エピローグ

最終話 再出発(コンティニュー)

『核』の野望を打ち破り、メタバース空間に平和を取り戻したレンは、今にもこの世界から消えそうだった。だが、その前に何度も剣を交えた因縁の相手と話をしておきたかった。


「僕の目的は潰えたのか?」


「そうでもないさ」


 仰向けに倒れているカオルに目線を合わせるために、屈んで優しく言葉をかける。


 彼女の目的は正直、理解し難い。でも、彼女の記憶を見るに、目的のために相当な努力をしたことだろう。


 プログラムの知識がなければ、違法プログラムなどは作れない。核を理解していなければ、最強のユニークスキルは作れない。


 その並々ならぬ努力だけは理解できる。だって、レンも……


 カオルもレンと同じく淡い光に包まれる。


 自分が消える感覚を肌で感じた途端に、彼女は無意識に口を開いていた。


「僕は……ただ認めて欲しかっただけだ。自分の考えを、自分の気持ちを理解して欲しかっただけなんだ」


 急に素直な気持ちを吐き出す。


 最後だからだろうか。なぜだか、自分の本心を口に出してしまっていた。


 その行為にはレンも驚かされたが、彼女の必死の告白だったため、真剣に耳を傾ける事にした。


「俺もだよ。いや、結局の所は皆んな同じなのかもな。だから、日々努力し続けるし、苦しくても辛くても頑張る事ができるんだ。それは、人生もゲームも同じなんじゃないか?」


 レンの言葉にカオルは涙が溢れてきた。その彼女を見て、


「お前はこれからも苦しい現実を強いられるだろう。でも、それがお前の選んだ道だ。だから、逃げるな。でも、苦しくなった時は俺達を頼れ。少なくとも、俺達だけはお前の味方だから」


