第3話
ロイグランド帝国に北商店街通り。多くの観光客と、地元民で賑わいを見せていた。
爺さんたちと別れた俺は、屋台で焼き鳥を数本買い、実家や魔術学校じゃ絶対に飲まない種類の安酒を片手に商店街を歩きがてら、魔術師ギルドを探していた。
イノリさんが、さっきのお礼で案内してくれると言ったが、商談が忙しそうだったから地図だけ書いてもらって別れた。
と言うのは建前で、誰かと関わり合いたく無いから断った。どうせ、どれだけ信頼しても相手がどう思っているのか分からないからな。
少し感傷的になったが、兎に角、今は魔術師ギルドに行って仕事を探そう。その後に、今日泊まる宿でも探して、そこでゆっくりと英気を養おう。
さてと、このエリアを突き当り進んで左に曲がれば、中央通りに着くんだよな。
バタン!!!
「ごめんなさい、急いでいたもので」
「いや、此方こそ」
仕立ての良いフード部分に金の刺繍が施された黒いローブ来た若い女とぶつかった。フード越しだったので、しっかりと見えたわけでは無いが、髪色はルビーのように鮮やかな色で、目はサファイアのようなアイスブルーだった。おそらく、貴族やそれに近い立場でお忍びで来たのだろう。
しかし、また、治安が悪い北部に一人で来るなんて世間知らずのお嬢様だな。ここは商店街で、それなりに活気もあるが数十メートル先の路地裏に行けば物乞いやヤクザ者ばかりだ。そして、その先にはスラム街があると聞く。
はぁ~、一応、忠告くらいしてやるか。
「おい、あんた」
「申し訳ないけど、ちょっと一緒に来て」
「は?何言ってんだ」
ローブの女は俺の手を掴んで、風を切るような速度で走った。おそらく魔術で肉体強化しているんだろうが、全く、こっちの事はお構い無しだな。
これはお転婆と言うか、じゃじゃ馬の類かもな。
たくっ、予定が狂った。
暫くして、黒ローブの女性が走るのを止めてその場に立ち止まる。
「ふぅ~、危なかった。ごめんなさい、偶然にも貴方を巻き込んでしまって」
「いや、完全に故意だよな。あんたの場合」
「…そ、その、何となくそこにいたので、つい」
まさかの反応が返ってきて驚いた。嘘をつくにしては余りにも出来が悪く、事実にしてはあまりに間抜けすぎる回答だったので、怒る気にすらならなかった。
「まぁ、誰にでも失敗はあるからな」
「そ、そうよ。誰にでも失敗はあるから」
「いや、あんたが言うなよな。たくっ、今日はハプニング祭りだ」
俺は、自分の悪運の強さと言うか、そういうものに呆れながら苦笑した。
まぁ、人生万事塞翁が馬と言うくらいだ。
こう言う日もあるだろ。
とは言え、この時間だし宿を取れるか心配だな。
「悪いが、遊んでいる暇はないんだ」
「だ、駄目よ」
「は?なんでお前に指図されないとならねぇーだよ」
「こ、この場所を案内して」
フード越しでよく見えないが力強い瞳がこちらを見る。図太いなと思ったが、よく考えりゃ、強化魔術を一瞬で発動して俺を引っ張て逃げた程の魔術師だ。下手に刺激した方が面倒かもな。まぁ、兵士達からカツアゲした金もあるし、野宿にはならないだろ。
「まぁ、さっきの場所に戻りながらでいいなら」
「申し訳ないけれど、少々、事情があって追われていましてあっちには行けないの」
「は?どんな事情だよ。たくっ、めんどくさいな。とっとと行くぞ」
「いえ、ですからあっちには」
「俺の魔術なら問題ない。白魔術 【欺瞞の
俺が魔術名を言うと、女に魔術がかかる。先ほどまで黒のローブを不振がっていた通行人の全てが、彼女を気にしなくなる。この魔術の効果は、簡単に言えば、一時的に対象者を周囲の人間の意識の外にすると言う魔術だ。
目を丸くさせて、俺を見る。
そして、信頼の証なのか知らないが、フードを外して此方をまじまじと見た。
「私は、アタナシア。どうかよろしく」
「俺は、ロイだ」
彼女が素性を隠しているようなので、敢えてこちらも家名を名乗らなかった。いや、まぁ、あんな糞みたいな家名はこちらから願い下げだ。はぁ~、嫌なことを思い出してしまった。
