第4話

「あっぶね…おいおい、殺す気かよ」


 間一髪、大剣の一撃を躱して、俺はコンクリートの地面に片膝をつき、やや前かがみの姿勢で咄嗟にホルスターから魔導銃を取り出す。


 横目で屋台を見ると真っ二つになっているのが分かる。 店主や周りの人間が『キャー!!』と大きな悲鳴を出して、その場から去っていく。すると大通りから、数秒もしないうちに人が見えなくなった。


 「メア、いきなり何を」


 アタナシアが青ざめた顔で言う。


 「こいつ、シアの体に触れた。万死に値する(棒読み)」


 そう言って、俺に剣先を向ける銀髪碧眼の美少女。身長は、大体150センチくらいか。彼女が持っている大剣は彼女自身よりもでかい。全く、あのか細い手でも魔術で強化すれば楽々と振り回させるんだから、恐すぎるよな。


 服装はアタナシアと同じ黒いローブを着ている。ローブ越しではっきりとは見えなかったが、白のブラウスに青いリボン。動きやすさ重視の黒のショートパンツに黒のタイツを履いている。靴はブーツで走りやすそうだ。良かった、あの恰好じゃ飛び道具の類は無さそうだな。


 俺が少女を分析すると、直後、死角からナイフが無数に飛んできた。


 最低限の動きで、ナイフをキャッチしてアタナシアがいない方向に雑に投げ返す。


 ちっ、問答無用かよ。流石に負けると思わないが、俺でも殺しにいかないと死にかねないぐらいの使い手だな。


 「ほう、よく気づいたな坊主。だが、ちょいと遅かったな」


 「はぁ~、めんどくせぇな」


 背後からの回し蹴りを紙一重で躱して、前方に転がりながら魔導銃の引き金を引く。


 バンッ!!


 「ヒュ~」


 銃弾が掠って血が出た頬を、手で豪快に拭う。男は口笛を吹いてそう言った。服の上からでも分かるほど鍛えられた体。所謂達人って奴なのだろう。


俺が警戒を強めていると…アッシュブラウンの短髪を掻いて、面倒くさそうに俺を見た。


 「その若さで此処まで戦えるとなると、“母国”じゃ相当なエリートだっただろ坊主。だが、残念だったな。お前は輝かしい人生はここで終わりだ」


 そう言うと男は煙草を咥えて、ステップを踏むようにリズムを取りながら構える。ちっ、厄介だな。


 そして、男の魔術で煙草に火が付いた瞬間、一瞬で目の前に男の拳が現れる。


 「あ、っぶねぇーな。たくっ、帝国人ってのは、まともなコミュニケーション一つ取れねぇのかよ」


 「生憎とこっちも命がけでな。戦場では迷ったやつから死んでいく、覚えとけ坊主。と言っても、後学の機会があればの話だがな」


 ボクサーのような、目にも止まらぬジャブを紙一重で躱す。俺がジャブに気を取られていると、大振りの回し蹴りのモーションに入る。躱そうと一歩後ろに下がると、そこには見えない壁があった。


 クソッ、ここで伏兵かよ。


 そして、俺がおっさんの回し蹴りを受けとめようとした瞬間、大剣が時速160キロを超えそうな勢いで飛んできた。どっちも躱すことは流石にできないか。


 反射的に魔導銃で大剣を撃って、角度を変える。しかし…………


ドスッ


 鈍い音と共に、重い一撃が鳩尾に入った。


 「ッツ!!」


その場に倒れ込んで、男たちの方を睨む。


 「ほう、中々の胆力だな。敵ながら天晴れだ」


 「確かに、弱っちいのによく頑張ったと思う。たぶん(棒読み)」


 大剣の少女は、まるで蛆虫でも見るようにこちらを見る。


 「はぁ~、貴方たち何をやっているの。全く、遊び過ぎよ」


 アタナシアでもない、他二人でもないよく通る透明な声がした。


 見ると、金髪翠眼の美女が先ほどまで戦っていた二人に小言を言い、そして、アタナシアの手を掴んでいた。


 「行きますよ」

 

 「あの坊主はどうする?エリス嬢」


 「別にいいわ。歳の割には実力はあるようだけど、私たちと戦うには役不足。どうせ、この先も大した脅威にはならない」


 「良かったな坊主、せっかく拾った命だ。大切にしろよ」


 「え~と、才能が無くても生きていけるよ。頑張って~(棒読み)」


 連中は、俺への興味を無くしたらしく、そそくさとその場を立ち去ろうとする。


 ははは、助かった。あ~良かった。死なないんだ俺は、あんな化け物連中と戦って生き延びるなんて案外、俺の悪運は馬鹿にならないかもしれないな。


 はぁ~、痛みが引いたら宿を探して、仕事を見つけないと。まぁ、人には分と言うものがあるからしょうがない。俺がアタナシア(彼女)を助けられないのも、あいつらに敵わないのも、国の連中に馬鹿にされるのも、信じていた幼馴染に裏切れるのも、全部、全部、全部、全部、致し方がない事だ。


 『“特別な人間はいる。ただ、俺がその特別じゃ無かっただけだ”』


 だから、俺は…


 「エリス、ちょっと待ってあの…人は」


 「シア、話なら後で聞くから…馬鹿ね、せっかく拾った命を散らしたいなんて」


 「悪いな、気が変わった。これは、落ちこぼれの意地だ」


 さっきの重い一撃で目が回る。的確に急所突かれただけあって、超痛い。泣きそうだ。それでも、奥歯を噛みしめて立ち上がる。


 …あいつらに敵わないことなど初めから分かっている。俺に力がない事も知っている。それでも、俺は為さなければならない。此処で引いたら、命より大切な何かが失われてしまう気がする。


だから……


 「"ある日、世界の歯車が外れている事を知った。みんな、咎を負っていた。でもその記憶はない。レテの川を渡ったことを忘れたのだろう。あぁ、なんて罪深いのだろう…」


 ガシッ!!!


 「…俺は、まだやれる。だから、ちょっと待ってろ」


 「ロイ、もういいから」


 「でも、それじゃあアタナシア、お前が…」


 俺がそう言うと、途轍もなくばつが悪そうに頬を人差し指でかいて、アハハと苦笑いする。


 「え~と、その。グランやメア、エリスは私の部下で、仕事をサボって町に来ていた私を連れ戻しに来ただけなの!!」


 「……は?」


 俺は、一瞬、何を言われたのか分からず頭が真っ白になる。


 「はぁ~、そう言う事だったのね。シア」


 「どういう事だ?エリス嬢」


 「うん、私にも教えて(棒読み)」


 「つまり、この青年は私たちからシアを守る為に戦っていたのですよ。シアが勘違いさせたから」


 そう言って、エリスと呼ばれる美女がアタナシアをジ~と見る。アタナシアは、えへへと一笑して、口笛を吹いて誤魔化す。

 

 そして、俺を横目で一瞥した後、他の連中を見て言う。


 「ねぇ、エリス。ロイは、仕事を探しているらしいの」


 「あ、まさかシア。はぁ~」


 エリスさんが頭を抱えて、深い溜息を溢す。アタナシアは俺の手を掴み、ニッコリと微笑を浮かべて言う。


 「ロイ、私は貴方を宮廷魔術師に推薦します」


 「は?」


 「じゃあ、そうと決まれば行くわよ」


 そう言って、アタナシアさんは俺の手を引く。訳も分からずに俺はついて行く。

 

 そう、これが俺とシアの出会いだった。

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