 レンの追い討ちにカオルは感情を堪えられなくなった。


 顔のあちこちから水が流れてきて、顔がぐちゃぐちゃになる。お世辞にも美しいとは言えない顔になるが、今この時だけは素直になろうとカオルは思った。


 その姿をレンは笑う事はしなかった。


 できるだけ見ないようにするために、立ち上がり、そっぽを向く。


 その後は二人は一度も言葉を交わす事なく……お互いがメタバース空間から消えていった。



 次にレンが視認したのは、木目状の板だった。


 しかし、その板は手を伸ばしても届きそうになかったため、レンは自分が仰向けになっているのだと理解する。


 時間差を経て、背中に柔らかい触感を感じた。


「ベッドか……って事は、戻ってこれたんだな」


 カオルと話し終わってから、記憶が一ミリも残っていない。あの後、どうやって戻ってきたのか。あの世界はどうなったのかが全くわからない。


 モヤモヤを払拭するために、自分の記憶外の事にだけ思考を巡らせていると……


『レン!』


 突然、自分を呼ぶ二つの声が耳に入った。


 一つは柔らかくも落ち着く声。一つは力強く、威厳を放っている声だった。

 声の主にレンは抱きつかれた。声を聞いた時から、二人が誰なのか知っていたレンは、


「父さん、母さん」


 と、久しぶりに呼んだ。


 二人とは仲が悪かったため、会話はほとんどしていなかった。だが、自分の過去と向き合ったレンにとって、二人との不仲の原因はもう解消されている。


 だから、これからは仲良くやっていける……と思うが、


「ちょっとむず痒いな」


 直ぐに人は変われないらしく、レンが二人と絆を深める事ができたのは、事件終了から半年もかかった。


 それから、三ヶ月の時が経った。


 真実を知った志保と瑠璃の計らいにより、影山白や矢澤薫が起こした事件は『核』の暴走という形で納められ、二人がお咎めを受けることはなかった。


 だが、同時に『核』の真実はメディアを通して、大々的に取り上げられた。その責任を取るために、影山白は株式会社シャドーの社長を辞任。


 後継者を娘の雪に託し、今は娘のサポートに回っている。



 そして、あれから一年が経過した。


 木山蓮は、懲りずにメタバース空間にいた。だが、この場にいるのはレンだけでなく、あの事件で戦った戦友、更には事件を起こした首謀者であるカオルも一緒だった。


「ユキに呼ばれたけど……結局何すりゃいいんだ?」


 新たなゲームを作ったから、ベータ版をレン達に体験して欲しいという名目だった。


「まぁ、楽しければいいんじゃない」


「ナナちゃんは呑気だね。でも、それが一番だと思うよ」


 ナナのおちゃらけた発言にリンが答える。


「そんな事よりも『最弱の王』俺はテメェに勝たなきゃ、気が済まねぇ!」


 右腕にサソリの刺青が入ったスキンヘッドの男──スコーピオンこと、岸田剛志が突っかかってくる。


 その行為をめんどくさそうにあしらう。だが、


「私も納得してないんだよね!知らないうちに世界ランク越されてんじゃん!」


 今まで一位だった紅の女王──シホすらもレンに突っかかってくる。


「お前が俺に負けたからないけねぇんだ。悔しかったら奪いにくるんだな」


 誇らしげに語り、世界ランク元一位をおちょくっていく。


 レンの言葉に、シホは悔しそうに地団駄を踏む。その光景は、最強のプレイヤーの威厳をなくしていたが、今まで見たことのない姿を見れてちょっと可愛かった。


「まぁ、そんな事よりも、新たな仲間を歓迎しましょ」


 ルリが手を叩き、この場にいるもの達を隣にいる中性的な人物──カオルに向けさせる。


 全員の注目が自分に集まっている事を感じ、


「矢澤薫です。よろしくお願いします」


 と、頬を赤らめて、小声で自己紹介をしていく。


「よー!待ってました!」


 と、レンが、


「よろしくね」


 と、ナナが、


「よろしく!」


 と、シホが、


「チッ!」


 と、ツヨシが、


「よろー!」


 と、リンがそれぞれ別々の反応をする。


「じゃあ、みんな集まってるようだね」


 自己紹介が終わり、一段落が着いたところに、モニターが浮かび上がり、一人の少女が映し出された。


 年齢は十五歳くらい。しかし、大人びた風貌のおかげで、実年齢より上に感じられる。


「やっぱ、レン君に似てるね」


「はぁ?似てねぇだろ」


 現実世界の彼女を見たナナが、そんな言葉を発する。


 確かに、二人は異父兄妹なので、似通っている箇所が少しばかりあっても不思議ではない。


「まぁ、他人が言うんだから似てるんじゃない?よくわかんないけど……」


「わかんないなら言うな!」


 リンがおちょくる時の声色で楽しそうに言う。その姿を見て、


「はい!これからゲームの説明をします」


 モニター越しに話している少女が手を叩いて、この場を区切っていく。


「このゲームは、核を使用していません。なので、従来のステータス性に戻ってます。確認してみてください」


 そう言われて、この場にいる全員がメニュー画面を開く。その画面を見て、レンは懐かしさを感じた。でも……


「ユニークスキルが地面を隆起させるだけって、どうなんだ?」


 他の人は強いスキルを手に入れていたのだが、レンだけがまたも最弱スキルを手に入れてしまった。


 さすがは『最弱の王』なだけあると、つくづく自分でも思う。


「確認は終わったかなー。じゃあ、次はこのゲームの目標について説明していくね。最初皆さんにはギルドカードを配布してあります。それぞれランクってのを設けたら、その都度クエストをクリアしていってね。で、最終的には……」


「魔王を討伐、だろ?」


「うん、前と同じ目標にしようと思ったからね」


 レンの言葉に笑顔で答える。


「前は結局倒せなかったもんね」


「そうだね。でも、私が撃つから覚悟しといてよ」


 ナナがリンの言葉に頷き、この場にいる者全員に宣言する。


「いや、違う!私だ!」


「俺に決まってんだろ!」


「いや、俺だよ!」


 それぞれ、世界ランク上位を持っているレン、シホ、ツヨシが闘争心を剥き出しにする。


「まぁ、誰でもいいじゃん!」


『よくない!』


 ルリの言葉に強気で返答し、三人は全員反対方向に足を向けた。


「あのー、説明まだ終わってないんだけど……」


「いいんじゃない?アイツら勝手にやってくだろうし、それに、私たちももうゲームしたいし」


 リンの言葉に雪は呆れ気味にため息をつく。だが、ここから先はそこまで重要な説明ではなかったらしく、雪も説明を省略した。


「じゃあ、ベータテスト開始まであと十秒!」


 そう言って、カウントダウンが始まる。


 七人はそれぞれ気合を入れて、ゲームが開始されるのを待つ。そして、カウントがゼロになり、皆で宣言する。


『ゲームスタート!』



 

           完

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