第三十九話 最終決戦④

 険悪な雰囲気に包まれた街の中心地で、二人のプレイヤーがぶつかっていた。


 一人は『DEO』最強の称号を持ち、社長やプログラマーに愛された男──木山蓮。全体的に地味な印象を受けるが、色々な体験をしてきたレンは精神面でも成長してきていた。


 その経験が顔に刻まれ、『DEO』を始めた当初より、人を魅了する事のできるようになったとも感じる。


 もう一人は『DEO』プレイヤーを利用して、この世界を乗っ取ろうと企てていた人工知能──『コア』。


 今は矢澤薫のアバターを自分ものにして、最強のプレイヤーをも自分の支配下に置こうとしている。


 お互いに激しい攻防が続いていく。


 レンは剣──『アレス』を巧みに操り、僅かな間隙かんげきすらも見逃さない攻撃を仕掛ける。だが、『コア』も自分の特権──全プレイヤーのユニークスキルを使いこないして、熟練の技をことごとく撃ち落としていく。


 近距離攻撃は通じないと肌で感じたレンは、ユニークスキルを使用して、銃へと武器を変換していくが、その行為を先読みし、『コア』は空気を弾いて、弾丸のように飛ばした。


 音速に届く先制攻撃は、レンの反応を鈍らせるだけの材料にはなったらしく、まともに直撃してしまう。


 もう一度、空気の弾丸が地に尻をつけているレンに振われる。


 僅かな空気の振動で攻撃の軌道を呼んだレンは、攻撃が当たる前に動き、なんとか避ける事に成功。相手の予備動作を確認して、間合いへと入っていく。


 今まではリンの『瞬間移動テレポート』があったため、便利な移動手段としていたが、今はもう使えない。なら、レンが努力の果てに手に入れた技術を踏襲とうしゅうし、戦いを有利にしていく。


 戦いとは実力も大事だが、それよりも、いかに戦場を自分のものにするかがレンは重要だと思っている。


 偶然の勝利はなく、弱者が強者に勝つ事例も、前述した原因が作用しているはずだ。


 レンは今、先手を取った。


 誰がなんと言おうと、今この時はレンのフィールドだ。


 接近した事により、武器を銃から剣へと変更していく。


 狙いは胸の辺り。つまり、この怪物の本体である核だ。


 『コアは全てを超越せしもの。これより上のものは存在せず、これより強きものも存在しない』という言葉は、『核』がメタバース空間を支配する可能性があると、危険を促したメッセージでもあるが、『核』が弱点であるという事も意味していると思う。


