったか、変な物でも食べたかと心配(?)してくれたのに森さんからは何もなし。うるさいと言われるくらい言っていた好きという言葉を我慢しているのに気付いてもらえないなんて、本当に彼女からすると僕の気持ちは鬱陶しいだけだったのかも。


「ねえ」


 もしかしたらアタックされる方が鬱陶しいからそれを封じるために付き合ってくれたのだろうか。考えたくないけどあり得る話なんだよな。

 だとしたら今の状況は森さんからするとめちゃくちゃ嬉しいんだろうな。なにせ、鬱陶しい馬鹿が静かになって……、やばい。考えているだけで涙がでてきた。


「ねえ!」


「え?」


「……無視、しないでよ」


「森さん!? え……え!? どうしてまだ学校にいるの!?」


「私が学校に残ってたら駄目なの」


「そういう、わけじゃないけど」


 いつもならすぐにわかるはずの森さんの声に反応できなかった。どれだけ落ち込んでいたんだと自分で自分が情けない。そんなことより、どうして森さんがまだ学校に残っているんだ?

 下駄箱をオレンジ色に染める夕日が邪魔で森さんの顔が見えない。彼女が黙り込んでしまったせいで、会話も続かない。会話、したいけど心の準備なしで彼女に出会ってしまったから好きという気持ちが暴走してしまっている。口を開けば好きだと叫んでしまう。それだとこの一週間の努力が無意味になってしまう。


 森さんに、今度こそ嫌われてしまう。


「なにか私に言いたいことがあるんじゃないの」


「っっ」


 バレている。

 僕が森さんに好きだと言いたいことがバレている。


 駄目だ。

 絶対に駄目だ。僕は、森さんが好きなんだ。カッコ良くて、クールで、大人で、でも本当は誰よりも優しい彼女が好きなんだ。


 一目惚れだった。ぶっちゃけ最初は見た目に惚れた。

 でも、見ていたから分かったことがある。

 朝一番に教室にやってきて花瓶の水を替えていたのは森さんだった。日直がサボった黒板をいつも消していたのは森さんだった。誰かが困っているときぶっきらぼうに、でも絶対に助けるのが森さんだった。知れば知るほど彼女がとても素敵な女の子だと分かったんだ。

 だから、だから僕に出来ることはなんでもやった。彼女とお付き合いしたいと全力で頑張ったんだ。


 伝えたい。

 彼女に好きだと伝えたい。


 彼女のことが好きだ。

 誰よりも好きだ。


 だから、

 絶対にこの気持ちは伝えちゃ駄目なんだ。


 言っちゃ駄目だ。

 言っちゃ駄目だ。

 言っちゃ駄目だ。


「はぁ……っ」


 僕は森さんのことが――。


「嫌いになったんだったらそう言えばいいでしょ」


「…………え?」


「図星でしょ? 別にいいのよ。無理しなくなって、分かってたことだし。私と付き合ったって何も面白いことなんてないし、そもそも、そうよ、そもそも私のことを好きなんてあり得ないんだから別れたいんだったら」


「好きですっ!!」


 森さんが何を言っているのか分からない。

 分からないけれど、伝えないといけないことだけは分かった。なにを? 僕の気持ちを。

 うるさいと言われても。鬱陶しいと思われても。森さんに嫌われたとしても。


「僕は森さんのことが好きです!!」


「……っ、嘘を言わなくていいから」


「嘘じゃない! 好きです! 本当に好きです! もう、すっごい好きです!!」


 逃げようとした彼女の腕を掴む。

 こんな無理やりなことして嫌われたらどうしようと怖いけど、でも、分からないけどここで彼女を帰してしまったら絶対に駄目だということだけは分かる。分からないけど、分かるんだ。


「信じてくれるまで言い続けます! 好きです! 森さんのことが好きなんです!」


「月曜から変だった!!」


 変?

 誰が?

 僕か。

 それは変だろうな。だって馬鹿みたいにうるさかった僕が好きって言わなくなった……ことを気付いてくれていた?


「どうせ私は根暗でボッチで口だって悪い駄目女よ! 嘘じゃないなら言いなさいよ! 言ってみなさいよ! どうして月曜から全然好きって言ってくれなかったのよ!!」


「森さんにっっ!!」


 僕の顔を見てくれない。

 目の合わない彼女の肩を掴む。強く掴んでごめんなさい。


「カッコ良い男って思われたかったんですっ!!」


「………………はぁ?」


 やっと目が合った森さんは、宇宙人を見るような顔をしていた。


 ※※※


「ふざ! けん! なっ!!」


「痛いっ! ごめんなさい、森さんごめんなさ、痛いっ!」


「私がどれだけ……っ! もう知らないっ!!」


「待っ、待ってよ森さん!?」


「ついて来るなっ!!」


 慌てて彼女を追いかける。

 早足の彼女の隣を歩く。怒り切っている森さんの横顔。この一週間我慢し続けた彼女の隣。


「森さん」


「……」


 返事はない。のは、いつも通り。

 だけど、森さんの横顔はいつもと違って。


「森さん」


「何よ」


「好きです」


「……うるさい」


 この間はすぐに言われたお叱りの言葉。

 今日は間を置いて言われるお叱りの言葉。


「森さん」


「何よ」


「好きです」


「…………」


「好きです」


「……知ってる」


「はい。でも、好きです」


「…………」


 夕日に負けないくらい真っ赤になった彼女の顔が、僕にとってはどんな言葉以上にも嬉しい返事だったから。


「大好きです!」


「……うるさいっ」


 僕は本当に森さんのことが大好きなんだ。

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