第二十二話 復活

 レンの戦線復帰。それは希望という言葉が当てはまるほど、二人の心を軽くした。しかも、バーミリオンの皮膚に剣を突き刺したという事実も大きい。


 そのまま、剣を深くまで突き刺し、獣の腹をえぐる。


 咄嗟とっさの事で、コアへと攻撃をできなかったのが少し残念だが、それでも、一歩進んだ事には変わりない。


 バーミリオンから剣を抜き、三人は一旦距離を取る。


「レン君……」


「後は俺に任しとけ」


「それって、この化け物とタイマンするってこと」


「まぁな」


「無茶よ!」


 ユキがレンの言葉に強い口調で反論する。


 バーミリオンという化け物を相手にした二人ならわかる。このモンスターがどれだけ規格外なのかを。現に、世界ランク十位だったリンをも簡単に下したのだ。


 どう考えたって、ソロでの攻略はできないように設定されている。それでも、幾度もシステムを打ち破ってきたのがレンという男だ。


 だから、今回も絶対の自信を持っている。


 おごりではない。現に、このモンスターの実力はわかっている。それでも、タイマンでやれるとレンは思っているのだ。


「来いよ」


 最大限の集中力を発揮させ、レンはバーミリオンを睨みつける。レンの行為に獣も本能的に敵対されている事を悟り、咆哮ほうこうを上げた。


 先程やられたことへの怒りも含まれているのだろう。だが、レンには関係のないことだ。剣を構え、いつでも攻撃態勢に入れるようにする。


 緊張感が空間を圧迫し、この場にいるだけで心臓に悪い。それでも、持ち前の実力でレンはこの空間にすら適応してみせる。


 沈黙の時間が数秒。この瞬間だけは時間が止まったように感じ、全てがゆっくりに見える。そして……バーミリオンが先に動いた。


 先程よりも速い。どうやら、敵もレンを強者として認めたようだ。


 トラックの様な突進を身をひねって回避。次にレンが仕掛ける。


 『武器変換チェンジ』を使用して、ハンドガンに変更していく。今の攻撃で近距離よりも遠距離攻撃が有効だと踏んだ結果だ。


 一発、発砲。しかし、鋼のような皮膚に銃弾を跳ね返される。


(やっぱ剣じゃなきゃダメージは通らねぇか)


 最高の攻撃力を誇るのがレンの武器──『アレス』。シャドーのゲームを始めた頃からずっと愛用しており、最大まで研鑽けんさんしてきた代物だ。それがレンの思いに通じ、最高の攻撃力を発揮できる様になったのだ。


 今の攻撃で、剣でなければ傷を負わせられない事を悟り、危険を承知でもレンは接近戦に持ち込んでいく。


 リンの様に『瞬間移動テレポート』はないため、一瞬での回避や移動は不可能だ。接近するためにはかなりの注意力が必要だが、持ち前の技術でギリギリまで接近し、圧倒的なスピードで攻撃を繰り広げていく。


 レンの速さにバーミリオンもついていけず、背中、足、顔などありとあらゆる部位が斬り刻まれる。そして、トドメを刺そうと核を狙ったのだが……敵もそう簡単に仕留めさせてはくれず、鋭い牙で反撃してきた。


 バーミリオンの悪あがきを剣のしのぎで受け止め、一旦距離を取る。


「やっぱ、一筋縄ではいかないかー」


 さすがは上位クエストのモンスターなだけあって、単純な強さだけでなく、本能的な判断力も他のモンスターに比べて段違いだ。


「まぁ、俺が勝つけどな!」


 現在、レンは絶好調。体が空気のように軽く、過去一で力を発揮できている。この力の源をレンは不思議に思うが、やはり、背負っているものの違いだろう。


 今までレンは誰かと一緒にゲームをしたことがなかった。それは、レンというプレイヤーが強すぎて、協力プレイをする必要がなかったからだ。だから、レンは自分のために戦ってきた。ただ、認めてもらうためだけに。


 しかし、今はナナ、リン、ユキ──だけでなく、『DEO』全てのプレイヤーの想いも背負っているため、「絶対に負けるわけにはいかない」と、レンの潜在的な意識に刻まれている。


「ナナ!」


「はい!」


「お前の武器あいぼう、借りてもいいか?」


「えっ!いいですけど……」


 レンの急なお願いにナナは一瞬だけ戸惑うが、直ぐに自分の弓を渡した。


(多分、いける!)


