第五話 最弱の王

 転校生こと、吉良七海は蓮の隣の席になった。


 ゲーム内アバターと同じく腰の辺りまで髪の毛が伸びている。だが、当然ながら現実では黒色。アバターにはなかったメガネもかけていて、身長も百六十センチくらいだ。


 最初は外見から知的さを感じたが、自分の席に着くまでに何もないところで一度転んだため、意外とドジなところがあるらしい。


 蓮は一年A組の中央の一番前の席だ。そのため、先生からは一番近い位置で、ゲームのやりすぎで寝不足であろうと、サボることが許されない。


 なぜ、一番後ろの窓際でなかったのかといつも考えているが、過ぎ去ったことにどうこう言っても変わらないので、そのことについては考えることをやめている。


 一時限目の英語が終わり、今は休み時間。


 蓮と七海は昨日のことやDEOのコツなどを話している。そこへ、男勝りな女子──赤羽凛が乱入してきた。


「私も『DEO』貰ったんだけど……今日、一緒にクエ行かない?」


「えっ!凛さんもやってるんですか?」


「うん、蓮と同じ特別枠でね」


「特別枠?」


 突然、謎発言した凛に七海は小首を傾げて話していた内容を問うていた。


「うん、世界ランク十位までの人は特別枠で『DEO』がプレゼントされるのよ」


「はぁ?聞いてねぇぞ」


 その言葉に蓮が不思議そうに聞くが、仕方のないことだった。


 蓮は『DEO』を購入したのだ。無料で貰えることを知っていれば、わざわざ販売一時間前にPCの前で待機してダウンロードしたりしない。


 フルダイブ形式のゲーム。それが『DEO』だ。しかし、それはひとつのソフトであり、肝心なのは本体である核と呼ばれる謎のVRゲーム機だ。


 改良に改良を重ねられ、サングラスクラスの大きさに抑える事ができている。しかも、電波は無線で飛ばすため、これひとつあれば、どこでもメタバース空間に移動できる。それに、全感覚がゲーム内に入っていき、ログインしている時は魂だけがネット空間に来ているかのように感じる仕様。要するにネット空間を現実のように感じるのだ。


「そうなんだよ!」


 その言葉を聞いて、裕也が泣きながら乱入してきた。


「『DEO』は先行販売は限定一万個だったんだ!俺は……俺は……羨ましいぞ!こんな可愛い子と一緒にゲームできるなんて!」


 蓮の胸ぐらを掴み、号泣している。それを見て、蓮は少し呆れる。


「まぁ、一般販売されるの待ちなよ」


 凛が酷なことを言うが、一般販売されるのがいつになるかはわからない。それどころか、リーク情報すら出ていないのだから、されないかもしれない。


「で、世界ランクとか言ってましたけど、蓮さんと凛さんはとてもゲームがお上手なんですね。それに、今の会話からお二人は十位以内に入ってるみたいな言い草でしたけど」


「あぁ、私が十位で、蓮が二位な」


「二位!」


 自分が一緒にプレイしていた人物がそんな凄い人だったと知り、七海は机から立ち上がってしまう。


「うん。けど、実質的な一位はこいつだよ」


「どういうことですか?」


「コイツはハズレスキルばかり引くんだよ。で、世界二位。それを皮肉って、シャドーが一番最初に発売したゲーム名の『最弱の王』って異名がつけられたんだ」


 質問の内容を裕也が引き継ぐ。


 その言葉を聞いて蓮は顔を背ける。


 蓮にとってはその異名は嬉しくない。それに、皆は実質的な一位と言ってくれるが、ランキング一位にいる『クイーン』というプレイヤーには、シャドーのゲームを開始してから四年間一度も勝てていないのだ。


 それが蓮にはとても悔しい。


 名前からして女性プレイヤーの可能性が高いが、顔も本名も知らない人間にあしらわれているのが気分的に最悪だ。いつかこの『クイーン』に勝つことを蓮は目標に掲げている。


「そういえば君、吉良財閥の娘でしょ。『DEO』のプログラミングを担当した」


「父がそれをやってましたけど……謎の事故で別の方に担当が変わりましたよ」


 凛の言葉に優れない表情で七海は答える。


 そういえば、両親の手術代が欲しいと言っていたため、あまりこのことには触れたくないのだろう。


 今の表情と声の弱々しさで凛も何かを察し、「ごめんね」と一言謝り、話題を変えていく。


「じゃあ、二十時に集合ってのはどう?」


「いいですね。私も早く上手くなって、ゲームをクリアしないと」


「じゃあ、決まりだな」


 その言葉と同時にチャイムがなり、二時限目が始まった。


 席に着き、数学の教科書を出していく。


 そうして、三時限目、四時限目と学校の時間が過ぎていき、帰宅時間になる。


 凛と裕也は部活をやっているので、そちらに向かい、帰宅部の蓮、今日転校してきたばかりの七海は帰路へと着いた。


 途中まで一緒に帰ることになり、またもや二人きりの時間が来る。


 今度は現実世界での二人きりだ。ゲームとは訳が違い、緊張感と圧迫感は最大まで押し上げられる。


「あ、あ、あ、あっ!」


 なにか会話を弾ませようと、「あのー」と話しかけようとしたのだが、緊張で上手く言葉にできない。その姿を見て、何かを伝えたいと感じた七海は「どうしたんですか?」と聞き返した。


 一度咳払いし、もう一度言葉を発しようとする。


「君は……」


 言葉を繋ごうとしたが、肝心の会話の内容を考えておらず、言葉を詰まらせてしまう。それに、


「蓮さんはどうしてシャドーのゲームをやり始めたんですか?」


 七海が上手くフォローしてくれて、なんとか会話が始まった。


 質問される分には答えることができる。一度深呼吸して、顔の緊張を解いたのち、言葉にする。


「俺、昔いじめられてたんだよね。で、現実に失望して、ゲームの世界に閉じこもったってわけ。でも、ゲームの世界だったら上手くなるだけでみんなが俺を褒めてくれた。それが嬉しくて、続けていったら上手くなってたんだよ。なんでも良かったんだ。たまたま面白そうなタイトルを取ったら、それが『シャドー』のゲームだったってだけ」


 『シャドー』のゲームを始めたのは本当に偶然だが、今は『シャドー』のゲームで良かったと思っている。自分の人生を変えてくれた核というゲーム機に心の底から感謝している。


「そうだったんですね。私とは逆。私にはこれに縋るしかできない」


 苦しそうに言葉を紡いでいく七海。その横顔には悔しさと悲しみが混濁した表情がうかがえた。


 その後も七海のおかげで会話が弾んでいった。


 二人が分かれ道に着く。


「私、右ですから」


「そうか。じゃあ、二十時。また、あの集会場で」


「はい!色々、教えてもらいますよ。『最弱の王』さん」


「その名で呼ぶのはやめろ」


 二人は微笑する。いつの間にか緊張は解けており、普通に会話することができていた。


 その後、二人はお互いの家路へと着き、予定の時刻にログインしたのだった。

 

 

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