第三十八話 最終決戦③

 漆黒の司令塔。その名が相応しいのが、今の矢澤薫だ。


 体全体を黒いオーラに包まれ、邪悪な雰囲気しかまとっていない『悪魔の権化』。あらゆる攻撃を吸収し、切り札──『侵入スラッシュ』すらも例外ではない。


 しかし、レンはナナからの暗号を紐解き、この魔物の突破口を見つけた。


 確信はなく、推測の段階ではあるが、判断材料がなにもないよりかはマシである。


「じゃあルリ、頼んだよ!」


「イエッサー!」


 最高の相棒である紅の女王──シホからの言葉に、敬礼をしながら陽気に応える。


 ふざけている場合ではないのだが、ルリとしても自分の恐怖心を軽減させるために、いつも通りの対応をした。


 ルリの対応について、シホは心情を理解していたので、彼女の対応に微笑を浮かべる。


 紅の双眸そうぼうに決意が宿り、目の前の敵を見据えていく。


 シホのまとう雰囲気が一瞬で変わる。レンとナナも肌で感じ取り、二人にも緊張感が伝播でんぱする。


 次の瞬間に二人は同時に動いた。


 レンが剣──『アレス』を、シホが双剣──『ルージュ』を構えて、相手の間合いへと入っていく。


 射程距離に入るにつれて、相手の威圧するような険悪な雰囲気に押し潰されそうになるが、必死に堪えて攻撃に移っていく。


コアは彼女の胸の中心にある!」


 ユニークスキルでの感知を終えたルリは、情報を二人に伝える。


 ルリからの情報をもらったレンは、ユニークスキル──『武器変換チェンジ』で銃に変換させていき、中距離からの攻撃を試みる。


 対して、シホは自分が誇りに思っているスピードで狙いの位置へと攻撃を加えようとする。


 だが、カオルも簡単にはやらせてくれはしない。


 他のプレイヤーのユニークスキル──『城壁』を使用して、自分の身を守ろうとする。


「お見通しだよ!」


 飽き飽きする戦法を見抜くレン。そして、放った銃弾が隆起りゅうきしたコンクリートに触れた途端に、その場で凝固してフリーズする。


 紅の女王はその隙を見逃さない。アリ程の間隙かんげきを縫い、悪魔の権化に追撃していく。が、カオルを包み込んでいる漆黒のオーラがシホを襲う。


 その姿を見て、レンは無策の特攻を仕掛けていたが、そんな事をすれば反撃に合うのは目に見えていて……レンも漆黒のオーラに包まれた。


 一筋の光すらも届かない闇が全身を包んでいく。上下左右の方向感覚すらも感じなくなり、思考もできない。自分という存在を全て否定される感覚を覚える場所だった。


「レン!」「シホちゃん!」


 闇の世界に包まれた二人を見て、リンとルリが声を上げる。


 だが、二人にはどうすることもできない。迂闊うかつに近づいてしまえば、同じ轍を踏んでしまう。下手をすれば、カオル本体ではなく、周りをまとっているオーラに全滅させられてしまう。


「ルリちゃん、コアの位置を!」


「えっ!」


 ナナが弓矢を構えながら、ルリに言う。


 この言葉にリンとルリは度肝を抜かれた。


 最強の二人がピンチになり、勝ち筋を失ったというのに、彼女はまだ諦めていなかった。そんな姿に、リンは笑みをこぼしながら、決意を瞳に宿す。


 対するルリも同じで、ナナに指示された通りに行動をしていった。



 一方、暗闇に閉じ込められた二人は、謎の倦怠感けんたいかんに苛まれていた。


 体の動きを封じられ、思考も放棄させられる。その上で、光すらも見せてもらえないなど、地獄という言葉以外に表しようがない空間だ。


 本当の意味で虚無だけが過ぎ去っていく。


 当然、時間感覚もないため、一分しか経っていないのか、一時間くらい経ってしまったのかもわからない。


 全員がゲームオーバーになっている可能性もあった。しかし、


(レン、聞こえる?)


 突然、脳内に直接声が聞こえてきた。


 声の主は、紅の女王──シホだ。


 急な出来事で、レンは少々混乱してしまうが、直ぐに通常の状態に戻っていき、流れ込んでくる声に集中する。


(どうしてこんなことが……)


(わからない。全てを放棄されているはず。でも……今は声を届けられる。その事実だけわかっていればいいんじゃない?)