 レンはナナから受け取った弓に自分のユニークスキルを使用していく。正直、他者の武器で使えるかは賭けだったが、レンはその賭けに勝った。左手に銃、右手に剣を携え、攻撃準備に入る。


 バーミリオンも先程のレンの攻撃に苛立ちを見せ、咆哮ほうこうを上げる。あまりに大きな声にレン、ナナ、ユキは耳を塞ぐ。


 その後、数秒のタイムラグもなしに獣が突進してくる。


 レンが銃を発砲。獣の鋼の様な皮膚に跳ね返されるが、次に右手の剣を相手の足めがけて突き刺す。見事命中し、なんとか直撃は避けたが、皮膚が厚すぎて致命傷にはなっていないらしい。


 一瞬、動きは止まったが、レンの本能が危険信号を取得。剣を引き抜き、回避行動に移る。


 案の定、敵は少しのラグの後に突進を続けてきて、レンはギリギリで回避。またも、銃で発砲していくが……結果は同じで、傷ひとつ付くことはなかった。


「あの硬ささえなければ……」


 レンは武器あいぼうの──『アレス』でしか傷をつける事のできない事実に歯噛みする。


 次の手を思案していくが、獣もその隙を与えてくれはしないらしい。


 また、お得意の突進でレンを倒しにやってくる。回避するか、剣で反撃するか、頭の中で思考が高速で巡る。


 考え込んだ末にレンはこの場は回避を選択し、次の攻撃に備えた。


 レンが復帰するまでに五分、レンとの戦闘もあれから一分くらい経過しているため、獣の体力も削れてきてもおかしくはない。それでも、疲れ知らずのバーミリオンは、最高速で攻撃を仕掛けてくる。レンとしても、そろそろバテてもらいたいものだ。


 攻撃は単純で、速さにさえ気をつけていれば、回避できないことはない。それでも、緊張感は拭えない。一撃がとんでもない衝撃を誇るため、喰らってしまえば、勢いあまってコアまでも破壊されかねないからだ。


 レンは構える。次の攻撃に備えて。


 バーミリオンもレンを見て、本能が刺激されたのか、最高速の突進を繰り広げてくる。それをゲーム経験から予測し、先読みしたレンは上に飛んで回避。そのまま、落下と同時に攻撃に移り、相手の角めがけて剣を思いっきり振りかぶった。すると……この魔物の象徴ともいえる角が切り落とされた。


「もう一本!」


 地面に降りたレンはもう一度角めがけて飛ぼうとする。しかし、バーミリオンはその場で地団駄を踏んだ。


 大型モンスターの足踏みだ。それだけで地震が起きたかのうような振動がきて、レンはその場で体勢を崩してしまう。


 急いで体勢を立て直そうとするが……時既に遅し。獣が目の前まで迫ってきたいた。


 今からでは回避は間に合わない。受け止めるにしても、確実に骨がイカレる。どっちにしてもレンにはなす術がなくなった。


 ただ希望は捨てたくなかったのか、レンは無謀でも受け止める選択をした。自分を信じて。そして……運命の瞬間。だが、レンには獣の重みも敗北の虚無感も襲ってこなかった。


「大丈夫?」


 自分の起きた出来事にも驚きだが、もっと驚いたのは、そこにいた人物にだった。その人物は、湖に落ち、敗北したと思っていた人物──


「リン!」


 レンが名前を呼ぶ。


「私って強運なんだよね。また、儲けちゃった」


 おちゃらけた感じに言っているが、ピンチは脱していない。だから、直ぐに集中力を高めていく。


「レン、行ける?」


「あぁ、ありがとう」


 リンの言葉にお礼で返し、剣を構えた。その時にレンは心の中で思う。自分はどれだけ恵まれているのかと。たくさんの仲間に囲まれて、期待されて──だから、その期待には絶対応えなければならない。今、その時なのだから。皆が自分に賭けてくれたのだから。


「バーミリオン!終わらせよう」


 獣には言葉は通じないが、言い切った。レンの言葉にバーミリオンも吼えた。まるで、応えるかの様に。そして……レンが剣を構えて核を見据えた。


 二人が同時に動き出す。こうなれば、あとは速い方が勝つ。


 その光景をこの場にいる三人は息を呑みながら見守り、レンと獣は交差した。硝子がらすが砕けるような甲高い音がして、勝負は決着した。肝心の勝者は……


「静かに眠れ。バーミリオン」


 その言葉と共に星六クエスト最強は崩れ落ちたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る