第二十三話 最悪の事態

 レン一行の活躍により、最強の怪物──バーミリオンは崩れ落ちた。それにより、平和の象徴である癒しの湖は安寧あんねいを取り戻す。


「はぁー、疲れた」


 レンは地面に腰を落とす。


 強敵との死闘は楽しいが、後からくる疲労感も半端ない。特に、今はゲームであってゲームでないため、精神面の疲労感も同時に襲ってきて、いつも以上に疲れる。


「お兄ちゃん!」


 ユキが抱きついてきた。正直言うと離れてほしいが、疲労感が半端ない今はそっとしておこう。


「本当、お二人さんは仲良いね」


「うるせぇよ、俺が望んでこうしてると思ってんのか?」


「あれ?望んでなかったんですか。レン君ならってっきり……」


「あのー、俺って君達にどう思われてるの?」


 抜けた会話がされ、四人は盛大に笑う。


 こんなバカげた事も安全でなければできないと思うと、この小さな出来事も幸せに思えてくる。それと同時に……


「絶対取り戻さないとな」


 レンが小さく呟く。


 誰もが楽しく自由にゲームをプレイするなど、本来は当たり前にあるべきものだ。なのに、今は一部のプレイヤーがそれを行えない。


 それもこれも影山白という女性に権利を奪われたからだ。それが、彼女の望んだ行為でなかったにしても、絶対に許すわけにはいかない。


「じゃあ、次は正規のクエストでも攻略しに行こうか!」


「でも、そろそろ落ちないと戻れなくなるかもよ」


「あれ?そんなに時間経った?」


 ユキの助言にリンが疑問視する。


「二時間もゲームしてますね」


「はぁー、南極エリアが遠すぎたんだな」


「そうですね」


 レンの言葉にナナが肯定する。


 このゲームはフルダイブ形式のゲームで、意識をゲーム内に持ってきてプレイしている。要は、幽体離脱と同じ様になっているのだ。そのため、ゲームの都合上、一定時間──このゲーム内では三時間を超えてプレイしていると、ゲーム内に永遠に閉じ込められて現実に戻れなくなってしまう。


 恐怖の仕様の前には、ギリギリまでゲームをやっているのは心配でしかないため、そろそろお開きにしようとする。しかし……


「あれ?ログアウトできない……」


「嘘でしょ!」


 レンの言葉に三人が驚きと焦りを見せながらメニューを開くが、そこには本来あるはずのログアウトボタンが存在していなかった。


 このままでは一生ゲーム内に閉じ込められる事になる。それだけは絶対回避しなければならないのだが、四人に更なる最悪が襲いかかる。


「キヤァァァ!」


 甲高い鳴き声がすぐ近くから聞こえた。


 その声には聞き覚えがあったため、四人はゆっくりと声が聞こえた方を振り返るが……そこには、撃破したはずのバーミリオンがいた。


「ふざけんなよ……」


 核を潰したのに立ち上がる敵を見て、レンは呟く。


 その後、目が赤く変色しているバーミリオンがまとっている雰囲気が一気に変わった。


 この場の重力が付加されたかのように、空間そのものが重くなっていき動けない。


 バーミリオンが暴走して、近くの地を叩きつける。それだけの事で、湖の水が飛沫しぶきをあげ、叩かれた地面が深くへこむ。


「おい、おい……さっきより強ぇじゃねぇか」


 今の一撃だけでもわかる。あれは本来の強さに設定されていない異形の化け物だ。より強力になったバーミリオンを見て、レン以外の三人も本能的に危険だと感じ取り、息を呑んだ。