 シホが呑気な事を言ってくるが、考えても仕方のない事なので、言う通りにしていこうと思う。そんな時、レンは血が巡るような温かい感触を覚えた。


 それは、この漆黒の空間で、唯一輝くあわい光。


(核……)


 メタバース世界を構築しているもので、全てを超越せし、絶対の物。


 命の源の光を見てレンは、自分が失わされたものを取り戻していく感覚を覚えた。そして……光はレンを包み込んでいき、頭の中に何かが流れてきた。


『木山蓮。シャドーの社長の息子で、記憶を失ったのか……』


 パソコンの前に人影が見えた。


 聞き覚えのある声だった。だが、見たことのないショートヘアーの少女。身長もレンの頭ひとつ分小さい。


 服装はシンプルなメンズ服を着ているが、全体的にバランスをとっているため、なんの違和感もなく見ている事ができる。


『えーっと、社長もゲームに参加する。ユニークスキルは『コンティニュー』。しかし、それは息子に付与し、絶対に負けないようにするか』


 パソコンの前で、社長が立てていた計画書を確認している。そして、その確認はさらに続いていき、


『冬也には、『武器変換チェンジ』を与え、レンには──これを利用すれば』


 肝心の所が聞こえなかった。だが、ショートヘアーの少女──矢澤薫は凶悪な笑みを浮かべ、今いた場所から去っていった。


 そこでレンは現実に引き戻され、


(今のは……)


 突如起きた現象に、レンは頭が追いつかなかったが……一度深呼吸して、状況整理を頑張ってしていくと、今の現象を理解する事ができた。


 おそらく、矢澤薫の記憶の一部だが、何故、コアにそれが保存されているのかが不思議になってくる。


 ますますコアの謎が深まっていく。


 吉良吉継の言葉もそうだが、今の現象もそうだ。


 だが今の謎現象が、レンが見つけた突破口に確信を与えてくれた。そんな時、外から大きな音が聞こえた。


 次は脳に直接届いたのではなく、耳から拾えた。


 シホも同じだったらしく、レンに伝えてくる。頭も体も軽くなっていき、思考もしやすくなった。


(一体……)


 急に起こる謎現象。自分たちに都合が良すぎるが、この出来事は必然だった。何故なら、レン達がこの魔物も核の近くにいたから。


 全てを超越する物質の前にいたから、二人にかかっていた負担が軽減されていったのだ。


 レンの剣が追い討ちをかけるように光っていく。


 漆黒の空間を覆い尽くすくらいの眩い光が、剣から発生され、その場にいた二人は目を瞑った。


 剣が漆黒のオーラを吸収していき、二人は虚無の空間から解放される。


 地に足をつけ、方向感覚が正常か確認していく。


「レン!シホ」『レン君!シホちゃん!』


 解放された二人を見て、三人が安堵あんどの表情を浮かべるが……


「気を緩めるな!」


 あくまで漆黒のオーラが消えただけで、カオル自身はこの世界に存在し続けている。


「よくも!よくも!」


「奥の手を消されて、怒ってんのか?だとしたら、テメェが悪いだけだ」


 眉間みけんしわを寄せている女に、指を突きつけてレンは強気に言い放つ。


「あとはテメェをやるだけだな」


「自惚れるなよ、雑魚共が!僕にはまだアレを発動させる権利がある。何度でも、何度でもお前らを地獄に突き落としてやる!」


「それは無理だ」


 カオルの言葉を聞いて、レンは宣言する。そして、


「テメェの倒し方はわかった。それに、『才能殺しスキルキラー』の原理もな」


「なんだと……」


 レンの突然の言葉にカオルだけでなく、他の三人も驚きの表情を見せる。


「あれは、俺のスキル『侵入スラッシュ』を違法改造した物なんだろ?本来なら、完全なコピーを作る予定だったけど、未完成で終わってしまった。だから、スキルを無効化する力しか残らなかったんだ」


 レンが自信満々に言い放った言葉に、カオルの表情は優れなくなっていく。どうやら図星だったらしい。


「それがどうした!」


「簡単だよ」


 端的に言い放ち、リンがレンに触れて一瞬で相手の間合いまで入っていき、剣を引き抜いた。


「『侵入スラッシュ』も『才能殺しスキルキラー』の一部を持ってるって事は、同じことが可能ってわけだ」


 レンがたどり着いた答えを提唱し、カオルの核へと一直線に剣を突き立てる。


 突然の出来事で反応に遅れたカオルには、今の攻撃に対応できず……レンの攻撃は核を貫いた。


 破壊される時の独特な音を、カオルの絶叫がかき消していく。


 彼女の体を稲妻が覆い、敗北の味を魂で噛み締める。


 この世界から消され、自分の目的をなきものにされる恐怖が全身を包んでいき、息をするのも忘れてしまう。


 レンに大きく吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。


 コアを破壊された事により、立ち上がる事ができない。だが、ゲームマスターのスキル──『アナザーアカウント』があるため、彼女が消える事はない。


 倒れているカオルへと近づいていく。まだ、最後の仕事が残っているからだ。


 『アナザーアカウント』を全てのプレイヤーに注ぎ、全員の目を覚ます。そのために、ゲームマスターのアカウントを起動しようと、カオルに触れようとしたのだが……突如、カオルを謎の黒い物質が包み込んでいく。


