第三十六話 最終決戦①

 カオルが発生させた謎の黒い現象を見ながら、ナナ、リン、ルリは恐怖していた。


 時間が止められたかのように、一歩も動けず、何も認識する事ができない。いっそ、敗北して楽になってしまった方がいいような錯覚にも陥る。


「二人共!」


 ナナが必死に声を上げ、固まっている二人を覚醒させる。


「あっちは二人に任せよう。私たちは……」


 無理矢理口を動かしてもう一匹の四獣を見る。


 ドラ。『無敗の龍』の異名を持ち、プレイヤーに一度も攻撃された事のないモンスター。しかし、このモンスターが『無敗』を貫ける仕組みをリンは知っている。だから、


「あのモンスターは空気の振動で相手の位置を観測するの。それに、目も見えてないから、迂闊な行動さえ取らなければ、攻撃される事はない」


 リンは自分が手に入れた状況を共有していく。


「なるほどね」


「だったら、私のユニークスキルが役に立つかも」


 今の助言を聞いて、ルリが手を上げながら陽気に言う。


「どういうこと?」


「私のユニークスキルは『感知』。相手のコアを目印に観測する事ができる」


「なるほどね。どこに誰がいるかわかるってわけか」


「そういう事!」


 ルリの説明を聞いて、リンが納得。早速行動に移る事にする。


 相手への奇襲を仕掛ける事が可能なリンが前衛で、攻守共に対応できるナナを中衛。後衛は『感知』を利用できるルリだ。


 リンがユニークスキル──『瞬間移動テレポート』で、相手の間合いへと一瞬で入るが、現れる時の微妙な振動がドラの感知に引っかかり、攻撃を仕掛けてくる。だが、相手の動きも計算済み。中衛のナナがリンにユニークスキル──『隔離パラレル』を使用して、別世界に移動させる。


 それにより、ドラが水のバリアに阻まれ、攻撃失敗。大きな声を上げた。


「これならどう!」


 ナナが矢を放っていき、コアではなく足を狙っていく。


 まずは敵を弱らせる。『DEO』の極意だ。


 ナナが最初にレンに教えてもらったコツで、それ以来、ナナはこの極意をちょくちょく使っている。


 放った矢が高速で直進してく。空気の振動が激しく、このままではドラに矢の軌道が読まれてしまうが、問題はなかった。むしろ、軌道を読ませる事が狙いだ。


 無論、ドラは大きな翼を羽ばたかせて空中へと逃れようとする。


 だが、そんな動きをルリは見逃さない。


 どこへ行こうと命の源である──コアを標的にし続けるスキルの前では逃げられない。


「今!」


 絶妙なタイミングで、現実世界に戻ってきたリンに指示を出す。


 『瞬間移動テレポート』でドラの元へと一瞬で移動。そして、もう一度別の場所へと急いで移動する。


 一瞬での移動は空中でも動く事ができるのが最大のメリットだが、動けば嫌でも振動は起きる。そうなれば、ドラは反応する。


 ドラは空気の振動で相手の位置を観測している。なら、回避している時は逆──振動を感じない場所への移動をするという仮説を立てる事ができる。


 リンが最後の準備に入り、四獣の背後を取った。


 この状況では前と同じように下に逃げるしか方法がなくなってしまう。それこそが彼女達の狙いだ。


 地上でナナが矢を構えているが、空中でも自由に動ける相手では放てば躱される。だが、反対に動きさえ止めてしまえば、性質も何も関係ないため、ギリギリまで接近させて相手の動きを止める算段だ。


