第七話 選ばれし者のみの境地

 クイーン。


 電話越しの人物はそう名乗った。


 その人物はレンにとって最大のライバルでもあるプレイヤーだ。だから複雑な感情が渦巻くが、今は緊急事態なので、私情は隅に置いておくことにする。


「で、なんで運営がそんなことをやってるってわかるんだよ」


 先程の断定的な物言いに、レンは疑問をぶつける。


「私は運営側の人間なの」


「はぁ?」


 レンは思わず腑抜けた声をあげていた。しかし、突然そんなことを言われたら誰だってこうなる。


「まぁ、詳しくはシャドーの闇を暴くために潜入したってのが正しいけどね」


「潜入?」


「うん、君はサイバー・セキュリティ・ポリス。通称『SSP』てのは知ってる?」


「名前は聞いたことあるよ。確か、メタバース空間で起こった事件を専門に活動している警察だったはずだけど……」


「それさえわかっていれば問題ないわ」


 電話越しの少女はそう言って話を本題へと移していく。


「私のパートナーが敵の位置を割り出したから、その位置を送るわ」


 レンの地図にGPSのような目印が表示された。その数が一つではなく、二つあったのは驚きだったが。


「ユニークスキルは一人ひとつだから、おそらく一人が狙撃用のスキルで、もう一人が遠方を監視できる力ね。私は敵の方に向かっているけど、アナタにも近い方に向かって欲しい。敵を炙り出せたけど……どっちがなんの力を持っているかわからないから」


「わかった」


 そう言って通話を切った。その後、ナナに今の話を一通りする。一度でもゲームオーバーになったら終わりのナナは危険なので、この場には置いていき、レン一人で炙り出された敵の場所まで向かった。


 敵までの位置は遠いが、今はプレイヤーキルをされるのを阻止しなければならない。それに、本当に運営がこんなことを行なっているのだとしたら、何が目的でこのような行為を行なっているのかを知りたいというのもあった。


 目標まで百五十メートルほどだが、敵の攻撃を回避しながらの行動なので、上手く距離を縮められない。


 敵の攻撃が止んだ。今、リロードをしているのだと予測してレンは動く。


 今のうちに距離を縮めるために全速疾走をするが、鈍い感触が脇の辺りを掠めたので、近くの建物に身を隠す。


 残り五十メートルほど。


 今の攻撃は右斜めから飛んできた。なら……


(こっちが狙撃系のユニークスキルってわけか)


 そう結論づけて、慎重に事を運んでいく。


 敵を確認しようと、少し身を出して見る。しかし、銃弾が飛んできて、建物へと当たったので、もう一度身を隠すことにする。


 直撃を避けれたホッとしているが、危機的状況は変わらない。


 もう一度進行するために、身を乗り出してみる。すると……とてつもない速さでどこかに向かっていくであろう長髪の人影が見えた。


(あの方向って……)


 マップを確認してみる。やはり、もう一人の違法者がいる場所と合致している。


「あれがクイーン」


 実物を見たことにより、私情が込み上げてくる。それをなんとか押し殺して今は目の前の敵へと集中する。


 敵を伺う。相手も同じ行為を行なっているらしく、中々銃弾が飛んでこない。だが、それはレンの勘違いだった。


 別の場所で銃声が聞こえたからだ。その方向はクイーンと思われる人物が走っていった方向だった。おそらくもう一人の敵に見つかったのだろう。


 今しかないと、敵がクイーンに気を取られている隙にレンは動き出す。


 案の定銃弾は飛んでこない。その隙をつき、目的の場所へと辿り着いた。


 そこは民家だった。しかし、屋上が設置されている民家で、敵はそこから狙撃を行なっていたのだ。


 階段を駆け上がる。そして……


「テメェが!」


 レンが敵を見据える。


 スキンヘッドの大柄な男。右腕のサソリの刺青やサングラスがこの男の凶悪さを醸し出してもいる。


「コイツ……」


 追い詰められた男は後ろを振り向いた。


「『最弱の王』に『クイーン』まさかお前らが組んでいたとはな……」


 男が苦しそうな表情を見せる。


「それはこっちのセリフよ『スコーピオン』あなたが運営側の人間になるとは思っても見なかったわ」


 大柄の男の向こうに美しい女性が立っていた。


 赤色の長髪、スレンダーな体型だ。


 アバターなのに一つの芸術作品を見るかのような美しさも垣間見れ、こんな状況でなければ、見惚れてしまってもおかしくない外見をしていた。一度見たら目に止まる紅のドレスも完璧に着こなしていて、女王の名に相応しい人物だ。


