第5話


 宮廷魔術師 第三訓練場。

 

 王宮の東門、付近にあるその訓練場は比較的に人の出入りが少ない。なぜなら、罪を犯した妾や大貴族の女性を幽閉する場所として作られたローズ宮に余りにも近いからだ。当然、無用な疑いを避ける為に宮廷魔術師たちも滅多に近づかない。


 だからこそ、余所者の俺を連れてくるにはもって来いだったらしい。


アタナシア以外の三人の俺への態度は三者三様で、まず一番俺に好意的なのは、グランと言うあのアッシュブラウンの中年男だった。曰く、『お前のその根性を気に入った。まるで若い頃の自分を見ているみたいだった』らしい。(若い頃のこいつよりも俺のが、カッコいいが)


次にマシな態度なのが、あのメアと言う大剣の少女だ。俺に対して一切興味がないらしく、と言うかもう眠いらしくウトウトしている。曰く、『シアが決めたことなら、私に異論はない(棒読み)』らしい。と言うか、俺を仮に入団させたところで一か月以内に辞めるか、死ぬかのどっちかとか、物騒なことを言っていた。


そして、最後に一番俺の事を気に食わないらしいのが今、俺を睨みつけているエリスだった。


「はぁ~、シア。私はこの青年の事を認めませんよ」


腕を組んで、熱のない冷たい目で此方を睨んできた。

最初は、俺を宮廷魔術師に推薦すると言ったアタナシアに対する呆れで、俺に興味は無さそうだったが、ここに来るまで数回会話をしたら、急に態度が激変した。


はぁ~、と、大きなため息を吐いてエリスは口を開いた。


 「貴方はアーレス王国の貴族の出ですね。それも、かなり高位の」


 「…どうして、そう思ったんだ?」


 「貴方は、言葉遣いこそ尊大そうで荒っぽいですが、時より見せるちょっとした所作から出る気品のようなものがあります。それに、決定的なのは言葉のアクセントです」


 「エリス、アクセントの違いで何が分かるの?」


 「アーレス王国では労働者階級と地主階級、そして高位の貴族階級ではアクセントが違います。地主階級と高位の貴族階級の違いは聞きなれないと区別しづらいですが、労働者階級との差だけは案外、簡単に分かりますので」


 そう言って、俺の方へ近づいてきた。


 「仮に貴方の実力で平民なら、入団を考えないわけではありません。立身出世が母国ではできないと感じて外国に行くのは特別珍しいわけでもありませんから。ですが、高位の貴族である貴方が、わざわざ他国に来る理由が分かりません。勿論、貴方なりのやむを得ない事情があるのかもしれませんが、そんな曰く付きの物件をわざわざ王宮魔術師で抱える必要性を私は全く感じないので反対しています。どうでしょう、納得していただけましたか」


 正論だ、この上もないほどに。


 「…反論のしようもないな」


 俺がそう言うと、満足げに頷く。つまり彼女が言いたいことは、他国の貴族である人間にスパイ活動し放題の王宮魔術師にさせるなんてデメリットしかない。加えて、俺の母国よりも高い名声や地位、資産を与えることが帝国ではできないと言っている。


 まぁ、この他にも口に出していないだけで様々な配慮や政治的な面を考えて結果、俺の入団にメリット感じられていないのだろう。


 「優秀な人は、話しが早くて助かります。本来なら貴方の話を尋問室でゆっくりと聞きたいことですが、シアに免じて今日のところは見逃します」


 「ねぇ、エリス。そんなにアーレス国人が嫌い?」


 「…嫌いとはどういう意味でしょうか?シア…いえ、団長」


 「言葉の通りよ、エリス。他国の貴族の出自なら別の宮廷魔術師に既にいるでしょう。そもそも、この国は今、領土拡大の為に才能があるものなら他国出身だろうが悪人だろうが採用すると皇帝陛下が布告したわ。それで彼が来た。何の問題があるの?」


アタナシアがそう言うと、エリスは先ほどまでの涼しい笑みを止めて、少しむきになったように言う。


体が震え、手をプルプルと震えさせている。


余り憶測はしたくないが、過去にトラウマや、もしくは憎悪を抱くに十分な体験をしたのかもしれない。それならば、彼女が俺を目の敵にするのも納得がいく。


 「ですから、諜報員かもしれない相手を宮廷魔術師に採用するわけには…」


 「では、外国の貴族には宮廷魔術師になる資格は無いと?」


 「そこまでは…申しておりません。ただ、彼には不審な点が多すぎます」


 「そう?私には貴方が明らかに私情を挟んでいるように見えるけど。まぁいいわ、そこまで言うならテストをしましょう。エリス、ロイと決闘しなさい」


 突拍子もないアタナシアの言葉で、先ほどまでウトウトと眠そうだったメアです驚いて目を見開く。


 「はぁ~、私が仮に彼と決闘して何の意味があるのですか?」


 「副団長の貴方に勝てる実力があるなら入団を断る方がおかしいでしょう。逆に、ロイが何もできず手も足も出ずに負ければ、エリスの私怨以外の理由ができる。簡単でしょう」


 「これは、そんな単純な問題では」


 「単純な問題よ、エリス。何か誤解があるようだけど、私が団長で貴方は副団長。この意味、分かるでしょう」


 「……」


 エリスは俺を睨み殺しそうな勢いで睨んでくる。アタナシアは頬を緩ませて、俺の方に近づいて来る。


 「ロイ、聞いての通りよ。申し訳ないけどエリスと戦って」


 「急にだな」


 「…あの子をあまり恨まないであげてね。私が言うのもなんだけど、チャンスが与えられる機会は平等じゃない。でも、チャンスをものにできるかは当人の能力次第。勝手だけど、信じているわ。ロイ、貴方が勝つのを」


 そう言って微笑を浮かべた後、俺の肩をポンポンと叩いた。


 ホルスターから魔導銃を取り出して、エリスを一瞥する。怒りで、冷静さを失っているように見える。そして、憎悪の眼差しで此方を睨んだ後、エリスは腰に差したレイピアを抜き、構える。


 準備が整った事を確認したアタナシアが、俺たちに距離を取るように指示を出して、所定の位置に着く。


 「それじゃあ、準備はいい?二人とも」


 「あぁ、問題ない」


 「とっとと、終わらせるわ」


 「では、これより両者の決闘を始める。両者ともに死力を尽くして戦いなさい」


 「あぁ」

 「ええ」


 「では、始め!!」


 合図と同時にエリスのレイピアが俺の喉元まで迫った。


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