第二十六話 社長の弱点

 攻略不可。そう呼んでも過言ではない最強の敵──影山はくを前に、四人は窮地きゅうちに陥っていた。


 この世界でのユニークスキルは現実でいう才能である。そのため、全てのプレイヤーのユニークスキルを使えるという事は、完璧に近い人間である事を意味している。


 そんな相手に打つてなどない。だから、より慎重になっていくのだが……


「俺が攻める!」


 この中で一番強いレンが特攻を切り出した。


 レンが負ければ、このパーティであの女に勝てるものはいないだろう。だから、レンの敗北は絶対にあってはならないのだが……意外にもこの場の全員はレンの独断を許した。


 レンがリンのユニークスキル──『瞬間移動テレポート』で一瞬で間合いを詰め、剣を振るう。


 女社長はその攻撃をモロに喰らい、笑みを浮かべる。その後もレンの連撃を全て受けたが、それと同時に回復をしていき、一向にダメージは入らない。


「ッ!」


 嫌な雰囲気をハクから感じ取り、レンは後退を余儀なくされる。


「お母さんを怖がらなくていいのよ、冬也」


「だから、その名で呼ぶなって言ってるだろ!」


 レンは自分と息子を重ねられる事に怖気が走る。だが、それ以前に名前を間違えられるのは息子と重ねられるより癪に障る。


 名前とはその人を表す語彙。人生で一生付き合っていかなければならないもので、人によっては名前絡みで事件を起こしてしまう例もある。


 それ故に、人は自分の名前を重要視し、いい名前であれば気に入り、嫌な名前であれば嫌悪感すら覚えるのだ。それ程に、人は自分の名前に誇りを持っている。


 レンの果敢な攻めに感化された三人も攻撃に移っていく。


 ユキが『氷結世界ブリザード』で動きを止めようと画策するが、今度は回避される。


 次はリンの攻撃。回避までも計算に入れ、敵の目の前に現れる。愛刀──『武蔵』で腹を狙う。それをハクは素手で受け止める。


 流血するがすぐに完治していき、リンは反撃にあいそうになる。が、


「何度も喰らうわけないでしょ!」


 蹴りを予測し、ユニークスキルで距離を取った。


「ここならどう!」


 一瞬の油断。それをナナが見逃さず、矢を放っていく。ユニークスキルは使わない。むしろ、使った方が相手に有利になってしまうからだ。


 その攻撃には手をかざしていく。そうすると……目の前に透明な壁ができ、矢は阻まれて地面に落下した。


「くそ!」


 未知のユニークスキルにレンは悔しさを溢す。


 このゲームには総勢一万人の人間が参加している。ユニークスキルは一人ひとつに設定されているため、彼女は一万ものユニークスキルを扱える事になる。


 まだ、リンの『瞬間移動テレポート』にユキの『氷結世界ブリザード』も使用されていない。その二つを使用してきたら敗北への道は目と鼻の先になってしまう。現に間近で見てきたレン達は、それを他の誰よりも知っているため、その二つだけは絶対に使わせないように立ち回っていかなければならない。


 ハクが一瞬でナナとの間合いを詰めた。ラグは一秒──いや、コンマ一秒も存在していない。その事実に他の二人はついていけなかった。それは、追いつかれたナナも同様で……


「アナタはいらない。冬也をたぶらかした女……死んで」


 怒りのこもった拳をコアへと真っ直ぐに解き放つ。しかし、


「テメェが諦めろよ!」


 レンだけは動きを見切っていた。そして、ハクの腕を容赦無く切り落とした。

 ハクはレンの攻撃に虚を突かれたらしく、動きが一瞬止まる。その隙にナナと共に敵から距離を取った。


 ハクのクリスタルのような瞳から涙が溢れる。


 この女は出会ってからずっと泣いてばかりだ。だが、この涙は今までの涙とは違った。


「どうしてこんな酷いことするの。どうして……」


 レンを思った涙ではなく、レンの行動に対する涙だ。


「いい加減しつこいんだよ!俺は冬也じゃないって言ってるだろ!なんでわかんねぇんだよ」


「違う……違うわ。だって、冬也は……冬也は!」


 死んだ事を認められない彼女にとっては酷な言葉だった。だから、その事実をねじ曲げようとする。絶対に認めたくないから。しかし……影山白は続ける。


「木山蓮は、影山冬也なのよ!」


「はぁ?」


 意味のわからない言葉にレンの頭は真っ白になった。それでも、ハクは続ける。


「影山冬也は事故に遭った。でも、あの事故で死んではいなかった。記憶を失って……ううん、もう一つの人格が死んだって事。木山蓮は、影山冬也が作り出した別人格。アナタは二重人格なのよ」


「何を言ってやがる……」


 頭がついていけないレンは恐る恐る言葉を紡ぐ。


 蓮は生まれてから木山家で育ってきた。母親もいるし、父親もいる。だから、あの女の言っている意味が理解できなかった。


 それでも、女社長はレンが冬也だと主張し続ける。その根性には凄いを通り越して、恐怖すら覚えるが……今の言葉も満更でもないように蓮は感じた。


 理由は、蓮は過去の事を覚えていないから。つまり、今の言葉が本当の可能性もある。


 レンが記憶しているのは小学校を卒業してからで、それ以前の記憶はない。もしも、何かしらの事情で、彼が木山家の養子になっているのなら、彼女の言っている事も真実かも知れなかった。


 衝撃的な言葉にレンは動けなくなった。


「わかった?だから戻ってきて」


 誰にも証明できない根拠を突きつけて、ハクはレンを自分のものにしようとする。けど、レンはハクの手を振り払った。


「もし、その言葉が本当だったとしても、俺は木山蓮だ!」


「その作り上げた人格にすがるの?確かに冬也の過去は厳しかったかも知れない。それで現実から逃げたとしても、何になるっていうの?何も変わらないじゃない!」


「それは、アンタにも言える事だろ?」


「ッ!」


「現実から逃げて、夢の世界にすがろうとしている。その行為は俺と一緒じゃないのか?自分だけが例外なんて通じると思うか?」


 レンの真っ当な意見にハクは言い返せなくなる。


「それに、テメェの弱点はもう見つけたしな」


 レンが指を指して自信満々に言う。放たれた意外な言葉に他の三人も驚きを見せた。


「お前、俺には一度も攻撃してねぇだろ!なんでだ?答えろよ!」


 レンが女社長を更に追い詰めていく。レンの言葉に、苦しそうにハクが答える。


「『コンティニュー』がないから……冬也──いや、レンは、私の息子は殺したくないからよ!」


「じゃあ、敗北を認めろ!」


 そう言って、レンは社長へと間合いを詰め、剣を抜刀して構えた。レンの速さにハクも対応できず……


「ッ!」


「お前の息子にはなれねぇ。母さんとも呼ばねぇよ。でも……アンタには感謝してる。このゲームを作ってくれたおかげで、俺は過去から解き放たれた。木山蓮は未来に駒を進めたんだよ。だから……ありがとう」


 思いがけない感謝の言葉を前に、ハクは胸が打たれた。そして……


(母さん)


 そう幻聴が聞こえた後、硝子が割れるような甲高い音がして、女社長の夢は潰えた。

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