第二十話 強襲

 ミッションコンプリートの文字が視界に入り、雪熊討伐は終了した。


(じゃあな)


 心の中でそう思い、レンは粉雪のように宙に舞い、消えていく敵をかなしげな表情で見ていた。


 このゲーム内に登場するモンスターは、所詮は人間の手でプログラミングされたものでしかない。しかし、矢澤薫という人物に利用された被害者だ。それは、あのモンスターの攻撃の軌道がおかしかった事からも推測できるだろう。


「真っ直ぐ突っ込むだけか……獣の本能としては間違っちゃいないが、イノーですらもっと工夫して戦ってたぞ」


 イノーはこのゲームで一番安全な場所に陣を取って、群れていた。それが、俗に言う雑魚モンスターでもできるのだから、一体が強力な力を持っているモンスターが単純な攻撃だけで挑んでくるのは想像しにくい。


 二人が雪熊を見送っていると、連絡をしていたサラシ姿の女と灰色のショートボブの少女が、レンとナナの方へ走ってくる。


「あれ?もしかして……もう終わっちゃった?」


「まぁな」


 ショートボブ少女──ユキが目の前の出来事に小首を傾げる。


「終わったんなら、いいじゃん!帰ろ、帰ろ」


 リンが陽気な声で言う。


 星二のキークエストはあと三つもあるので、早くこなせる事は悪いことではない。それに、このゲームは三時間以上ログインし続けていると、現実世界に意識を戻せなくなるので、一日に攻略できるクエストは限られているのだ。


 拠点となる王都まではかなりの時間を要する。ワープ機能がないため、歩いて戻らなければならないのが少し欠点だ。だが、歩かなければ次のクエストを受ける事ができないため、仕方なく四人は歩いていく。


 南極エリアを超え、北へと向かっていき、草原エリア、洞窟エリアを抜ける。その道中で、少しづつ気候が上がっていき、四人はプログラミングで上に羽織っていた防寒着を脱いだ。


 南極エリアを出て、三十分くらいが経過。一行は王都付近の湖へとやってきていた。


「もうすぐか」


「足が疲れますー」


 ナナが額の汗を拭いながら、重い足取りを懸命に動かしていく。他の三人も歩き疲れて、足に重りでも付けられたかのような感覚を覚える。


「ちょっと休憩にしようか」


 涼しげな風も吹いているし、いこいの場としては最高の場所だ。だから、レンは三人に提案した。それに三人は揃って了承とだけ伝えたのだが……その声はレンには届かなかった。なぜなら、獣の鳴き声とあろうものに三人の声がかき消されたからだ。


「嘘だろ……」


 謎の獣の声にレンは驚愕する。


 この場所はいこいの場や散歩などに向いていると、運営が大々的に推しているエリアだからだ。


 実際、このエリアでのクエストは星一のものですら、存在せず、ましてや大型モンスターなどは現れない仕様になっている。


 だが、今は違う。


 姿形すがたかたちが見えず、鼓膜を振動する程の咆哮を上げるものが、小型のモンスターなはずがない。


 レンはすぐさま辺りを確認するが、他の三人も異常に気付き、顔つきが変わる。


 どこから襲ってくるかわからない恐怖に四人は息を呑む。


 バーチャルなのに、汗が流れているかのように背中がベトベトする感覚だ。緊張感と緊迫感がこの空間を支配し、今この一瞬だけは四人に恐怖が刻まれる。


(どこだ……)


 背中合わせで全方位をそれぞれが確認するが、視界に映る範囲にはモンスターどころか動くものが一切見えない。


 時間が経過すればするほど、四人を支配する恐怖の感覚は大きくなってくる。集中力もそう長かくは続かず、あとは根気よく粘るだけの作業になる。そんな時……


(まさか!)


