第三十四話 ナナvs四獣ボロ

 静寂と漆黒が支配する街で、最凶の一角──ボロとナナはぶつかっていた。


 一番最初に乱入クエストとして対峙し、その時からの因縁を胸に宿しながら、敵へと攻撃をしていく。


 矢を放ち、相手のコアをしっかりと仕留められるように準備を整えていくが、ボロも最凶と言われているだけあって、簡単には下準備をさせてはくれなかった。


 自動車のような質量と速度でナナを仕留めるために距離を詰めてくる。そして、自慢の爪で相手を仕留めていこうとするが……ナナも今までつちかった技術を踏襲とうしゅうし、自分にユニークスキルを使用して回避した。


 このスキルのメリットは、敵味方関係なく発動できる事。そのため、攻撃だけでなく防御にも応用できる。


「ボロォォォ!」


 ナナが別次元に飛び、攻撃を防いだ事により、ボロが怒りの咆哮ほうこうを上げる。獣の本能で同じ場所を何度も、何度も攻撃してきて、無意味に終わる。


 その間に次の攻撃ができるように矢をセットして、待機する。


 スキルが解除されるまで後一秒。泡が弾けるように青色のバリアが霧散むさんし、同時に矢を放った。


 ユニークスキルを付与して今度は相手を別次元へと飛ばす。


 この間は攻撃ができないため、相手の間合いから距離を取り、矢をセットする。


 目を凝らして相手のコアをしっかりと見定める。


「アンタには借りがあるからね」


 前は怖くて動けず、敗北しかけた。あの時の事が彼女の心に深く傷を負わせていたのだ。だから、


「次に会った時は、私が仕留めてやるって決めてたのよ!」


 心の奥底に封印していた本音を口にして、薄青うすあおの瞳に意思を宿す。


 ボロが口を大きく開けて何かを言っているようだが、世界から隔離されているため、聞こえない。そして……制限時間がきて、ボロも元の世界に戻ってきた。


 最強の名に泥を塗られた事を本能が理解したのか、立髪のモンスターは他者からでもわかる怒りをあらわにしてナナに襲いかかってきた。


 ナナもただ見ているだけを貫くわけもなく、準備していた矢を狙っていたコアへと放った。


 コアはモンスターの体格によって大きさが変わる。


 このモンスターであれば、体長十メートルを超えるため、弱点をさらしながら戦っているということになるのだが、その分、体格が大きいモンスターは強く設定されているため、結果的にはプラマイゼロという事になる。


 胸のあたりにある大きな弱点に、放たれた矢が猛スピードで迫っていく。ボロもナナを仕留めることに精一杯でかわそうとはしていない。


 そのまま、矢がコアへと突き刺さったのだが……このモンスターも四獣だ。『専用アイテム』が必要となり、攻撃が弾かれた。


 想定していた結果と違い、虚を突かれるが、一瞬で状況を判断して真横へと飛んだ。相手との距離が離れていたため、ギリギリでなんとか攻撃を回避することができて、怪我を負う事はなかったが、相手を倒す事ができない事を理解し、歯噛みする。


「一体どうすれば……」


 今の現象を見て、ナナはレンが言っていた『専用アイテム』を想像した。だが、今ナナはそれを持っていない。


 当然、彼女にプログラムを使用して『専用アイテム』を顕現させる事もできないため、完全に詰みの状態にさせられてしまう。


「アイツ!」


 プログラムを使用して、ビルの屋上から三人の戦闘状況を楽しそうに見下ろしているカオルを見上げる。


「どうしたの?戦う気でも失せた?」


「卑怯よ!せめて正々堂々戦いの場を用意したっていいでしょ!」


「バカね。もうこのゲームは普通のゲームじゃないんだ。僕は僕のためなら不利なゲームも仕掛ける。でも、その状況でも勝ち筋を見つけるのがゲーマーってものじゃないの?」


 苦しそうにしているナナに、カオルは余裕の態度を示して嘲笑う。


「お前はゲーマーを理解してねぇよ!」


 ナナとカオルの会話にレンが割って入る。


「何が?」


「まず、ゲームってのは、勝てる条件をプログラマーが用意するもんだ。そして、ゲーマーってのは、そのプログラムされた場所から勝ち筋を見つけてくもんなんだよ」


「だから、勝ち筋を見つけろって言ってんじゃ……」


 カオルがレンの言葉に返答しようとするが、それを遮り、


「元々勝てねぇゲームから勝ち筋を見つけろっては筋違いだろ!だから違ぇって言ってんだよ!」


 怒りをあらわにしてカオルに反論する。


 レンは今、最高にキレている。


 それは、カオルが用意した最悪のゲームに参加させられているからではなく、全ゲーマーをバカにした態度を取っているからだ。


「じゃあ、行動で証明しなよ」


 レンの言葉に目を細めながら、めんどくさそうに答える。その後、指を鳴らして四獣に更なるプログラムを施し……最強の魔獣達は謎の赤いオーラに包まれた。だが、一つのプログラムだけ異常な現象が起きる。


