第二十八話 記憶の奥

 ユキが倒れた。


 突然の出来事に、レン、ナナ、リンは呆然とするが、その間にも世界の時間は止まっていない。故に、他の三人にも危険は迫っていた。


 場所は後ろ。


 百五十センチにも満たない低身長、絵画に描かれているかのような美しい顔、抜群のプロポーション。実の息子を取り戻すためにこのゲームを利用した人物だ。


 意識がないのではと錯覚させるように項垂うなだれており、今もナナとリンの二人を狙っている。


「ッ!」


 レンは険悪な空気を背中に感じ、後ろを振り向いた。


「テメェ!」


 目の前の復活している女──影山白を見て、声をあげる。


「ハハハ!一人。ひとり死んだわ。私は、私は娘を!ハハ!ハハハハ!」


 甲高い声で奇声をあげる。


「なんで、なんでアイツが復活してんのよ」


「くそ!気づくべきだった」


 リンの言葉に悔しげに言葉をこぼす。


「どういうこと?」


「簡単だ。アイツは全プレイヤーのスキルを使える。ってことは、『コンティニュー』を使えてもおかしくない」


 震える声で質問したナナの言葉にレンが答える。


「リン!ユキを!早くしないと手遅れになる!」


 狂乱している女社長にレンが意識を向け、リンに指示を出す。そして……目の前が見えていない狂乱者の隙を突き、四人は白の手が届かない所へと避難した。


「おに……いちゃ……ん」


「何も、何も言うな!」


 あわい光に包まれているユキにレンが声をかける。


 今にも消えそうではかない。隙を突かれたとはいえ、コアを破壊された事は想定外だった。それにより、大切な仲間がひとり……


「脱落なんかさせない。必ず、救う手を」


「無理だよ。コアを破壊されたんだよ。もう、助からない。だから……最後にお願いを聞いてくれる?」


「そんなこと言うな!」


 弱気な言葉を口にするユキに声を荒げる。


 彼女は助からないと言っていたが、そんな事は核を用いたゲームをたくさんプレイしてきたレンは理解していた。


 だが、それでもレンはユキを諦められなかった。


 普通のゲームであれば、「またな」などの軽薄な態度を示せれるのだろうが、今の状況では不可能だ。ゲームに敗北したものは昏睡状態に陥るという残酷なゲームの前では。


 その事実はレンというプレイヤーに大きな重圧をかけた。


 敗北してほしくない。その思いが強く、なんとかしようと思考を巡らせる。

 ナナやリンも同じ考えのようで、自分たちに出来ることを探そうと懸命になる。だが、何も思いつかず、三人の焦りは大きくなっていくだけだった。


 そんな時、ナナが動いた。


 考えた末にナナはひとつの答えに辿り着いた。この世界の影響を消すという事を。そうすれば、この現象も止められるのではないかと考えたからだ。だから、ユニークスキル──『隔離パラレル』を使用していったのだが、せっかく考えついたものも意味のないものへとなっていく。


「ユキちゃん」


 目に涙を浮かべるナナとリン。それほど、二人にとっては、ユキというプレイヤーが特別な仲間だった。


 たったの二時間ちょっと一緒にプレイしただけだが、育んだ絆は二時間分を軽く凌駕りょうがするものだ。だから、


「頼む!頼むから……消えないでくれ」


 レンも悲痛な言葉を弱々しく紡ぐが、三人の思いは届かなかった。徐々にあわい光はユキの体を包んでいく。


 体につけている黒い防具も、灰色のショートボブも、白い光に包まれていき、色を判別できないくらいになってきていた。


 ユキはもう、最期おわりを予期したのか最後に力を振り絞る。レンの腕を掴み、


「あとはお願いね。ママを……ママを助けてあげて」


 最後まで母親を心配する言葉を口にし、笑顔で三人に後を託した。体に入れていた力を抜いて倒れ、完全に消え去った。


 綺麗だった。蚊帳かやの外から見れば、これほどにほまれな敗北はないと口をそろえるほどに。だが、影山雪というプレイヤーはこの世界から完全に消えた。その事実は消えない。


「ユキちゃん!」『ユキ!』


 三人が涙を流し、大切な仲間を見送る。


 あくまでこの場所は仮想空間だ。しかし、現実で誰かを失うのと同じ感覚を三人は覚え、悲しみで心がズキズキと痛む。


「くそ!」


 レン地面を両手でおもいきり叩く。


 痛みはないはずだが、謎の痺れがレンの両手を襲った。


 レンの姿を見て、二人も無言で涙を流す。


 静かな時間だけが過ぎていく。


 ギスギスとした雰囲気は感じられないが、清々すがすがしさもない。心の中が空っぽになってしまったかのような、虚無感だけが三人を支配していた。


 その中でも、家族関係にあるレンの喪失感は二人よりも大きい。


 一緒に過ごした時間はレンの記憶の中にはないが、ひとつだけ言えることがある。それは……


「アイツは俺を、俺の事を心から尊敬してた」


 レンの頭の中に走馬灯のように、ユキとの思い出が流れてくる。


 始めての出会いはぶつかった事だった。あの時からユキにレンは好かれていた。


 正直、鬱陶うっとうしいとも思ったが、不思議と嫌な気分になる事もなかった。


 それから、クエストを攻略し、正式に仲間になって……たった、二時間という時間の中で濃い関係性をレンとユキは作り上げていった。


 だが、二人が意気投合するのは必然だったのかもしれない。


 記憶がなくても、一緒に過ごした時間がなかったとしても、この二人は兄妹きょうだいとしての絆でしっかりと繋がっていたのだから。血という決して見えず、絶対に逆らえないもので。


 レンが立ち上がる。


「レン?」


 立ち上がった姿を見て、リンが涙ぐんだ声で言葉をかける。


「必ず、助けるよ。俺がこのゲームを攻略して、お前も社長も。それが、お前の望む事だっていうなら、絶対に成し遂げてやる。だから、見ててくれ。お前の兄貴が、お前の母親を救い出す所を。本当の家族を、このゲームを救うところを!」


 涙を拭い、レンは決意を決める。そして……


「来いよ、影山白!『DEO』最強プレイヤー、木山蓮こと『最弱の王』が相手になってやる!」


 と、宣戦布告をした。

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