第2話

 

 はてさて、これからどうしたもんかな。


 アーレス王国を出て、そろそろ二週間ほどが経つ。

 道中、宿探しに奔走しながらもとうとう、ロイグランド帝国の首都が見えてきた。

 

 馬車の荷台で寝転がりながら俺は、今後どうするかなどを考えていると、突然、声を掛けられた。


 『なんだ、若いのに随分と不景気そうな顔してるな』


 何が楽しいのか良く分からないが、ニヤついた顔で此方を見る爺さんは、興味津々に俺の顔を見下ろしてくる。


 『そうか?自分では、フレンドリーそうな顔でイケメンだと思っているんだが』


 体を起こして、話しかけてきた老齢な男に皮肉交じりにそう返した。


 『二枚目なのは認めるが、フレンドリーそうな顔は嘘じゃろ。まぁ、此処であったのも何か縁だ、受け取れ』


 すると、爺さんは袋から何かを取り出してポイッとこちらに投げる。


 俺はそれをキャッチし、確認する。すると、林檎だという事が分かった。


 『爺さん、これは?』


 『不景気そうな若者に対して、爺からのささやかなプレゼントじゃよ』

 

 『そりゃどうも。丁度、小腹が空いていたんだ』


 俺は爺さんに軽く頭を下げて、リンゴを齧る。普通に美味いな。


 『も~う、お爺ちゃん。また、人に迷惑を』


 『おお、イノリ。中々面白い若造を見つけたぞ』

 

 爺さんはそう言って、孫娘の方に視線を向けた。

 すると、淡い紫色のおさげの少女が困り顔で此方を歩いてきた。服装は、ブラウスと深い緑色のロングスカートで、ブーツを履いている。


 芋っ子そうな印象を受けるが、容姿が整っているので別に嫌な感じがしない。


 『すみません、祖父がご迷惑を掛けませんでした』


 『いいや、別に。強いて挙げるなら、キーキー五月蠅いぐらいだ』


 『…え~と、その、すみません。あ~』


 どうやら俺の名前が分からず困っているらしい。家名は名乗りたくないが、名前は気に入っているので名乗ってもいいか。


 『ただのロイ・・だ』


 『え~と、私はイノリ・アプフェと言います。こっちはお爺ちゃんのギュンター・アプフェです』


 『よろしくのう、若いの。おっ、もうそろそろ見えてきたぞ』


 爺さんの言葉を聞き、その指を指す方向を見る。


 すると立派な白い門が見えた。目算だが、二十メートルは難いだろう。

 

 昔、授業がつまらなくて有名な講師だったが、時より自分の経験談を話す奴が学園でいたな。経験談の面白さはまちまちだったが、ロイグランドの話だけは間違いがなかった。その話の中で言ってたことで、ロイグランドに来たら、まず外国人はその門の大きさに驚くとか言って様な気がするが、例に埋もれず俺も驚いてしまった。