 この間に逃げてしまいたいという感情が四人の中に渦巻くが……この化け物は今の感じから、平静ではないため、放っておけば最悪の事態が起きるだろう。


 バーミリオンが動き始めようとしている。しかし、その方向はレン達の方ではなかったため……


「マジで理性がねぇのか……」


「それよりおかしいよ」


「確かにね。モンスターは原則、指定のエリア内でしか行動できないようにプログラムされてる。ましてや、王都を狙うなんて……」


 向いている方角を見て、このゲームに詳しいユキが説明する。


「矢澤……」


 レンは因縁の相手の名前を口にする。


 このプログラムもおそらく、奴の仕業だろうが、それを見てレンは許せなかった。


 敗北したモンスターの強制復活。それは、モンスターの誇りをにじる行為でしかない。


 矢澤はバーミリオンに王都をわざと狙わせて、レン達をこの化け物と戦わせようとしている。そこまでして、あの男はレンを消したいらしい。


「どうする?」


「やるしかねぇだろ!」


 リンの言葉にレンは悔しそうな表情を浮かべて答える。


 レンの意見に満場一致で頷く。そして、一番最初にナナが動いた。


 ユニークスキル──『隔離パラレル』を使用した矢をバーミリオンへと放っていく。


 目標の的は大きいため、かなり狙いやすく、簡単に命中したが……能力だけが発動せず、バーミリオンの動きは止まらない。


「なんで……」


「くそ!自分のユニークスキルを付与してやがるな」


 ユニークスキルが効果を発揮しない状況を見て、レンはそう結論する。


 ただでさえ、厄介な相手なのに『才能殺しスキルキラー』の付与などされてしまったら、打つ手が完全になくなってしまう。


 レン達の事は無視し、ひたすらに王都の方へと走っていく。


 王都は目と鼻の先だ。あの化け物のスピードであれば、一分ほどで到着してしまうだろう。そうなってしまえば、あの場にいる全プレイヤーがこの化け物と相対してしまう。


 プレイヤーによっては戦える者もいるだろうが、肝心なのは戦えるかどうかではない。王都という絶対安全な場所にモンスターなど現れれば、パニック状態は避けられない。


 パニック状態に陥った数多のプレイヤー達を、たった四人に収束させることは不可能だ。だから、


「その前に止める!」


「わかってるよ!」


 リンが『瞬間移動テレポート』でレンを飛ばす。右手に剣──『アレス』を構えておもいきり皮膚へと突き立てていく。


「キヤァァァ!」


 獣が鳴き喚きながら、動きを止める。幸いな事に攻撃だけは通るようで安心した。


 すぐに剣を引き抜き、次の攻撃に移る。


 反撃されて、ダメージを受ける懸念はあるが、少しでも距離をとってしまったら、その間に王都に到着されてしまうかもしれない。


 それだけは阻止しなければならないため、レンは高速で剣撃を繰り広げていく。


 コア以外のあらゆる部位を切り刻んでいき、なんとか動きを止めている状態だ。


「お前ら!」


 レンの合図と共に、三人も攻撃に移る。


 ユニークスキルは効かないが、それはあくまで付加価値だ。本来は武器だけの攻撃力で敵を倒せるようにも設定されている。


 ナナは弓矢、リンは日本刀、ユキは剣でそれぞれが化け物に攻撃を繰り広げていく。


「いい加減倒れろよ!お前の戦いはあそこで終わったじゃねぇか!」


 レン的には最高の戦いだった。あの決着こそがレンが望んだ戦いだった。だから……望まぬ戦いを強いられているバーミリオンにレンは同情してしまっていた。


 それでも、システムに操られているバーミリオンは止まろうとしない。


 四人を吹き飛ばして、王都の方へと向かっていく。


「止まれよ……」


 今の攻撃で四人は致命傷を負ってしまう。


 無理矢理体を動かしてレンだけがバーミリオンに立ち向かっていく。だが、体が重くて上手く動かせない。


 もう、王都への入り口──門をバーミリオンが潜ろうとしていた。


「なにあれ?」


「えっ!大型モンスター!」


「嘘だろ!」


 王都に集まっているプレイヤーが突然の大型モンスター襲撃を見て、ざわめき出す。その光景を見て、レンはこれ以上被害を拡大してはいけないと思う。そして、


「リン、俺を飛ばしてくれ」


「でも、その体じゃ……」


「いいから!」


 絶体絶命のピンチに強い口調でリンに当たってしまう。今の行為に「ごめん」と一言謝り、もう一度お願いをする。


「わかったよ」


 もう時間がない。リンは仕方なく了承し、レンにユニークスキルを使った。


 リンのおかげでレンがバーミリオンに追いつく。そして……


「止まってくれ!」 


 両手を広げてバーミリオンの前に立ち塞がった。


 このままでは、とんでもない威力の突進を受けてコアを破壊される。敗北し、矢澤薫へのリベンジが果たせなくなってしまう。


 それでも、レンは自分の復讐よりも全てのプレイヤーを選んだ。


 反撃はしない。もうすぐ来る敗北。それにレンは目を瞑り、心の中で思う。あのモンスターが理想を貫けるようにと……


 だが、次の瞬間、その祈りが届いたのか……バーミリオンが消えていく。その姿が神秘的であまりに美しく、レンは思わず見惚れてしまった。


「名誉ある者への手向たむけはこれでいいのかしら」


 消えたバーミリオンのいた場所に女性が立っていた。


 影がかかり、顔ははっきりと見えない。だが、声には聞き覚えがないため、レンの知り合いでない事は確かだ。


「お前は……」


「そうね……株式会社シャドーCEO──影山白と名乗ればいいのかしら?」


 指を鳴らし、影を消した後、クリスタルのような綺麗な瞳だけが映った。その目からわかることは、女はレンを熱い眼差しで見ていることだけだった。


 

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