 全員が息を呑んだ。


 ナナだけでなく、他の二人にも緊張感が伝わる。


 それでも、ナナは恐れない。今まで培ったものを信じてこの一撃に全てを賭けた。


 矢がナナの手から離れる。狙いは足。ユニークスキルは使用せずにゆっくり、ゆっくりと矢を放った。


 矢が放たれる瞬間だけ、走馬灯を見ているかのような錯覚を覚え、全ての時間が遅く感じた。


 いつまでも矢の感触が手に残り──放たれた途端に世界は動き出した。


 高速で、狙った先に矢が飛んでいく。振動を感知した事により、ドラが回避行動に出るが、時すでに遅し。もう、今からの行動では光の速さですら間に合わない。


 狙い通りにドラの足に矢は突き刺さり、四獣は思い切り倒れ伏した。


 巨体が地面に落ちてきたため、爆風と地響きが凄かったが、三人は歯を食いしばり、吹き飛ばされないように堪えた。


 一通りの現象が収まったあと、ゆっくりと歩きながら、ナナ、リンは四獣へと近づく。


「これで終わりだね」


 悲しそうな目でナナがドラを見るが、目の見えていないこのモンスターには、彼女の姿が見えていないのだろう。


 息が荒く、一息吐く事にうめき声のようなものが聞こえる。しかし、目の前にいるのは倒すべき敵だ。だから、


「さようなら、そしてありがとう」


 しっかりと感謝の気持ちも伝えつつ、構えた矢を放った。


 ドラの悲鳴が静寂の街に響き渡り、存在そのものが一気に霧散していった。


「あとは……」


 屋上をリンが見上げる。


「じゃあ、向かうよ」


 二人の肩に手を当てて、ユニークスキルを使用した。


 屋上では、レンとシホが漆黒の司令塔に苦戦していた。


 このゲーム内で世界一位と二位の称号を持っているプレイヤーがだ。それほど、目の前の敵は強敵だという事。


「くそ!全プレイヤーのユニークスキルに、魔王の力だと。ちょっとはふざけろよ!」


「愚痴っていても解決しないよ。突破口を見つけなきゃ」


「わかってるけど……」


 その突破口があれば苦労はしない。そう言いたいのだ。


「シホちゃん」


 ルリが名前を呼ぶ。


「そっちは終わった?」


「うん、だから、私たちも」


「そうね。アナタ達にも協力してもらうよ」


 シホがリンとナナに言う。


 正直、二人だけではキツい。三人を追加して、勝ち筋が見えてくるわけではないが、人数が増えれば、攻めの手の数が増え、良い作戦も立てられる。


「わかってるよ。そのつもりでここに来たんだ」


 シホの言葉を聞いて、リンが自分の左手に拳を合わせて意気込みを見せる。


「私もいるんだから、忘れないでよね」


「ナナ……あぁ、そうだな!全員で勝とう!」


 そう言って、五人が戦闘態勢に入る。


 全員が自分の武器を構え、それぞれの役割に従順していく。


 リンがシホ、レンの背中に触れた。


「いってらっしゃい!」


『あぁ!行ってくる!』


 二人がリンの言葉に答え、快く前衛を務めた。


 『侵入スラッシュ』を使用しても、プログラムの隙を突くことができないので、まずは攻撃を当てる事が一歩前進に繋がる。


 ユニークスキル『疾風はやて』を使用して、圧倒的速度でシホが接近していき、双剣──『ルージュ』で攻撃していくが、いくら斬ったとしてもダメージを与えられている手応えがない。


 レンも銃で中距離射撃をしていくが、全てが無駄に終わる。


「一体……」


 攻撃が一撃も通らない事に疑問を覚える。そんな時、


「あの黒いヤツ。攻撃を吸収してる。しかも……『侵入スラッシュ』すらも、無効化してるよ」


「なに!」


 ルリが衝撃的な事を口にし、レン達は絶体絶命のピンチに陥る。


 もし、今の言葉が本当なら、どうやって攻略すればいいのか。最大の切り札──『侵入スラッシュ』ですらも無効にするなら、あの化け物はシステムすらも超越した存在という事になってしまう。


 そんな相手に勝てるはずもないが……


コアは全てを超越せしもの。これより上のものは存在せず、これ以上に強きものはない」


 ナナが謎の言葉を呟いた。それに、レンは質問した。


「今のなんだ?」


「父さんが言ってた言葉。意味はわからないけど……もしからしたら暗号かも。それが解ければ」


「アイツも攻略できるってわけか……」


「レン君、わかる?」


 ナナが熟練者のレンに意見を求める。


「さっぱりだが、絶対に解いてやるよ!」


「そのいきだね。さすがは私のレン」


「その言い方はやめてくれ!俺はナナみたい子がタイプなんだよ」


「えっ!」


 急に告白じみた事を言われて、ナナは顔を真っ赤にする。それは、レンも同じだったようだが、


「今はそんな状況じゃないでしょ。絶対暗号解きなさい。それまで、私たちが持ち堪えてみせる!」


 レンの前に、シホ、リン、ナナが立ち、三人の命懸けの戦いが始まった。

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