第二十四話 衝突
暴走し、王都の入り口まで迫っていた
もう限界だった。ただでさえ、強力であったモンスターが凶悪になって襲ってきたのだ。相手にできるかできないかとの問題ではなく、体力面でついていけない。
「冬也……やっと会えた」
限界のレンなどお構いなしに、社長は真っ直ぐとレンを見据える。瞳からはクリスタルのような美しい雫が溢れ、その様子にはまるで、宝石でも垂れ流れているかのような錯覚を覚えた。
次の瞬間、レンは女性の胸元に引き寄せられた。
長い灰色の髪からは、スズランのような上品な香りが、抱き寄せられた感覚としては、とても安心感を抱き、この場所が楽園だと錯覚するほど。だが……
「離れろよ!」
冷静さを取り戻したレンが強い口調で言い返し、白を引き剥がした。
「冬也……お母さんを覚えてないの?」
「テメェは俺の母親じゃねぇよ」
「なにを……」
「いい加減目を覚ませよ!」
レンを息子と重ね合わせて見てくる女性にレンは現実を突きつける。その時に、彼女の全貌が明らかになる。
とても整った容姿だ。身長はレンの肩あたりまでしかなく、百五十センチくらい。豊満な胸に
「冬也!」
白を吹き飛ばした後に再び地に膝をついたレンを見て、女社長は悲しげな表情を浮かべる。
「苦しいの?辛いの?」
白に肩を掴みながら聞かれるが、この女に心配されるのは怖気が立ったので、レンはなにも答えずに無言の姿勢を貫いた。その姿を見て、
「答えられないくらい辛いんだね。待ってて。お母さんが今、なんとかしてあげるから」
そう言って、自分の指を鳴らす。すると……レンは今までの状態が嘘のように体が軽くなった。
その現象はレンだけでなく、他の三人にも起きていた。
「いったい…」
この不思議現象に驚きを見せるが、よくよく考えればなにもおかしくはない。この女は『DEO』を司る者。全てのプログラムを自由に起動できるため、怪我を治せてもおかしくはない。
「でも、今このゲームは……」
「私の支配下になってない」
白がレンの言葉の続きを口にする。
「知ってたのか?」
「当たり前よ。自分が作った物を把握できないわけないでしょ。でも、あの子も私にバレないように大まかな設定は変えなかったみたい」
「なら、なんで泳がせてるんだ!」
白の肩を掴み、レンは言う。
「そんなの関係ないからよ。私は冬也と雪。三人で理想の世界を生きられればそれでいい。楽しかったあの頃を」
「ふざけんな!」
「ふざけてなんかいないよ。変わってしまったのは冬也でしょ?そんな意地悪な子じゃなかった」
「だから……」
「戻ってきてほしい」
また抱き寄せられる。だが、それが気持ち悪く、怖気しか感じられない。そんな時、
「ママ!」
「ユキ、待たせたね。アナタには酷い事をしたと思ってるわ。だから……」
「お兄ちゃんは死んだよ」
涙を流しながら母の言葉を遮り、続きの言葉を苦しそうに紡いでいく。
「お兄ちゃんは事故に遭って……」
「違う!」
今度は白が娘の言葉を遮った。
この状況に陥っているのは、白という女性には現実を受け止めるだけの器がないから。それ以前に、彼女は息子が事故にあった日から時間が止まっている。だから、いつまでも現実逃避をし、ありもしない偽りの家族を作ろうとする。
「俺は……お前の息子じゃない。わかってくれ」
レンが優しく白を自分から引き剥がす。その時に涙が見えた。胸が苦しくなった。でも、この事実は伝えなければならない。どれだけ、優しい言葉をかけても、冬也という人物はもう、現実という名の世界には戻ってこないのだから。
「本当に冬也じゃないのね」
「あぁ、やっとわかってくれたか。なら……」
「だから、しつけ直さなきゃ。あの頃の冬也へと」
そう言った途端に、目の前の景色が一瞬で変わり、王都の外にいた四人と白は別世界へと飛ばされた。
場所は自然豊かな草原。遠くまで見渡しても緑一色で、目の保養にはいいだろうが、建築物はなにひとつ存在していない。そのため、人工的な建物が溢れかえる東京で過ごしてきたレンには見慣れないような景色だ。
心地のいい風も吹いていて、空気も
「これは……」
目の前の景色にレンは不意に口を開いてしまった。それに、
「私たちの住む場所──天上世界って言った方がいいかしら?」
女社長の言葉にレンは息を呑む。
天上世界という単語を聞いた時から、レンは神々しい世界を想像していた。それは、レンだけではない。この場にいる三人もそう思っていたはずだ。
しかし、その予想は裏切られた。なぜなら、目の前に現れたのは神などとは無縁──言ってしまえば、日本人が想像する理想の世界とはかけ離れていたからだ。
白はまた指を鳴らす。そうすると……遠くに古風な民家が現れる。
「決して裕福ではないけど……静かに暮らしましょ?冬也」
レンの近くに寄ってきて、そう言葉を紡ぐ。声こそは柔らかいが、放ったものには念のこもった力強さが感じられ、レンは恐怖した。
一歩も動けない。まるで蜘蛛の糸にでも絡まれているかのように、なにもできない。そどころか、バーミリオンや四獣なんかにも引けを取らない恐怖を感じさせられた。だが……
「レン!」
リンが力強く言う。その言葉が耳に入った途端に、レンは
「言葉でわからねぇなら、行動で示してやるよ」
そう言って、腰の剣を抜く。
「そんな悪い子だとは思わなかったわ。本当に変わってしまったのね」
涙を流し、社長もレンを見据えた。
「変わってねぇよ。俺は昔から俺のままだ!」
社長の言葉を跳ね返すように自分の胸の内をあえて言葉にするレン。
こうして、社長の信念とレンの信念はぶつかり合い、最高峰のプレイヤー同士の衝突は始まった。
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