第二十一話 命懸けの攻防

 王都付近の湖。顔を覗かせれば、水底まで見えるのではないかと思わせるほど、綺麗で透き通るような水面。


 長閑のどかな場所で、プレイヤーを心の奥底から癒してくれる運営お墨付きの場所。しかし、そんな憩いの場も今は劣悪な雰囲気を放っている。


 バーミリオン。本来であれば、山岳地帯にのみ出現するモンスターで、難易度は星六に設定されている。


 難易度の観点から見れば、この場にいる四人には勝ち目はなさそうだが……


「レンが回復すれば勝てる」


 リンの絶対的信頼。だが、それは逆を言えば、レン抜きでは勝てない事を意味していた。


 最善の戦略が時間稼ぎだけだと二人は知り、目の前の怪物に立ち向かっていこうと決意を固める。


 現在、レンは負傷中だ。


 右腕に重い一撃を浴び、体の動きが鈍くなっている。利き手をやられ、武器の扱いが難しい。この状態で戦っても足手まといになるのは目に見えているので、レンはしくじった自分に怒りが込み上げた。


 レンをかばうようにナナが前に立つ。


 何かあった時に別次元に隔離かくりする作戦をリンが画策したようだ。でも、そうなると、リンとユキの二人で悪魔のような敵に立ち向かっていかなければならない。


 レンの見立てでは、三対一ですら戦況は厳しいのに、人員を削った状態ではさらに厳しくなるだろう。


「大丈夫ですよ」


 レンの表情からナナが察し、声をかける。


「あぁ、信頼してないわけじゃない」


「じゃあ……」


「二人は強いよ。でも……アイツがそれすらも凌駕りょうがする」


 二人の戦闘を見て、レンはそう言う。


 現在、リンが『瞬間移動テレポート』で敵の上空に移動し、帯刀していた日本刀──『武蔵むさし』でバーミリオンの背中目掛けて剣を突き立てている……だが、皮膚が鉄のように硬すぎて、リンが弾かれた。


 その異変に気づいたバーミリオンは、リンに目掛けて強力な突進を仕掛けてくる。それを一瞬で理解したリンは、ユニークスキルで遠くへ回避。


「硬すぎでしょ」


 バーミリオンの硬さにリンは驚きを通り越して、笑いが込み上げてくる。


 体感的に動物の皮膚ではない。あの硬度であれば、爆弾すらも無効にする。そんな皮膚に生半可な攻撃が通るはずもなく、たった一撃でバーミリオンというモンスターとの格差を痛感させられた。


 しかし、レンが復活するまではなんとか足止めしなければならない。


 ユキも攻撃に参加して、ユニークスキル──『氷結世界ブリザード』で遠距離攻撃をしていく。足元から、氷を生成して相手の動きを止めようとするのだが、あまりの大きさに、体力をごっそり持っていかれる。しかも、力だけで強引に対抗される。


 足が凍らされているのすらも気にせず、バーミリオンは攻撃してくる。強力なスキルが足枷にもならず、この怪物がどれだけ規格外なのかを思い知らされた。


「生半可な攻撃じゃ無理か」


 ここまでの攻防でたったの数秒。あと半分以上の時間を耐えなければならないが、今まで見せつけられた力が全員の脳に刻まれて、地獄という言葉以外浮かんでこない。


「ナナ、お前も攻撃に参加しろ」


「でも、それじゃあ」


「言いたい事はわかる。でも、このままじゃ負ける。俺も戦いたいが、腕が動かせないんじゃ、武器を握れない」


「────」


 ナナは無言を貫く。その決断を見守っている間にも、時間は刻々と迫っている。二人は苦戦しつつも、レンには一歩も近づかせないように立ち振る舞いを見せている。


 だが、防戦一方だった。それで、全力を使い切っているのだから、攻撃に転じる隙すらもない。このままでは、レンが復活するまでに均衡は崩れて二人共敗北する。


 そんな最悪の未来を回避することができる人材──それがナナだ。


 彼女のユニークスキルを攻撃に利用すれば、数秒のアドバンテージを取れる。その間に態勢は立て直せる。


「ダメです!」


 自分の力が戦況を変える事をナナは知っている。が、それでもレンの言葉に反論した。


「なんで!」


「アナタが……アナタが必要なんです。私たちよりも、アナタが」


「まさか……」


 レンは今の言葉で全てを悟った。


 彼女達は覚悟を決めていた。そう……あの悪魔から時間を稼ぐ覚悟ではなく、自分達が犠牲になってでもレンを戦場に復帰させる覚悟を。


「私の力はアナタを守るためだけに使います」


 背中越しだったが、ナナという人物の覚悟は伝わってきた。


 初めて会った日からまだ一週間ほどか。それなのに、ナナの成長速度は熟練のレンですらも驚かされる。最初は右も左もわからないアマちゃんだった。動きはぎこちないし、大型モンスターを前にすると、一歩も動けない。それでも、今は自分の役割を、才能の活かし方もわかっている。だから……


