第2話 勇者と魔王の暇つぶし物語

「やぁ勇者。昨日はよく寝れたかい?」


真っ黒なこの空間に、コツコツと足音が響き渡りオレンジの炎がだんだんとこちらへ近付いてくる。


ここが魔王城のどこらへんかなんて知らないが、多分地下牢だろう。


燭台の炎で照らされる向かいの牢屋におそらく拷問に使われているであろうものが見えた。


「……腹が減ったよ」


こちらに魔王が近付くにつれてだんだんと魔王の格好、顔。頭に映えている角などが鮮明に見えてくる。


昨日言っていた魔王の手作り料理……サンドウィッチがトレイにのせられていた。


「ふむ、会話が成立しないほど空腹なのか……重症だな」


「さっさとそれをよこせ……」


「まぁいいだろう、ほれ」


トレイにのせられたサンドウィッチが、いつの間にか俺の目の前に置いてあった。空間魔法か?


こんなくだらないことで使う魔法じゃねぇだろ……。と思ったが助かることは事実。黙っていることにした。


そのサンドウィッチを両手で摑み、口へと運ぶ。


……普通だ。美味いことは美味いのだが、普通だ。なんか安心する。


「美味いか?」


「……悔しいが美味い。なんか安心する味がする」


「まぁサンドウィッチを手料理といっていいのかは分からないがな。不器用なんだ、許してくれ」


……なんだろう、俺魔王に飼われたままでもいいような気がした。魔王美人だし。


なーんて無理だよなー。あー帰りてー。






いつだって思い出すのは、女神から勇者になることを言い渡された日だ。


親は泣き、友はこのことを喜び、国は俺に大量の金貨と良質な武器をくれた。


――全員、まともじゃないと思ったね。


なんで母は喜んでるんだよ。


子供が死にに行くんだぞ?苦しみしかないような旅に出かけるんだぞ?


父は何のんきに酒飲んでんだよ。

これから俺は、俺は倒しに行かなきゃいけないんだぞ魔王を。最期の別れになるのかもしれない。


それなのに最後の言葉が「好きにしろ」なのはどうしてなんだよ。


女神の祝福の効果が、俺の場合不死だと知ったのはその少し後だった。







「なぁ勇者、暇だ。何か話せ」


唐突だな。魔王お手製のサンドイッチを食べたあとの沈黙。長い間続いていたそれを破ったのは魔王の無茶ぶりであった。


「……何かって言われてもな、お前への恨みつらみしか出てこないぞ」


「それでいい、話せ」


よっぽど暇なんだろうな……まぁ話すか。こっちも暇だし。


「じゃあ魔法使いを仲間にしたときのことでも――」



勇者に選ばれたばかりの頃、通りすがりの町で魔物を討伐して欲しいという依頼を受けた。


町にたびたびくる犬型の魔物、ヘルウルフ……苦戦するような相手ではない。


やつらの巣に行き、ただ無心で奴らの首を跳ねる。

虚無感で死にそうだ。


噛まれた傷が痛む。けれどこの傷が致命傷になることは絶対にない。俺は不死だから。痛みには慣れてきた。

涙が出てくる。辛いことなどなにもないと言うのに。


「……助けて、欲しいなぁ」


ふと呟いたその一言。

とにかく仲間が欲しかった。気軽に話せる、友のような仲間が。

分かっている。仲間など必要ないことなど。どんな相手にも時間をかければ勝ててしまうこの体質上、仲間がいるメリットはほとんどない。


虚しいし、寂しい。





そんなときだった。

あいつを目にしたのは。


「うぅ……」


五匹のヘルウルフに囲まれながら、彼女はうめき声をあげている。……その声は助けを求めてるようだった。


ヘルウルフ……!まだいたのか。巣にいたのが全てだと勘違いしていた……っ!


反射的に、体が動く。

どこからそんな力が湧き上がったのか、俺にも分からない。火事場のバカ力というやつだろうか。


気付けば一面が血の海であった。彼女の目には俺が恐ろしいものに見えたに違いない。

目が眩んだ。体が揺れる。傷付き過ぎたか。


「た……たいしょうぶが?」


顎がくっついていないのか、上手く声が出せない。いや、喉も欠損しているのか。


クソ……早く再生しろっ!


「ひっ……」


怯えている……のか、彼女は尻餅をついた。まぁ無理もない。

今の俺の姿を考えれば当然だ。……血だらけの化け物に助けられても嬉しくはないだろう。白馬の王子様にでもなれたらよかったんだが。


「…………ごめんね」


もう顎も喉も治っていた。声はちゃんと出せている。


……怖がらせてすまなかった。俺は彼女の頭に手を起き、撫でる。


血だらけの手だから、迷惑だったかもな。



分かってはいたけれど自分が助けた命を感じていたかった。


実家にいた犬を思い出す。元気にしているだろうか。…………もうあの犬の声が思い出せない。一ヶ月も合っていないから、当然といえば当然なのだが。


それでもふとしたときに会いたくなるのは……ダメなことだろうか。




「あ、ありがとうございます」



撫でられながら、彼女が声を振り絞る。

なんだか安心した。


今までの行動が無駄じゃなかったんだって、言われた気がして。つい体から力を抜く。



「――あ」


倒れてしまった。思いっきり。彼女に倒れ込む形で。

ヤバい。しかも眠くなってきた。



不……味い。どう…………したら、思考が………………緊張を……ねむ…………。

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