第十三話 さようなら

『コンティニュー?』


 レンの目の前にこの表示が現れる。つまり、敗北したということだ。


 この表示を見るのはこれで四回目。便利なスキルの割りに使用頻度はかなり低いと言えるだろう。あの『スコーピオン』との戦いでも一度しか使用していなく、それも偶然の不運が重なっただけだった。


 だが、それはレンの性格が関係している。


 このスキルはとても便利だし、普通のプレイヤーなら多用するのだろうが、彼はできる限り技術だけでゲームをプレイしたいと思っている。


 彼の性格から、このスキルを多用しないで立ち回ってきたのだが、今回に至っては完全に想定外だ。


 まさか敵がガイドとなって襲ってくるとは思ってなかった。敵は運営なため、そう言った行為も可能なのだが、そんな方法など素人には思いつかない。そのせいでとんでもない負け方をしてしまった。


 目の前に秒数が表示され、刻々とゼロへと近づいている。そんな時、レンはふと思う。


 このカウントがゼロになった場合はどうなるのかと。確か、クイーンの言い分ではこのゲームはレンの勝利が確定しているはずだ。


 そんなゲームで勝利者が敗北したら、どんな結末を迎えるのだろう。


 レンの頭の中に『いいえ』を選ぶ決断がよぎった。


 そうすれば、クイーンたちの馬鹿げた事に巻き込まれないで済むから。自分が『DEO』からいなくなり、違うゲームに移動すれば、ただ純粋にゲームを楽しめるから。


 でも、その決断をレン自身が許せなかった。


 今、自分の身勝手でこの場からいなくなれば、マキはどうなる。おそらく、顔を見られたガイドはマキすらも手にかけるだろう。それだけは絶対にダメだ。自分のせいで、関係のない者が巻き込まれるのだけはレンは許せない。


 そう思った途端に無意識に『はい』に手が伸びていて……色々葛藤した後、残り時間一秒でレンは再び地獄のゲームに舞い戻ったのだった。



「不意打ちはしたくなかったんだけど、この方が確実かなと思って」


「ひっ!」


 突然のプレイヤーキルにマキは固まってしまう。現実で言えば、人殺し。それを目の当たりにしたのだ。この行為は当然ではある。


 しかし、襲撃者の興味はマキにはなかった。


 うつ伏せに倒れているレンを真剣に見つめている。まるで油断するなと自分に念を押しているかのように。そして……


「ッ!」


 レンは胸に刺さっている剣を引き抜き、奇襲を仕掛けた。それを襲撃者は予期していたのか、身を捻って華麗に回避した。


 襲撃者の行動を見て、レンは追撃を仕掛けていく。


 襲撃者はかなりの手練れだと今のやり取りだけで見抜いたため、この機を逃したら次のチャンスは巡ってこない。


 腕が疲れ、痺れてくるが、絶対に攻撃の手を緩めない。それでも、敵はレンの攻撃を全て対処する。動きがとても滑らかで、演舞を見せられている錯覚を覚えた。


 レンの動きが少しだけ鈍る。その隙を逃さないように、襲撃者はレンの剣を弾き飛ばした。


「『コンティニュー』は厄介だわー」


「やっぱ、知ってたか」


 敵の言葉にレンは言葉を吐き捨てた。


 さすがにあの動きはおかしい。事前に知っていなければ、できない動きだ。


 敵がユニークスキルを知っていた事を確認できたのは大きいが、奇襲は使えなくなった。たとえ、次によみがえったとしても警戒心は解かれない。


 レンの最大の十八番おはこ──スキルを最大限に活かす戦い方が使えなくなってしまった。


 それでも、関係はない。十八番おはこが使えなくても、レンにはつちかった最大の技術がある。それは、予備動作を確認するだけで相手の次の手がわかるというものだ。


 これにより、間接的な未来予知が可能となり、一秒ほど速く動けるのだ。


 一秒。それでも、熟練のレンにとっては最大のアドバンテージを取れる。だから、動きをしっかりと見切るために、敵を見据えていく。


 視力、聴力に全ての神経を注ぎ、相手の次の動きを待つ。


「そういえば忘れてたね」


 襲撃者が呑気な声で言葉を紡いだ。それにレンは気を削がれて集中力が切れてしまう。


 それでも襲撃者は自分のペースを崩そうとしない。そして、


「僕は矢澤薫って言うんだ。よろしくね」


 場違いとも言える陽気なテンションで自己紹介をした。


 レンはカオルの行為がしゃくさわった。


 世界ランカーの自分を舐め腐っているかのような対応だからだ。頭に血が上り、感情任せの攻撃に移ってしまう。


 武器はない。それでも、素手で攻撃を繰り広げる。だが、致命的なミスをレンは犯す事になる。スピードが素人でも捉えられる程度まで落ちてしまったのだ。それにより、攻撃を簡単に受け止められた。


「私も戦いわないと」


 二人の戦いを見ているマキが自分を鼓舞するが、恐怖で足がすくんで動けない。


 その間も二人の激闘は続いていった。


 カオルがレンの冷静な判断力を奪う戦い方をしていく。理由は単純だ。万全なレンにはカオルは勝てない。だから、わざとあおって攻撃を単調にしていく。


 心理戦を応用されているのだが、感情的な行動をするレンにはカオルの作戦に気づけない。


(でも、これで互角って……バケモンでしょ)