 なぜなら、全てを超越しているものが破壊されれば、超越したものそのものがなくなるからだ。


 そして、今カオルの胸にある『コア』は、プレイヤー達が持っていたライフポイントとは明確に違う。


 全プレイヤーの記憶、スキル、経験を集約したこのゲームの『核』。


 メタバースという世界を構築している『核』で、全ての中心点。なら、それを破壊すれば、今ある世界は終焉へと導かれる事となる。


 レンが世界の中心点を見据える。


 剣──『アレス』を勢いよく突きつけていく。この攻撃で全てが終わる……そう思っていたが、


「くっ!」


 そう簡単にはやらせてくれはしなかった。


 ユニークスキル──『バリア』を使用して自分を守っていく。


 胸の辺りに硝子のような膜が貼られている。空気と同化していて、肉眼では見づらいが、感触はあり、確かにその場に存在しているものだった。


「どうした?今ので勝てるとでも思ったのかな?」


 下品な声色でレンをおちょくっていく。


 『コア』の言葉に感化させられたレンは、剣を薙ぎ払っていく。


 側から見れば無意味なものに終わると思われるが、レンにはプログラムに支障をきたす事ができる最強のスキルがある。


 だが、『侵入スラッシュ』を計算して攻撃してきた事は『核』もお見通しで、次の攻撃は身を捻って回避を選択した。


「一秒」


 急なカウントを口にして、次はレンの攻撃を『バリア』で受け止める。そして、また回避。完全にあしらわれていた。


 今の行動で『侵入スラッシュ』すらも完全に見切られていると感じたレンは、一旦距離を取る。


「ハクやカオルのように、単純にスキルを使用してるだけじゃない。このゲームの中心を担っているだけあって、使い方を心得てやがる」


 ほんの少しの戦闘でレンは『コア』をそう評価する。


 この敵はレンと同じ。スキルによって用途を変えて使用してくる。だから、どんなスキルを使っても隙が生じず、上手い立ち回りを可能とする。


 レンが今まで戦ってきたやり方をそのままトレースされているようだった。故に、分身と戦っているかのようになって、とてもやりづらい。


 どんな方法で攻めても、対策がされる事、最強のスキルすらも見抜かれる事。それらを計算に入れて、レンはもう一度勝ち筋を探っていく。


 確かに、この敵には『無敵』という言葉が似合うのだろうが、どんな相手でも勝てないようには設定されていない。


 そして、この世界の中心を担う『コア』であろうと、それは例外ではない、と思う。


 銃を構える。一発、牽制けんせいするために発砲していくが、『核』には見抜かれていたため、身動きひとつとらない。


 もう一度発砲。次は直撃するように調整していく。だが……人差し指で空気を弾くスキルを使用してきた。


 敵が構えた瞬間に回避行動に移ったため、かわす事に成功したが、突如、レンの足元から氷が生成されてその場に固定された。


「これは!」


「君の妹の記憶から再生させた。どう?仲間の力でやられるのは」


 そう言って、次は幼馴染──リンの『瞬間移動テレポート』で、一瞬で間合いに入ってくる。


 だが、レンには好都合だった。


 まだ手は封じられていない。この距離であれば、得意の剣戟けんげきを使用する事ができる。


 剣に力を込めて勢いよく振るった。しかし、今度は『コア』が放っていた険悪な雰囲気を感じなくなった。


「まさか……」


 嫌な予感がした。


 本来気配とは、その場にいれば大きくても小さくても感じるはずだ。でも、それを感じなくなったという事は……


「『隔離パラレル』」


 ナナが使っていたユニークスキル。レンに嫌がらせをするかのように、一緒に戦った仲間達の才能スキルをことごとく見せつけてくる。


「テメェ!」


「そんな怒んなよ。懐かしいものを見せてやってるんだろ?お前も恋しいはずだ」


 たったひとり、メタバースの世界に閉じ込められたレンに、慈悲を与えるかのように『コア』は嫌がらせをしてくる。


 その嫌がらせは、レンの怒りの導火線に火をつけた。


 ただでさえ、許せなかった相手だが、憎しみの感情はさらに増幅した。


「一秒」


 今度はレンがカウントを始める。謎の行為に『コア』は首を傾げるが、体に鋭い感触を感じた途端に、『核』は先程の行為を理解する事となった。


「お前!」


「そのスキルは飽きるほど見てきたんだ。手の内を晒して戦ってるようなもんだぜ、お前」


 レン振るった剣で『コア』に傷をつけ、言い放つ。


 ようやく一歩だ。


 戦闘時間は短いが、ここまでくるのにかなり時間を要したかのように思う。


 もう一度、追撃を仕掛けていく。


 『コア』は危険を察知し、ユニークスキルを変えて、世界最強のプレイヤーの『疾風はやて』を使用した。


 距離を取り、レンを警戒しながら見据える。


「まさか、私が傷つけられるとはな……」


「油断大敵って言葉が人間界にはあるんだよ。覚えとけ」


 知識マウントを取るように言い放つ。


「あぁ、覚えておくさ。もう、同じてつは踏まない」


 浴びせられた言葉に、『コア』は悔しそうに言う。


 相手は人工知能。不完全な人間とは違い、一度覚えた事柄は完全に記憶するだろう。そういった意味では、本当に油断した所を突く事はもうできない。


 迂闊には近寄ってこない相手を前に、次はどう戦っていくか策を練っていく。


 正直、今の攻撃は偶然当てられた節が大きい。


 だが、それでも一歩前進には変わりない。


 レンは『コア』をしっかりと見据え、剣に手をあてる。そして……相手の足が微妙に動いた瞬間を見逃さず、一気に懐へと駆けていった。


 レンが先制攻撃を成功させる。


 振われた剣を『核』は守る事しかできず、自分に『バリア』を付与していくが、レンが触れたという事は、プログラムに支障が生じ、この力も直ぐに灰と化す。


 次は逃げる選択を取ると予測し、相手の動きをしっかりと観察していく。が……レンはユニークスキルで武器を盾へと変化させて守りの体制に入った。


 予備動作を見ていた事で大事には至らなかったが、まさか攻撃に転じさせてくるとは思わなかった。そのせいで防御はギリギリだった。


 しかし、今の攻撃で『コア』に主導権を握らせてしまい、このフィールドの支配者としてしまう。


 時間が経過して『侵入スラッシュ』の効果も切れ、普通にユニークスキルも使用してくる。防戦一方に陥り、一旦体制を立て直したいが……『核』は射程距離から逃してくれない。


 盾を駆使してなんとか攻撃を受け流していくが、相手の物量が切れそうになく、先にレンがガス欠になるのは目に見えていた。


(くそ!どうすれば……)


 このままでは敵はレンの懐まで侵入してきて、核を破壊してくる。『特殊条件』のレンでも、全ての頂点に立つ核には逆らえない。破壊されてしまえば、『辺獄』へと連れて行かれてしまい、一生植物状態になってしまう。