 レンは何かに閃き、大声で一言だけ叫ぶ。


「上だ!」


 視線を上空へと向ける。それと同時に三人も上空へ視線を映した。すると、全長三十メートルは悠に越えるモンスターが自然落下してきていた。


 その光景を見て全員が別々の方向へと飛び、ギリギリでモンスターの下敷きにならずに済んだが、落下した時に発生した暴風で吹き飛ばされる。


「無茶しやがるぜ。ここまでして俺らを殺したいか」


 モンスターが急に現れるという事は、誰かが故意的に召喚させたという事だ。そんな権限は社長や限られた管理者にしか不可能だが、レンを特別視している社長がこのような行為に及ぶ可能性は低いため、これも矢澤薫の仕業だろう。


 発生した暴風でうつ伏せに倒れていたレンが立ち上がり、敵を見据える。


「最悪だぜ……」


 敵の骨のような形のつのが見えた途端、レンは体全体が震えた。


 目の前にいたのは、レン達では挑む資格すらもらえていない星六クエストの怪物──バーミリオン。ハイエナの様な見た目をしているが、全体を体毛が覆っている事はなく、皮膚はサイのように硬くて頑丈。しかも、あの体格のくせに速度も雪熊などは軽く凌駕りょうがする。


 悪魔の様な象徴が怒りをあらわにして、今にも突進してきそうな勢いだった。


「やるしかないのか!」


 目の前の化け物にレンは歯を食いしばる。


「キヤァァァァ!」


 攻撃宣言かのように耳障りな甲高い声を上げるバーミリオン。そして……トラックと同じ質量を持つ体で猛突進してきた。


 あの体格の体を受け止める事など不可能なため、行動は必然的に回避になるのだが、速度までもがトラックに匹敵するものだった。


 動き出しと同時に回避行動に出たのだが、少し右腕をかすってしまう。


 かすった場所が急激に重くなり、レンは膝を地についてしまった。


「ナナちゃん!」


「わかってます」


 リンの言葉にナナは攻撃態勢に入った。


 この場ではナナの『隔離パラレル』が有効に働くはずだ。だが、咄嗟の事で手が震えて矢を上手く発射できない。


 ナナの状態を見て、ユキは瞬時に状況を理解する。氷のエリアではないため、威力は落ちるが、自身の『氷結世界ブリザード』を発動させて相手の動きを止めようと画策する。だが……四獣の一角──フェルと同じように弾かれてしまう。


「なんで!」


「みんな私に捕まって!」


 このままではやられてしまう事を悟ったリンは三人に声をかける。その後、膝をついて動けないレンを無理やり掴み、ユニークスキルを発動した。


 すると、バーミリオンとの距離が二十メートルくらい離れた。


「えっ!瞬間移動……」


「まぁね、これが私のユニークスキル。今みたいな時に役に立つでしょ」


「そんなこと言ってねぇで集中しろ!」


 呑気なナナとリンにレンが声をかける。その声に、「わかってるよ」とリンが返事をして、二人は集中力を取り戻す。すると、リンが急にレンに言葉をかける。


「何分かかる?」


「五分……それだけあれば、万全の体調になる」


 リンの言葉をレンは一瞬でみ取り答える。それに、


「どういうことですか?」


 ついていけていないナナは質問した。


「まぁ、簡単にいうと……」


 敵がレン達を見つけて襲ってきたので、またも『瞬間移動テレポート』で距離を取る。


「回復できるまでの時間だよ。正直、レン抜きでアイツに勝つのは難しい。でも、反対にレンがいれば勝てる。絶対に!」


 リンの絶対的信頼。その薄だいだい双眸そうぼうに宿すものは、ちょっとやそっとでは砕ける事はない。


 リンの決意をナナとユキもみ取る。


「私も援護します」


「五分なんて、へっちゃらよ!」


「じゃあ、希望を求めて頑張りますか!」


 三人は決意を固めて、最強のプレイヤー復活までの時間稼ぎに全神経を注ぐのだった。

 

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