「貴方は、優しいのね。ロイ」
当然、アタナシアと名乗る女がそう言った。何が目的か分からないので、適当に返す。
「そうか?普通だろ(と言うか、どちらかといえば冷たいだろ)」
「だって普通、無理やり連れて来られただけでも怒こるでしょ。その上、さらに、私の我儘に付き合おうとするなんて優しいを通り越して、ドがつくほどお人よしね。言葉遣いは、あれだけど」
「…別に、大したことじゃないだろ」
俺がそう言うと、アタナシアはにっこりと微笑を浮かべた。
まるでこちら心を見透かされているようで、気分が悪い。
クソっ、調子が狂う奴だな。
そう思ってアタナシアを横目で見ると、彼女がクレープ屋を指を指していた。
「あれって、もしかしてクレープ屋。嘘、夢みたいだわ」
「は?何がだよ。別に珍しくもないだろ」
「あはは、小さい頃食べてみたいとお父様とお母さまに言ったのだけど、庶民のものなんかを食うとお腹を下すと言われて一度も食べたことないの。だから、クレープ食べるの夢で」
「安い夢だな」
「え?…どこに行くの?」
「クレープ、食べたいんだろ。ついて来いよ」
自分でも馬鹿だと思った。だが不思議と足取りが軽かった。クレープ屋に着いて、メニューを見る。数分間、食い入るように見るアタナシアを見て、少しリナリアと重ねてしまった。やっと決まったらしく、此方を見てくる。
「私は、その、チョコバナナクレープとストロベリージュースが食べたいです。でも、その、今は持ち合わせがなくて」
「それくらい、奢ってやる」
「店主、メロンジュースとストロベリーキャラメルクレープをくれ。こいつにはチョコバナナクレープとストロベリージュースだ」
「分かったよ、坊主。おっ、かなりの別嬪さんを連れて良いご身分だな」
「まぁ、俺の徳が成せる技だな。それより、とっとと作れよ」
茶化してきた店主にそう言って、クレープの催促をする。そして出来上がったクレープをアタナシアに渡して代金を払う。
「代金は大銅貨1枚と銅貨8枚だ(日本円だと1800前後)」
俺は、ポケットから財布を取り出して銀貨1枚を出した。
「坊主、これは」
「釣りはいらねぇ」
支払が終わり、アタナシアの元に行く。
「有難うロイ、すっごく嬉しい」
「…これくらいでそんなに喜ぶなよ。たくっ、恥ずかしい奴だな」
「だって、私にとっては小さい頃からの夢だっただもん」
「なら、良かったな。やっすい夢、叶えられて」
「うん、ロイのおかげだよ」
そう言って笑うアタナシアの顔はあいつ(幼馴染の王女)にちょっと似ていた。不思議とあんな糞女に似ていると思ったのに不快感がなかった。
はっ、全く、我ながら度し難いな。
そんなことを思っているとアタナシアがトントンと俺の肩を叩いた。
「その、次はりんご飴が食べたい」
「はぁ~、もう食べ終わったのかよ」
「美味しすぎて、つい」
「まぁ、せっかくだしだな。これで買って来いよ」
取り合えず俺が銅貨一枚を渡すと、アタナシアが目をキラキラさせて笑う。
「有難う、ロイ」
「いや、別に大したことじゃって…もう、いないし」
一瞬で、りんご飴が売られている屋台に行ってしまった。俺は、周囲に気を配りながら後を追う。
「有難うか、いつ以来だろうな。そんな言葉を言われたの」
気づけば、頬が緩んでいたのが窓越しで分かった。
はぁ~、ちょろいな、俺。
「おい、アタナシア。そんなにがっつかなくても」
屋台に着いて、何を買おうかと悩んでいるアタナシアに肩に触れてそう言うと、アタナシアがこちらを振り返る。そして、目を大きく開け、口を開けた。
口の動きから、よけてと言ったのが分かった。
「ヤァ―――」
ドンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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