第10話

ハワード侯爵邸


 「う、嘘でしょう。ろ、ロイ。ロイ!!」


リナリア様はロイ君の死体を見て、崩れ落ち、悲鳴を上げた。


侯爵邸で遺体安置が始まり、半日。ロイグランド帝国の配慮により、転移魔法によってロイ君の遺体が送られた。理由は、遺体の腐敗を考慮してのものだろう。


 「ど、どうして。なんで、ロイが…」


 ロイ君が鬼籍に入られたことは、既にリナリア様に報告したはずだが、やはりいざ彼の遺体を目にすると感情が溢れてしまうらしい。


 私は、リナリア様よりも数時間早く話を聞いていたので辛うじて平静を保てているが、リナリア様はまだ彼の死を受け入れられないのだろう。


 ロイ君の死因は、はっきりと分からないらしい。と言うのも、ロイ君の遺体が発見された場所は、ロイグランド帝国首都の道中にある治安が悪い町らしく、死体の金目のものはすぐに闇市に売られてしまうからだ。


 偶然、闇市を調査していた軍の者がアレース王国の貴族の印である黄金の獅子と剣が描かれたペンダントを目にし、調査が始まったらしい。


 調査をしたところ、大貴族出身であるロイ君の素性は簡単に分かり、数刻で身元が判明したらしい。

 本来ならば、国際問題に発展しかねない問題だがロイ君がロイグランド帝国に言った理由が理由だけに忖度した結果、事件は明るみならない事になったらしい。


 「許さない、絶対に許さない」


 リナリア様は、ゆっくりと立ち上がって拳を握りしめる。強く握りしめるあまり、爪が皮膚に食い込んで血が出ている。


 「侯爵、貴方みたい屑のせいでロイが…私のロイが」


 ボソッと、リナリア様が言ったこと事で周囲は青ざめる。


 そして、リナリア様は衛兵の持っていた剣を奪い、侯爵に向かって駆ける。


 「ひぃぃぃぃいぃ」


 侯爵は恐怖の余り、尻餅をつく。当然のリナリア様の暴挙に皆、驚き、困惑して止めることができない。


 「…な、何でエルが立ち塞がるの。そいつの、そいつのせいでロイが、ロイが」


 私が侯爵を庇うように前に出ると、リナリア様は振り上げられた剣をゆっくりと下してそう仰られた。


 「リナリア様、侯爵のお顔をよくご覧になって下さい」


 私がそう言うと、涙で腫れた充血した瞳でリナリア様は侯爵を見る。


 ひどく衰弱した様子で、酒臭かった。おそらく、息子の死を受け入れられていないのだろう。


 リナリア様は、そんな侯爵の様子を見て、剣を何で床に叩きつける。


 「なんで、そんな顔してるの?貴方のせいで私のロイが死んだのよ!!何、後悔してれば許されるとでも思ってるの?どれだけロイが、我慢してきたのか貴方が知っているって言うの!!笑わせないでよ」


 大声で、思いを吐露するリナリア様を見ていて胸が苦しくなった。

 きっと、私がロイ君を思う気持ちよりずっとリナリア様は彼に焦がれていたのだろう。

 

 こんなにも、一人の男性を思う少女に神は何と無慈悲なのだろうか。


 私はそう思った。

 

 「あははは、ロイが死んだってのは本当か?」


 下卑た笑い声と、アルコールの匂いがした。

 ふらつきながら、歩いて来る男の顔には見覚えがあった。


 ロイ君の兄を名乗る下種だ。


 私は剣の柄に手を軽く触れる。

 あの下郎がリナリア様を悲しませたら斬るためだ。


 「何をしに来たのですか?」


 「愚弟の遺体を見に来たんだよ。これでも兄弟だからな」


 多くの者が眉間にしわを寄せる。ここには、ロイ君と関わりがあったものが多いからだ。

 

 「全く、我が弟ながら哀れな奴だぜ。せっかく、俺たちみたい屑に愛想を尽かして、やっと、真っ当な国で仕官を求めた矢先に死んじまうとはな」


 「それは、どういう意味ですか?」


 私はあの下種に近寄り、胸倉を掴んで言う。しかし、下卑た笑みを見せて、此方を嘲笑するようにこの下種は言う。


 「だって、あんなにもそこの王女様に忠誠を誓っていたあいつが、家を出る前に俺とリナリア様がお似合いだって言ったんだぜ。教えてくれよ、一体どんなひどい目に合わせりゃ、あの高潔で優しいロイにそんな言葉を出させることができるんだ?なぁ、お姫様、答えてくれよ!」


 「え?」


 リナリア様や周囲の者は皆、この男が言った言葉に耳を疑い、顔を見合わせた。

 この男は、ロイ君の冒涜だけではなく、リナリア様を辱めるつもりか。


 私は剣を抜刀し、この男に斬りかかろうとする。しかし、直前になって止めた。


 「聞いた話じゃ、お前もロイとあの日会っているんだろ。その時、あいつどんな顔をしていた?」


 あの時のロイ君は…

 私は自然と体の力が抜けて、リナリア様の方へ視線を向ける。

 

 もしかすれば、ロイ君を貶め、国を出るきっかけを作ったのは…


 “この方ではないだろうか”


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