「スコーピオンだと……」


 レンはクイーンの言葉聞いて驚愕する。


 世界ランク五位。その地位を守り続ける最高の狙撃手だ。


 遠距離攻撃においては世界トップクラス。射撃の世界で彼の右に出るものはシャドーのゲーム始まって以来現れていない。


「もう一人は世界ランクには入ってないみたいだけど?」


「アイツは俺の力を最大限に生かしてくれる。だから組んでるだけだよ」


 持っていた別の銃でクイーンへ攻撃していく。だが、クイーンは自身のユニークスキル『疾風はやて』で華麗に対処していく。


 あまりにも美しく見惚れてしまうが、レンも少し遅れて動いていく。


 卑怯だが、剣で後ろを狙い確実に核を仕留めれるようにアシストする。


「バカが!」


 だが、『スコーピオン』はその攻撃を後ろ向きのまま躱した。それにより、レンの攻撃は『クイーン』の核に直撃しそうになるが……それすらも『疾風はやて』で回避して最悪の事態は避けれた。


「強ぇな!」


「そっちこそ」


 二対一という不利な状況ですら、スコーピオンの前では意味をなさない。


 そして、世界レベルの戦いは続いていく。


 クイーンが双剣でスコーピオンのコアを狙う。ユニークスキルを駆使した攻撃で自身の攻撃の速度すらも高めていくが、スコーピオンは、今まで培った経験値で核へは寄せ付けないように回避していく。


 レンも剣を携えて、攻撃を仕掛けていく。だが、簡単に全部を対処されてしまう。それどころか、反撃を喰らい、レンは地面に膝まつく。


「『最弱の王』テメェは後だ」


 そう言い、スコーピオンはクイーンに狙いを定めていく。


 しかし、レンを軽視しているわけではない。むしろ逆だ。


 レンは『最弱の王』として、シャドーのプレイヤーに知れ渡っている。そして、彼がハズレスキルだけで世界ランク二位に上り詰めたことも。


 だから、警戒しているのだ。下手に攻撃を加え、弱ったところで爆発的な力を発動させるユニークスキルを発動させないために。


「まさか……ここまで強いとは」


「世界ランクは入れ替わりだな。このゲームをクリアして、俺は天上世界へと上り詰める。そのためにはプレイヤーキルが必要だったんだよ」


「天上世界だと」


 謎の言葉にレンは反応した。


 その発言にスコーピオンは笑う。


「お前は知らないのか?このゲームは、天上世界と呼ばれる神の世界に選ばれしものを選別するためのゲームだ。そして、ゲームに負けたものは永久的にインターネット上にログインできなくなる。コアとは全てのネット世界を一点に集約したものなんだよ」


「なんだと……」


 話の内容が衝撃的すぎて、全く頭に入ってこない。


 天上世界。神の世界。どれも想像がつかないものだ。


 だが、もしそんな世界を作れるとしたら。そんな世界に誘ってくれるのであれば……それをシャドーが行おうとしているのだとしたら……スコーピオンほどのプレイヤーが運営側に加担する理由にもなり得る。


「ふざけんな!」


 レンはその言葉で怒りを抑えきれなかった。男の言った「永久的にインターネットにログインできなくなる」という発言が本当なら、このゲームで負けただけでネットから隔離される生活を送らされることになるということ。


 選ばれたものだけがネット上で生きられ、選ばれないものはネットを利用できなくなる。それは、シャドーがインターネットを支配しようとしていることを意味していた。


「それを阻止するために私はシャドーに潜入したのよ」


「『SSP』鬱陶うっとうしい奴に目をつけられたな」


 クイーンとスコーピオンが睨み合う。


「俺も忘れんなよ」


 クイーンの横にレンが並び、三人は今にも動き出そうとしていた。


 そして……世界ランクの戦いが再開された。


 

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