「レンの位置だけ作動しない……まさか!」


 二匹しか咆哮ほうこうを上げなかったことを確認し、カオルの頭に最悪の可能性が浮かんだ。そしてそれは、あながち間違っていない事実で……


「あの魔獣なら、俺が倒させてもらったよ。不本意な方法でだがな」


 プログラム越しにレンが言い放ち、カオルの顔に冷や汗が浮かぶ。


 『専用アイテム』を使用しないと倒せないように設定されていたが、レンの『侵入スラッシュ』は、そのプログラムすらも打ち消した。


 レンにとっては賭けでしかなかったが、成功して何よりだ。しかし、このような卑怯な勝利は、ゲーマーにとっては不本意でしかないが。


 レンが最凶のモンスターの撃破に成功したが、カオルにはまだ二体の四獣が残っている。


 パワーアッププログラムをほどこした二匹が咆哮ほうこうを上げる。だが、その姿は生物としての意気込みを感じさせるものではなく、突然のパワーアップに苦しんでいるように見えた。


「お前……どこまでバカにすれば気が済むんだ!」


「思い知れ、雑魚どもが!」


 レンの言葉にカオルは憤怒の表情で答える。そして、二匹に攻撃命令を下した。


 パワーアップしたボロがナナを、ドラがリンへと迫ってくる。


 二匹とも弱点はわかっているが、『専用アイテム』でしか倒せない仕様になっているため、二人は防戦一方を強いられた。しかし……パワーアップした四獣達の攻撃をしのぐのは至難のわざで、ナナとリンでは攻撃に対処しきれなかった。


「ナナ!リン!」


 今、手が空いているレンが二人の場所へ向かおうとするが……カオルが指を鳴らし、地割れを引き起こして三人を分断した。


「これで近づけないね」


「テメェ!」


「一対一だよ。無粋な真似はやめようね」


 邪魔をしたカオルが満面の笑顔でそう言う。


「大丈夫だよ」


「私達ならなんとかする!だから、レンはあの女をなんとかして」


「あぁ、わかった」


「っく、ウザイ」


 三人の友情を見て、余裕顔だったカオルの表情が崩れ、追い討ちをかけるかのようにプログラムを追加した。


 赤いオーラが更に増幅していき、獣のパワーも増幅していった。


 本来ではあり得ないスピードで四獣は二人に襲いかかり、攻撃を開始した。


 ナナがユニークスキル──『隔離パラレル』を自分へ使用して、攻撃を防御していくが、別次元にすら干渉できるほどの力を手に入れたのか、避難した先でも空間が振動する感覚を覚えた。


 傷にまでは至らなかったが、ユニークスキルがパワーで押され、解除される。


「嘘でしょ!」


 今まで起きる事のなかった現象を前にして、ナナは思わず声を上げるが、ボロが次の攻撃に備えていたため、回避の準備をするが……四獣のスピードも規格外。攻撃がモロに直撃して吹き飛ばされた。


「ガハッ!」


 空中を舞いながらナナが地面に仰向けで落ちていく。幸いにも、コアからは少しズレていたらしく、敗北にまでは至らなかったが、かなりのダメージを受けてしまった。


 ペナルティである体への重力がナナへ襲いかかる。しかも、


「動けない。嘘でしょ」


 地面にい付けられているかのように、体が一ミリも動かせなかった。それだけ、今の一撃でダメージを負ったということだ。


「くそ!おかしいでしょ。この強さ」


 リンもナナと同じように、パワーアップした敵についていけなくなってしまい、ダメージが蓄積されていく。


 ナナと違うところはまだ立っていられるという点だけであるが、互角に立ち回る事すらも厳しくなってしまった。


「ナナ!早く立て!」


 ボロがナナを見据えて、トドメを刺しに行こうとしていた。それを感じ、レンは叫んだのだが、


「やってるよ。でも……」


 地球の何倍かの重力をかけられているかのように、びくともしなかった。


 ドラの対処に精一杯のリンは助けにいけない。


 退路を防がれたレンも助けにはいけない。


 そんな絶望の状況の中、パワーアップした四獣──ボロは容赦無くナナへと自慢の爪を掻き立てた。


「レン君、ありがとう」


 ナナが口にする。なぜだかわからないが、今はこの言葉が浮かんだのだ。そして、圧倒的な質量を持つ爪が、圧倒的な速度でナナへと振われる。


 重い一撃がナナの全身を襲い、コアが消失して敗北する。そう思われた瞬間、硝子がらすが割れるような甲高い音がゲーム内に響いた。だが……目の前には驚くべき光景が広がっていた。なぜなら、敗北していたのはナナではなく、ボロだったからだ。


「一体……」


 突然の謎現象にナナは驚嘆する。


「どうなってんのよ。『専用アイテム』がなきゃ、倒せないはずでしょ」


「じゃあ、その『専用アイテム』が作れれば?」


 カオルの驚きの声に誰かが答え、声が聞こえる方向に全員が振り向いた。そこには、影に埋もれるシルエットが二つ見えた。


 一人は圧倒的スピードでボロを倒した張本人。真っ赤なドレスに身を包み、まるで一つの芸術作品を見ているかのような美しい。このゲームで『女王』の称号を持つに相応しい人物。


 一人はゲームマスター権限にハッキングをし、『天上世界』に不法侵入した『女王』の相棒。白いワンピースに身を包み、華奢なスタイルをしていて、全体的に陽気な少女を想像させる人物だった。


「っく、来るなら来るって言えよ」


 その二人にレンは苦笑いで言う。


「ごめんね。ハッキングに苦労してさ!」


 陽気な少女──鳴海瑠璃なるみるりがレンに返答する。


「くそ!」


「って、言うわけだから、ここからは私達も参戦させてもらうけど、文句はないよね」


 赤いドレスの少女──『クイーン』こと、佐山志保が屋上のカオルに宣言し、天上決戦は更なる激戦を迎える事になった。

 

 

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