第3話 勇者と魔王の暇つぶし物語 2
「……起きました?」
ぼんやりとする頭の中で、映ったのはどこかの天井。窓から差し込んでくる光がどこか暖かかった。
体を起こして、最初に気付くのはどこからか漂ってくるいい匂い。これは……肉か。
「ヘルウルフの肉か?」
咄嗟に口から出た言葉がそれだった。腹が減ってたのだ。仕方ない。
ヘルウルフの肉は食べたことこそないが、それなりに美味いと言われている。
腹が鳴る。もう数日なにも食べていない。まぁもちろん食べなくても死なないからそこまで問題ではないんだけど。
それでも減るものは減るのだ。
「これ、どうぞ」
渡されたのは木製の皿とフォーク。それとそれに乗っかっている美味そうな肉。
塩もなにも振り掛けられていないそれが、俺には一流シェフのフルコースのようなモノに感じられた。
「……はぐっ……んっ……うまっ……美味い!」
「……豪快な食べっぷりですね」
その子がふふっと微笑む。よっぽど肉を喰らう俺の姿がアホらしかったのか、それとも羨ましく見えたか。
真相なんて分からない。そのときの記憶は全部この後に起こったことにかき消されてしまったから。
◇
どこかで見た景色。はたしてどこだろうか、違和感が拭えない。モヤモヤする。
こんな現場で呑気なことを考えていられるのは、多分さんざん自分の体で見たからだと思う。
内蔵とか、いろんなモノを。
「……見ちゃいましたか」
「ずいぶん酷い状態で殺されてるね、魔法?これ」
後ろにいる彼女に妙な気を使われないため俺はいつも通り接する。
目の前にあるボロボロの死体。部屋のクローゼットに隠されてあったモノだ。
「えぇ、魔法ですよ。今から貴方も殺されます」
俺の後頭部に小さい棒……杖の先端か。それが突き立てられる。
まぁ別に、魔法打たれても何しても生き返るからいいのだが。彼女に頭から肉塊が這い出るところを見せるのは……酷だろうな。
というかこの子魔法使えるんだ。魔法使えるなら俺助けた意味ないじゃん。普通にヘルウルフ程度殺せたじゃん。
あー傷付き損だー。
「一つ、いいかな?」
「……なんですか」
彼女は不機嫌そうに答える。先ほどまで笑っていたのが嘘のようだ。
女って怖い。
「なんでこれ腐臭がしないの?だいぶ時間たってるみたいだけど」
「……それも魔法です」
「消臭魔法?便利だねー。俺にも付けてよそれ、血生臭さが取れなくてねー」
「…………殺したあとに付けてあげます」
ふむ、消臭魔法……聞いたこともないな。しかし体を軽くする魔法とか力を強くする魔法とかがあるのだから匂いを消す魔法があってもおかしくはない……か。
しっかし殺したあとにねぇ……悪いけどそれは一生叶わなそうだ。なんてったって不死身だし。
「…………虐待かい?」
「っ!」
なるほど、図星か。
どうりでにおかしいと思ってたんだ。あの時間にヘルウルフの巣にいたり、手が傷だらけだったのも。
多分自殺だろう。……助けない方が良かったかな。
「……よく頑張ったな」
とっさに出た一言。特に何か考えた訳でもなくて、ただ勝手に出てきたり言葉。
「…………」
なぜかそれを言った直後に俺の頭は思いっきり壁に叩きつけられた。まぁ効かないんですけど。
いやふざけないでくれ。俺あれだよね!?カッコよく頑張ったなとかいったよね!?
あームカつく。面倒くさい。今すぐ逃げ出したい。
なんて、出来るわけないんだけどさ。
「まぁまぁ落ち着けよ、首だけの奴と話すのも気持ち悪いだろ?」
「………………やっぱり殺せないか」
「な?とりあえず話しようぜ」
そういうと彼女は納得したように杖を下ろした。うーむ、どう説得したものか。
いくら不死身でほとんど無敵と言えど、説得となるとなぁ……まさか殺すわけにもいかんし。
「……ずいぶん冷静ですね」
「まー見慣れてるし」
俺がそういうと彼女は眉をひそめる。何だろうか、なんか変な発言でもしたか?
「あなたは……殺人者?」
あ、そういうこと。
「いや、自分の体でさ。ここまで来るのに何回も死んだからねー。内臓見る?」
「……逆に見たいと言うとお思いで?」
逆にここで「見たい」と言われても困るから、この反応はありがたいと言えばありがたい。
そういえば俺の剣はどこへいったのだろうか。まさかあの場所に置きっぱなしではないだろうな、あれ結構良い奴なんだぞ。
……あぁ、多分置きっぱだなあれ。さらば我が愛剣。一ヶ月ぐらいしか使ってないけど。
「……親を殺したことに、後悔はありません」
「ふーん」
「あなたは……私の判断が間違ってると思いますか?」
間違ってる……か。そもそも正しい答えが分かんねーしなぁ……。ここどう答えんのが正解なんだろ。
……そもそもここで正解と思ってしまう浅い考えこそ、俺が勇者に相応しくない理由なのだろうか。分からない。
自分の中にある答えも分からず、ただ彷徨う日々。……なーんて詩的なことを考えるのは俺に合ってないか。
「……焼却処分してあげよう」
勇者の前に、俺は人間だ。
正解なんて分かるわけがない。
「……え?」
ただ、出来ることは彼女の後悔を半分背負ってやるだけだ。半分、ってのがミソだけどね。
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