 流石に、大陸の覇者と呼ばれるだけはあるな。王者の風格と気品がある。


 『へぇ~、流石に立派だなぁ。って、爺さんとイノリさん。どうしたんだ?浮かない顔して』


 『今日が、ルードル将軍の管轄じゃない事を願っておるんじゃよ。北門は比較的に帝都では治安が悪いから偶に法外な通行料を取られるのじゃよ』


 『よくそんな奴が門番なんてできるな』


 『第二皇子派の重鎮の娘婿らしいからな。どうにもならんのよ』


 『へぇ~、まぁどこの国でも難題はあるからな。おっ、着いたか』


 馬車が止まったので、周囲を確認する。すると、門で列を作っていた。


 『普段からこんななのか?』


 『最悪じゃ、今日はルードル将軍の管轄らしい。イノリ、ローブを』


 『うん、お爺ちゃん』


 そう言ってイノリさんは、少しぼろのローブを着た。疑問に思ったが、門番達の人相を見て分かった。


 成程な。若い娘と言うだけで門番に目を付けられる可能性があるのか。

 しかし、金がない俺ならともかく何でそれなりに裕福そうな爺さんたちが北門から来たんだ?まぁ、あんまり詮索するのもよくねぇ~な。


 爺さんたちと長い列に並ぶ。やがて俺の番になった。


 およそ兵士と言うより、野党に近い人相な男達がこちらを見る。


 『銀貨4枚だ』


 『はいはい』


 俺は銀貨四枚を渡すと、舌打ちされて門を潜ることができた。

 まぁ、あんな奴らと揉めるだけ無駄だからな。


 そして、爺さん達の番になる。


 『おい、そこの女。フードを外して顔を見せろ』


 『え、あっ』


 動揺するイノリさん。爺さんがすぐにフォローを入れる。


 『すいません旦那、こいつは酷い火傷を負っていて顔を見せるのをひどく嫌がるんです』


 『ふぅ~ん、だが門番として見ないわけにはいかない』


 『いや、だから、酷い焼け跡が』


 爺さんの抵抗も虚しく、イノリさんの被っていたフードを外され、姿が露わになる。すると、兵士の男たちは舌なめずりをして、下卑た笑みを浮かべる。


 『あ~、これはまずいな。本当にまずい。我々を騙すなんて、疑わしくて所まで連行しなければならないなぁ。そうだろ?』


 『あぁ、たっぷり教えてやらないとな』

 

 『か、勘弁してください。ワシの大事な孫娘なんじゃ』


 爺さんは地面に頭をこすりつけて、頭を下げるが兵士たちに蹴り飛ばされてイノリさんの腕が掴まれる。


 『はぁ~(ここで爺さんたちを見捨てたら、あいつらと一緒か)離せよ』


 『おい、お前。何だその目は』


 『“その手を離せ”と言ったんだ。聞こえなかったか?』


 『はっ、無を言って』


 イノリさんの腕を掴んでいた兵士たちの腕がいきなり、痙攣をし、さらには手が離れる。兵士たちは不気味そうに此方を見る。


 『お、お前。その力は』


 『“喋るなよ”面倒くせぇな』


 俺は兵士たちが喋ることを禁じ、そのままアーレス王国の貴族の証である黄金の獅子と剣が描かれたペンダントを見せる。


 『【解除】』

 『い、いくら他国の貴族とは言えこのような暴挙を』


 リーダー格の兵士がそう言って睨むと、他の兵士たちもこちらに敵意を向けてくる。まぁ、面倒くさいがここは穏便に済ませよう。


 『お前たちの後ろ盾であるルーブル将軍は、貴族の俺とお前らが揉めたらどっちに着くだろうな?』


 『はっ、そんなもの俺たちに決まっているだろ』


 兵士の男は、一瞬、動揺したようにそう言った。ウィークポイントはここか。やっぱり気合が入っているのは格好だけか。


 『まぁ、そう信じたくなる気持ちも分かる。だが現実問題として、お前らのような素行の悪い兵士を俺(貴族)と、まして国際問題に発展してまで助けようと思うほどルーブル将軍は慈悲深いのか?』


 『そ、それは』


 兵士たちはお互いに顔見合わせて、縋るようにこちらを見る。効果的中か。おそらく前にこんな事態が起こった時に見捨てられた奴がいるんだな。


 『心配するな。俺たちはまだ何も奪っていない。今日、お前たちはこの爺さんと娘を何の揉め事もなく通した。いいな』


 『『は、はい』』


 兵士たちはそう言って、俺に敬礼した。そして、リーダー格の男が苦笑いしながら、ゴマすりでもするように、持っていた革袋を俺に渡してきた。


 『そんなもん必要ない』


 『い、いえ。迷惑をお掛けしましたので、その、え~と、この事は』


 『口止め料か?』


 『は、はい』


 少し照れた様子で、申し訳なさそうな表情を浮かべて兵士たちは頭を掻いて、行ってしまった。そして、仕事に戻った。


 俺は貰った革袋を開く。すると、金貨が7,8枚と銀貨が十数枚もあった。


 おそらく今日の稼ぎ分の1,2割ほどだろう。


 全く、俺の方が悪役みたいだ。まぁ、貰っとくか。


 『おい、爺さん。行くぞ』


 『お前さんは…』


 『あ、あの、有難うございます。ロイさん』


 『別に、大したことじゃねぇよ(俺は、ただあいつらみたいな屑になりたくないだけだ)』


 爺さんたちを待たず、門をくぐり抜けた。そう、これからから俺はこの国で生きるのだ






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