第8話

「貴方、その魔術は一体、何?」

 

 エリスが俺の顔をまじまじと見てそう言う。そこには、先ほどまで敵意ではなく、ただ、驚きしかなかった。


 数秒経ち、皆、平静になった。アタナシアが救護班に催促する。


 「急いでロイの傷の手当てを」


 「承知いたしました」


 救護班のおっとりした印象を受ける、亜麻色の髪の女性が俺に駆け寄り、左肩に治癒魔術を掛ける。


 「汝、この者の傷を癒し給え 【治癒(ヒール)】」


 簡略で尚且つ、効果がある治癒術式を一瞬で展開する。素人目でも、彼女がどれほどの腕なのかが分かる。こういった大きな傷の場合、一般的には血止め魔術を施した上に、さらに、気力や精神回復の魔術を行い、治癒魔術に入る。しかし、彼女はそれらを全てと同じ効果を【治癒(ヒール)】でもたらしたのだ。これほどの治癒魔術師、世界でも片手で足りるほどだろう。


 「礼を言う」


 「いえ、仕事ですから」


 そう言って微笑を浮かべた。


 出血が止まり、傷口が段々と塞がり始めたら皆がこちらに寄ってきた。


 「おい、坊主。凄いじゃねぇ~か。最後の方しか見てなかったが、まさかエリス嬢を倒すなんて」


そう言って、俺のサラサラな黒髪を無造作にワシャワシャと触ってくる。


 「キーキーうるせぇし、薄汚い手で俺に触るな。後、煙草臭いから半径十メートル以内に近寄るな」


 「ひ、ひでぇ」


 グランは、そう言って肩を落として少し俺から離れた。十メートル以内に近寄るなと言ったのに、まだ7,8メートルぐらいじゃないか。

 はぁ、馬鹿と話していると疲れる。


 「さっきの魔術、何?貴方が何か言った途端、急にエリスの動きが悪くなった(棒読み)」


 メアが、首をひねりながら眠そうな声で聞いてきた。別に隠すほどの力じゃないが、一々説明するのは面倒だな。


 「俺の固有魔術だよ」


 「へぇ、あんな力があるなら最強。なんで、最初から使わなかったの(棒読み)?」


 「使わなかったんじゃなくて、使えなかったんでしょう。ロイ」


 エリスがいきなり話に割り込んできてそう言った。それに、俺の名前を呼んだ。

 どういった心境の変化だ。負けて、大人しくなるようなタイプじゃないだろう。


「あの時、貴方は私に『"魔力を溜めろ”』と言った。もし、仮に口に出した命令を何でも実現できるなら“放つな”とか、“暴発させろ”みたいな命令をしたはず。それに、最初からその魔術を使わなかったというのは、出し惜しみではなく、マナ量が多い相手にはある程度時間がかかるとかそんなところ」


「大体合ってる。まぁ、これ以上話せないけどな」


 たった一度、俺の魔術を体験しただけである程度の概要を掴んだ。流石に、宮廷魔術師の副団長を任せられているだけはある。俺の固有魔術をし放題だった王国の連中とはレベルが違いすぎる。


 エリスは俺の言葉を聞き、アタナシアの方へ向き変える。


 「シア、私も彼を宮廷魔術師に推薦するわ。入団したら、怪我治るまでは私のところで預かるのが条件だけど」


 「え?エリスどういうつもり?」


 「興味が湧いたのよ。それに、彼が諜報員だろうが関係ない秘策を思いついたから。ロイ、貴方はアーレス王国に憎んでいるの?」


 エリスは、その場でしゃがみ、俺と目線を合わせる。

 そして、彼女の呼吸や息遣いが聞こえる距離まで接近してきた。

 

 「もし、その恨みが本当なら私が貴方の望みを叶えてあげる。だから、私のものになりなさい、ロイ」

 

 サファイアブルーの冷たい瞳が、まるで脅迫するように俺に訴えてくる。

 その瞳には隠し切れないほどの憤怒が薄っすらとだが見える。


 闇を持つものはお互いに惹かれ合うと言うが、彼女の闇は俺のそれとは比較にならないものだと直ぐに分かった。もはや憎悪などなく、不俱戴天の仇に向けるようなほど強い憎しみを彼女はアーレス王国に持っている事が分かった。


 「…王国を恨んでいるのは確かだけど、あんたものになれってどういう意味だ?」


 半ば、無理やり言わされるように、その言葉を俺は口にした。

 すると、エリスは柔らかな微笑を浮かべて、俺に耳打ちする。


 「なら、手始めに貴方には死んでもらうわ」


 「は?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る