第十六話 修羅場

「ルルルァァ!」


 大きな絶叫と共に四獣の一角──フェルは倒れた。


 二分程度の短期決戦で体力をごっそり持っていかれた。あれ以上戦っていたら、確実に敗北する未来にしかならなかったので、流石は『DEO』最強の冠を持っているだけある。


「お兄ちゃん!」


 疲れて座り込んでいるレンにユキが容赦なく抱きついてくる。少し鬱陶しいかったが、今回はユキの援護もあって手に入れれた勝利なので、この程度は許してやろう。


「ちょっと休憩したら聖杯を置こう。これでクエストクリアだ」


「うん!」


 手に持っている聖杯を地面に置き、レンは休憩に入ろうとしたが、急な地響きが起こり、レンとユキは驚かされる。それと同時に……


「ルルルァァ!」


 あの獣の鳴き声が聞こえた。


 最初は疲労からくる幻覚かと思ったが……地響きの件がある。それに、脳内を刺激するよりも、鼓膜を振動する感覚が強かったので、あの鳴き声は幻ではないと確信する。


 今起きた事に恐怖しながら、声が聞こえた方を振り向くと……あの魔獣がレンたちめがけて突進してきていた。しかも、壊した筈のコアが復活している。


「嘘だろ!」


 レンたちはもう限界だ。立ち上がることすら体が重くて簡単にはできない。なのに、あの魔獣は体力満タンと言ったところだ。レンが『コンティニュー』した時みたいに。


 ゲームとはいえ、この無慈悲な状況にレンは舌打ちをして、来るべき敗北を待つことしかできない。


(すまない……吉良)


 せっかく貰ったチャンスを生かす事ができなかったレンは、自分を頼ってくれた吉良善次に合わす顔がないと心に思う。そして、迫り来る敗北に歯を噛み締め、この光景から目を逸らすために目をつむった。


 しかし、レンの視界は切り替わらない。それどころか、あの剛風の様な風すらも感じなくなっていた。


「レンさん!」


 柔らかい声が聞こえたため、レンはつむっていた目を開ける。そこには、ここにはいない筈のナナがいた。


 魔獣はナナのユニークスキルで別世界へと隔離されていたのだ。


「どうしてここに?」


「どうしてもこうしてもないだろ?私たちもこのクエストやろうとしてたじゃん!」


 レンの質問に一緒にいたリンが答える。


 それを聞いて、レンは自分の頬を掻く。『スコーピオン』の件や、レンを倒した謎の男の件で、元々やろうとしていた事を忘れていた。


 助けてくれた事に感謝して、二人はリンに聖杯を渡す。


 もうすぐナナのユニークスキルが切れるだろう。なら、もう一回矢を射ってやればいい。それに、聖杯さえ置いてしまえば、この魔獣は襲っては来ない。


 復活したと言う事は倒せない様に設定されている可能性が高いし、現に、星一のクエストを挑む人間に四獣相手は荷が重すぎる。


 仮に、百対一で戦っても善戦するのは難しいだろう。


「ルルルァァ」


 魔獣が咆哮を上げる。それを合図にフェルは攻撃を仕掛けてきた。


 レンが新たなユニークスキル──『武器変換チェンジ』を使用して、武器を銃へと変換させる。


 一発、発砲して相手に牽制する。その隙を突き、ユキは『氷結世界ブリザード』を使用。敵の動きを止めようと画策するが……フェルに当たった途端に、氷の結晶が破裂し、全方位に飛び散った。その残骸がナナの右手に刺さり、ナナの右手は使用不可能になった。


「くそ!」


 これでは、矢を射る事ができない。そうなれば、敵を足止めすることも不可能だ。


 これが最強の魔獣の一角。そう簡単には勝たせてくれない。それどころか、


「このメンツでも取り押さえるので精一杯なのかよ」


 世界ランカーが二人。それと、ナナという超新星に国内最強と謳ってもいいユキ。そのメンバーですら、やっと戦いになるくらいでしかない。


「リン、早く置け!」


「置いてるよ。でも、形が合わないの!」


「嘘だろ……」


 その言葉にレンは歯噛みし、目の前の獣を見据える。


 ナナはが苦しそうに右手を下ろしている。その表情から、もう戦えない事をレンは悟る。なら、二対一の状況だ。せっかく助かったというのに、またもやピンチに追い詰められる。


「お兄ちゃん……」


「勝つさ!勝つしかねぇんだろ!」


 レンはユニークスキルで、得意の剣に武器を変更する。


 正直、接近戦は賢いとはいえないが、不得意の遠距離戦で攻めるより、得意の接近戦に賭ける。


 魔獣が剛腕を振るう。その攻撃を予備動作から先読みし、事前に回避する。その後、敵の目をめがけて、剣を突き刺そうとするが……ユキの『氷の世界』を跳ね返された時の様にレンの攻撃も跳ね返された。


 その反動でレンは地面に強打した。


 体が重い。既に限界だった所に、無理をして体を動かしているのだ。いつ体が壊れてもおかしくはない。


 魔獣が容赦なく、レンに狙いを定める。


 獣の感だろうか、一番強い獲物に狙いを定めるのは。


 だが、獣の選択は賢かった。レンが敗北すれば、この魔獣を倒せるものはこのゲーム内では、クイーンや限られた世界ランカーだけになる。それに、ゲームの主催者の思惑通りにもなり、最悪を招く事になる。


「お兄ちゃん!」


 レンを討ち取ろうとしている魔獣めがけて、ユキはユニークスキルを使用するが、全部反射される。


(ちょっと待てよ……)


だが、その行為がレンに違和感を抱かせた。


 なぜ、全てを跳ね返されるのか。だって、そんな事をしたら絶対に勝てない。そんなプログラムをするといったら倒せないように設定してあるか、もしくは……


「リン、聖杯を貸せ!」


「どうして!」


「いいから!」


 レンが潔白した表情でリンに指示する。


 その指示にリンは従い、聖杯を投げる。それをレンが受け取り……


「返すよ!やっぱいらねぇ!」


 魔獣の口に聖杯を咥えさせた。それと同時に……


「これならコアを撃てるだろ。『専用アイテム』があればな!」


 レンがフェルのコアを思い切り突いた。そうした途端に魔獣は苦しみだし、地に倒れ伏した。そして……魔獣の息の根は止まり、この場から砂粒の様に空へと舞って行った。


「どういう事?」


「あの聖杯が専用アイテムだったんだ。それにしても……まさか、本当に四獣を狩るクエストだったとは……何考えてやがる運営は」


 設定難易度鬼のゲームに愚痴を漏らし、一行はなんとか修羅場を潜り抜けだのだった。

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