 技術を取り上げて初めて張り合える相手──それがレンだ。それほど、世界ランカーは次元が違うプレイヤーなのだ。特に、五位以上のプレイヤーは別の世界の人間だと考えていい。


 レンの実力を再確認したカオルも本気を出していく。


 レンが蹴りをお見舞いし、カオルへと直撃した。怒りが混じっているだけあって、威力が倍になっており、貧弱なカオルには相当なダメージとなった。


 レン達を連れてきた馬車の近くに飛ばされたカオル。今の内にレンは、吹き飛ばされた剣を回収し、対するカオルは馬車から弓矢を取り出した。


「ここからが本番ってわけか」


「そうだよ。楽しもうよ」


 お互いにヒートアップし、険悪な雰囲気が空間全てを支配する。


 マキはこの空気に押し潰されそうになるが、気合いでなんとか耐えていく。対する二人は全ての神経を目の前の敵にのみ向けていた。


 カオルは中距離、レンは近距離での攻撃だ。


 側から見ればカオルの方が有利に見えるが、レンには予備動作を駆使した技術がある。戦っている最中に冷静さを少し取り戻したため、万全ではないが今はそれが使える。


 万全でなければコンマ三秒程の速さしか繰り出せないが、体に染み付いた癖のようなものなので、無意識に使える。


 カオルに予備動作の動きが見えた。それを本能で察知したレンは、カオルより少しだけ速く動く。


 ほんの少ししてカオルもレンに反応する。矢を放ち、レンのコアを確実に穿うがっていこうとする。


 レンが矢を剣で撃ち落とし、ふところまで接近していく。しかし、カオルは既に二発目を放っていた。


 中距離武器という点が不運を招いたのか、先に動いたレンにカオルの攻撃は追いついた。その攻撃にレンは反応できたが、かわすだけの余裕はなかった。


 撃ち落とすこともできたのだろう。だが、その隙にカオルは三発目を放ってくる。そうすれば、次は撃ち落とすこともできない。


(『コンティニュー』しかない……)


 一番使いたくなかった方法だが、この戦いはこの形にされた時点で詰んでいる。なら、使えるものは全て利用して次に活かすしかない。


 普通では絶対にできない邪道な芸当。それを許されているのがレンなのだ。


 方針が決まり、レンは覚悟を決めてその場に立ち止まったが、一向に矢は飛んでこなかった。カオルの腕を掴み、マキが攻撃を阻止していたからだ。その後、ユニークスキルーー『調律セット』を使用して、相手の精神を狂わしていく。


「マキ!」


「私も一緒に戦います。必ず生き抜きましょう」


「あぁ」


 声が震えているため、まだ怯えは抜けきっていないだろうが、彼女は決意を固めてくれた。それに恥じぬようにレンは更に集中力を高めていく。


 マキのユニークスキルが強力すぎたのか、立っていられなくなったカオルは、その場に膝をついた。動きが止まって僅かにできた間隙かんげきをレンは見逃さず、速攻を仕掛けていく。


 あと一歩で敵のコアを撃てる。復活からの邪道な方法での勝利たが、『DEO』の風紀を乱す輩だ。粛清しゅくせいは必要。


 躊躇いもなく、レンは剣を突き立てる。しかし……敵の状況判断力が高すぎて、レンの奇襲もギリギリの所で対処された。


 何かよこしまな雰囲気を敵から感じ、マキと共に一瞬でカオルから間合いを取る。


 しかし、レンは頬に微風を感じ、それと同時にガラスが割れるような大きな音がした。今起きた出来事に驚愕きょうがくしつつも、後ろを振り返る。すると、マキの核が撃ち抜かれていて……


「マキ!」


「あぁ……」


 声が小さくなっていくのがわかる。これから消えていくということも。でも、それだけは絶対に許せなくて、レンはマキへと懸命に手を伸ばしたのだが……その手は届かず、マキはこの世界から消失した。


「ウゥゥ……」


 頬に温かい感触が伝う。自分の不甲斐なさでやられてしまった怒りの感情がこのしずくの原因だ。彼女と一緒にゲームをするのは楽しかった。クエストだけでなく、一緒に歩いたり、話したりするのも。


 かけがえのない思い出を一瞬でなかったことにされ、レンは怒りを爆発させる。


 単純な突進をしていき、カオルへと接近していく。技術や才能など知ったことか。今はマキの仇を打つことが最優先だった。


 だが、冷静さを欠いた所をカオルに利用され、レンは単純な矢の軌道を読めなかった。真っ直ぐにコアへと突き刺さり、レンはその場に倒れ伏す。


(必ず殺してやる!)


 『コンティニュー』がある限りレンは負けない。地獄の底から何度でも這い上がれる。だから、余裕顔のカオルを見据えながら決意する。しかし、


『木山蓮の敗北を確認。規約に乗っ取り、このユーザーのログイン資格を停止します』


「はぁ?」


 レンにとって意味不明なアナウンスが流れ、レンの意識は徐々に現実へと帰還していく。その姿を見て、カオルは悲しげな表情で、


「さよなら。『最弱の王』」


 任務を遂行させた『才能殺しスキルキラー』は、一言小さく呟くのだった。

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