「許さねぇぞ」


「えっ!」


「敗北なんてしてみろ!俺がテメェら全員殺す!だから、絶対生き延びろ!」


 レンが強い口調で──それこそ、モンスターに向ける視線で言葉を浴びせる。それが、リンやユキにも届いたのか、


「了解!レン、私は負けない。だって、まだこのゲームの全貌を知れてないんだから!」


「私もだよ。お兄ちゃん!」


 二人の目の色が変わる。


 リンは『瞬間移動テレポート』で間合いを一瞬で詰める。皮膚は硬い。普通の攻撃は通らず、跳ね返されるだろう。しかし……


「攻撃ってのは、ただがむしゃらにやればいいってものじゃないのよ!」


 ユキがユニークスキルをリンの愛刀──『武蔵むさし』に付与させ、氷の刀を生成していく。そして、おもいっきり振りかざし、敵の皮膚へと浅い傷が入る。


「やっぱだめか」


 渾身の一撃ですらも、少し傷をつけることができるだけで、決定打にならない。今の攻撃でバーミリオンを怒らせてしまったらしく、大声で鳴きながら突進してくる。


 スピードはがかなりあり、ユニークスキルも間に合わない。しかし……今までレンを守っていたナナが弓で射って、別世界に隔離かくりした。


「ナナ……」


「これでいいんですよね」


「あぁ、ありがとう」


 レンのためではなく、自分のために戦ってくれたことに感謝を述べる。そして、今の内に四人は一度集合した。


「レン、行けそう?」


「まだだ。あと、二分くらいか」


「まだそんなに必要なの?っていうか、お兄ちゃん強いんだから、左手で戦えばいいじゃん」


「銃ならまだしも、剣は利き手じゃなきゃ威力が弱まっちまうんだ。それに……」


「それに……」


「なんだかわからねぇが、体全体が重い。これじゃ、攻撃がかわせない」


 ユキの言葉にレンは感じている違和感を伝える。


「はぁー、わかりましたよ。それと、レンさんって結構わがままなんですね」


「ナナちゃん?こんなに当たり強かったっけ?」


 ナナの意外な言葉にレンは目を点にする。


「くるよ!」


 ユニークスキルが解除されたバーミリオンが、四人の方を見据えている。その光景を見て、全員は集中力を極限まで高め、陣形を貼った。


 リンは特攻部隊で、ユキは援護。ナナも攻撃には参加するが、あくまでレンを護衛しながらの布陣らしい。


 『瞬間移動テレポート』で攻撃を仕掛けにいくが、何をしても擦り傷しか負わせられない敵に攻めあぐねる。


「リン姉!」


 攻撃に移らないリンを見て、ユキが声をかけるが、時既に遅く、敵の攻撃をリンはモロに喰らってしまった。


 一撃がダンベルを背負わされているかのように重く、それに付随ふずいして圧倒的な速度でリンは吹き飛ばされた。


「リン!」


 湖に落ちる所を見たレンが叫ぶ。


「くそ!」


「レン君ダメ!」


 動き出そうとしているレンを見て、ナナが止める。


「もう、我慢できねぇ」


「でも、今行っても負ける」


 立ち上がる姿を見るだけで、レンが弱体化している事は誰にでもわかった。今の状態であれば、リン──いや、ナナよりも弱いだろう。


 ナナが動き出した。


「何するつもりだ!」


「レン君は私たちに絶対に生き延びろって言ったけど……それはレン君の想いでしょ?私達には私達の想いがある。だから……ごめん」


 そう言って、バーミリオンに突進していく。


「ユキちゃん!援護して。今度は私が攻める」


「でも……」


「いいから!」


 戸惑いの表情を見せるユキだったが、ナナの決意のこもった声を聞いて、言われた通りに動いていく。このままではレンが危ないが……攻撃は最大の防御という言葉もある。


 だから、攻めあるのみだ。


 無謀でも、無力でも、攻めて、攻めて、攻めまくる。今のナナ達にはそれしかできないのだから、それが最善策だと信じているから。


 時にはユニークスキルで敵を閉じ込め、距離を取る。とても強い力だが、二人の力には絶対的な欠点が存在していた。それは、決定打がないこと。


 このパーティはリンとレンの攻撃編成で組まれている。その主力が二人共離脱している今、敵を倒す事は難しい。それが、強力であればあるほどだ。


「あっ!」


 ナナが体力の限界が来て、倒れてしまう。


「ナナちゃん!」


 ユキが倒れたナナを見て叫ぶ。しかも、敵がナナに突進しようとしていく最悪の状況と重なってしまう。


 ユキはユニークスキル──『氷結世界ブリザード』を使用して、敵を足止めしようとするが……


「何で止まんないのよ!止まれ!止まれ!止まってよ!」


 このままでは、ナナも敗北してしまう。この魔物に大切な仲間がやられてしまう。その事実に涙が溢れてきた。それでも、無力なユキの力は届かず……残酷な事実を前に目をつむった。だが……


「キヤァァァ!」


 獣が苦しそうな声を上げた。それを聞いて、ユキはつむっていた目を開ける。


「遅くなって悪かったな。お前ら……ありがとう」


 目の間には万全な体調のレンが立っていた。しかも……何度やっても傷を与えることのできなかった皮膚に、剣を突き刺している状態で。

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