 黒いオーラのせいでカオルに触れられなくなり、彼女はそらへと浮いていく。そして、


「グハハハ!お前らはバカだな」


 カオルが声を発する。が、どう聞いてもカオルの声とは似ても似つかない下品な声だった。


「お前は!」


 突如現れた謎の人物にレンは声を上げる。


「この世界を牛耳ぎゅうじっているものといえば、わかるかな?」


 偽カオルの言葉を聞いて、レンは嫌な考えがよぎった。


 この世界を牛耳っているということは、あれは『コア』そのものである可能性が高いということだ。


 なら、『コア』はプレイヤーの上位の位置に存在している事になるが……


「『コアは全てを超越せしもの。これより上のものは存在せず、これ以上に強きものはない』って……」


 レンがナナから聞いた言葉を思い出す。


 謎の力を手に入れたカオルに勝利するために、必要だった暗号だ。しかし、この暗号には別の意味があるとしたら。もし、『コア』そのものが意思を持ち、自立する事が可能なのだとしたら……


 その結果が今というわけだ。


 吉良吉継は核が成長して、自立してしまうのを恐れていたのだ。


 ハクもカオルも『スコーピオン』も、全てのプレイヤーは『コア』という存在に甘い蜜をすすらされていただけ。


 理想を叶えられる環境を夢見させて、自分を成長させるかてとして利用していただけだった。


「くそ!」


「人間の欲というのは怖いものだな」


 カオルの体を乗っ取っている『コア』が上機嫌に言う。


 その言葉でレンは怒りが爆発した。さやに手を当て、剣を引き抜こうとする。しかし、更なる悪夢が五人に襲いかかった。


「これって!」


 シホが驚きの声を急に上げた。レンはシホの方に振り向く。すると……シホの体があわい光に包まれていた。しかもそれは、敗北した者が包まれる神秘的な光だった。


 同じ現象がナナ、リン、ルリにも起こる。


「なんで!私たち敗北してないよ!」


 ナナが謎の現象に反論するように声を出すが、他の三人も同じように納得のいかない表情を浮かべていた。そんな時、


『三時間が経過しました。規約に乗っ取り、全プレイヤーを『辺獄』へと連れて行きます。死のない世界を永遠に享受していただきますので、ご理解を!』


 極悪な笑い声を上げながら、アナウンサーが楽しそうに言葉を紡ぐ。その声色は、いつも聞いているアナウンスとは違ったもので、レン達は恐怖を植え付けられた。


『レン君!』『レン!』


 四人が名前を呼ぶ。が、声には悲しさや辛さは存在しない。その代わりに、力強さと希望が宿っていて、


『あとは任せた!』『あとはお願い!』


 レンという人物に全てを託し、笑顔でこの世界から消えっていった。


「ナナ、リン、シホ、ルリ……」


 消えた仲間たちの名前を呟く。


「マキ、ユキ、皆んな……」


 このゲームを楽しんでいた者達の事も思う。


「お前は消えなかったか。さすがは『特殊条件』に該当するだけはあるな」


 『特殊条件』。おそらく、『侵入スラッシュ』のことだろう。だが、レンにはそんな事は関係なかった。ただ込み上げてくるのは怒りだけだ。


 絶対に許せない。その感情が爆発し、


「うるせぇよ」


「なに?」


「うるせぇって言ってんだよ!」


 無意識に銃弾を発砲していた。


 直撃はしなかったが、今のは牽制するだけのものはあったと思う。


「お前だけはどうしても私の手で殺さなければならないらしい」


 今の攻撃が核の怒りに触れたらしく、今までしていた高笑いをやめ、低い声色で真剣に言い放つ。だが、


「やってみろよ」


 レンも相手に主導権を握らせまいと、強気な態度を示してみせる。


 そして、レンが銃を発砲し、コアはユニークスキル──『城壁』を使用して、お互いは行動に移り……全プレイヤーの命をかけた戦いは開始された。

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