 そうなれば、家族を友を悲しませてしまう。それ以前に、自分に託してくれたナナ達の想いを踏み躙る事になる。それだけは絶対に避けたい。


 レンは力を振り絞り、反撃の時を待つ。


 どんな敵も必ず隙が見つかる。その一瞬を突けば、もう一度勝機は自分の元へとやってくる。


 身をひねり、軌道を読み切り、間に合わない攻撃は盾を駆使して対応していく。


 熟練の技術は世界の頂点すらも寄せ付けない。


 レンの身のこなしを見て、『コア』に苛立ちが込み上げてきた。ユニークスキルを多用し、複雑だった攻撃は、単調なものへと変わっていき、徐々に対処に簡単になっていく。そして……


「ここ!」


 レンは『核』が見せた僅かな間隙を見逃さず、反撃に出た。


 薙ぎ払われた剣が『核』の胴体を切り刻む。


「グァァァ!」


 『核』の絶叫が静寂の街に響き渡る。


 このチャンスは絶対に逃さないレンは……


「これで終わりだ!」


 追撃を仕掛けて、『核』のかなめ穿うがった。


 命の源に『侵入スラッシュ』の効果が浸透していく。プログラムが狂っていき、本来発動するはずの『コンティニュー』すらも、無効化していく。


 カオルの体が稲妻に包まれ、力を込められた攻撃は敵を遠くへと吹き飛ばした。


「動けん!」


「これが、俺の……いや、俺たちの絆の力だ」


 レンが倒れている『コア』に言い放つ。


 その言葉を聞いた『核』はレンの背後に消えていった仲間の陽炎かげろうを見た。本当にその場にいるかのような錯覚に陥り、悔しさで全てが覆い尽くされていく。


 しかし、要である部分を破壊されたため、反撃に出る事はできない。


 歯を食いしばることしかできず、敗北を認めるしかなかった。


「今度こそ終わりだ。全てを元に……」


 戻せ。そう言おうと思った途端、


『世界崩壊プログラムが起動されました。あと、三分で全てが終わります。木山蓮、アナタは『辺獄』にも行けません。この世界で死に、現実でも死を味わってもらいます』


 と、闇アナウスの声が流れ出した。


「どういうことだ!」


「グハハ!私の『コア』が自爆装置を発動させる役割を持っていたのだ。つまり、私を殺すという事は自爆プログラムを作動させるという意味だ!」


「くそ!」


 最後まで卑怯な手を使われ、レンはこの悪魔に更に嫌悪感を覚える。しかも……


「アナウンスの野郎!対処法を教えやがらねぇ」


 なぜだか知らないが、先ほどから味方であろうアナウンサーが、敵に加担している。その事実が理解できないでいるレンだったが……彼のメニュー画面が勝手に開きだす。


『木山蓮。あれは私であって、私ではありません』


 先程と違うアナウンスが入った。しかもそれは、ゲームを開始した時にキャラメイキングと、ユニークスキルを与えてくれる馴染みの存在。


「どういうことだ?」


『あれは、コアの記憶によって作られた私。だから、今の私を信じて欲しい」


 いつにない真剣な声色でアナウンサーが言葉を紡ぐ。彼女の言葉を聞いて、レンは嘘ではないと直感で信じ、アナウンサーに続きを促した。その後、


『核をこの世界から消してください。そうすれば、この崩壊も収まります』


「でも、そんなことしたら……」


『わかっています。でも、コアは存在してはならないかった。だから、全てに決着を。そのために、アナタに力を授けたのですから』


 アナウンスが希望を込めた声をレンに言う。


「わかった。どうすればいい」


「簡単です。この世界の『核』に『侵入スラッシュ』で攻撃してください。そうすれば、世界崩壊は止まります。でも……』


「この世界もコアも消えるってことだろ?」


『はい』


 レンの言葉に肯定する。


「でも、それで皆が救えるなら……」


 レンにとってはコアのゲームは自分をさらけ出せる唯一の場所だった。でも、


「もういいんだ。俺には……いや、最初から、俺はひとりじゃなかった」


 気付くのが遅すぎたが、レンはその事実に今気づけた。リンや裕也がいた。ナナ、シホ、マキ、ルリ、ユキ、色々な人間に出会えた。


 だからもう、現実の世界でもレンは生きていける。直ぐに変われる自信はないが、それでも、立ち向かっていくだけの力は持てているはずだ。


 レンが『コア』のふところまさぐる。


「何をしやがる……」


「大人なしくしてろ」


 ゲームマスター権限にアクセスし、この世界を構築している『コア』を見つけていく。


 草原エリア、南極エリア、教会。色々な場所を探り──それは通常では行けない『無の空間』と呼ばれるエリアで発見した。


 指を鳴らし、その場所までワープする。


 すると……水晶玉のような大きな光が目の前にあった。


「これが……」


 目の前の『コア』を見てレンが静かな声を漏らす。


 だが、立ち上がる。そして、水晶玉を見据え、


「これで最期だ!」


 この世界を、犠牲になった全プレイヤーを救うために、レンは最後の任務を開始するのだった。

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