第四話 メタバース空間


『コンティニュー?』


 その画面がレンの目の前にもう一度現れた。

 つまり、レンはゲームオーバになったのだ。しかし、これは想定内。初めから、これが狙いだったのだから。


 自分が敗北するということは、獣は核を仕留めなければならない。そうすれば、一瞬だが動きは止まり、弓矢の狙いは定めやすくなる。


 『コンティニュー』は誰かと組めば無敵のスキルだ。開始直後の不意打ちにも利用できるし、こうやってわざとやられるように揺動し、相手の動きを止めることもできる。


 そうして、レンの作戦は成功した。


 あとは、コンティニュー画面に映っている『はい』のボタンを選択すれば全て完了だ。


 そうこう考え事をしていると、残りカウントが五秒前になっていた。


 四秒、三秒と経過していき、レンは『はい』を選択してゲームへと舞い戻ったのだった。



 ナナは息を切らしていた。


 緊張で全身から汗が流れているのが自分でもわかり、思わず尻餅もついてしまっていた。


「よくやった」


 ゲームに復活したレンが立ち上がる。その時に、尻餅をついていたナナに手を伸ばし、立ち上がらせてあげる。


 作戦は成功。そして、獣はバリアのようなものに阻まれ、同じ場所を何度も、何度も爪で引っ掻いていた。


 しかし、そのバリアから先へは進めない。それを見て、ナナは不思議そうにレンへと質問する。


「どういうことですか?」


「あぁ、君のユニークスキルはバリアじゃなくて、弓で射ったものを違う空間に引き込む力なんだよ。だから、あいつはもうこっちの世界に干渉できない」


 ナナの質問に丁寧に答える。


 最初に抱いた違和感通りだ。


 射った相手をバリアに入れる力なら敵すらも守ってしまうことになり、それはゲーム的にどうかと思ったのだ。


 だが、別の世界へ隔離する力なら、説明もつくし、攻撃用の手段にもなり得る。


「おそらく、十秒ほどか……今の内に距離をとる。ある程度離れていれば、襲ってくることはないだろう」


 魔王の巣窟を守る番人なら、自ら敵を追いかけたりすることはない。なぜなら、番人とは特定の場所へ入ることを禁じるために立ちはだかる者の名称なのだから。


 二人は来た道を引き返す。


 もうクエストは終わっているが、このゲームに関してはワープで集会場に戻れるというわけではない。そこが、核を用いたゲームのデメリットではある。


 一定の距離を離れたことにより、先程のライオンのような獣はもう襲ってくることはなく、二人は安堵に包まれた。


 疲れたので今からは歩くことにし、集会場へと戻っていく。


「ところで、レンさんはなんで復活できたんですか?」


 見間違いでなければ、レンの核は確実に破壊されていた。だから、ナナは気になり、質問していた。それに、レンは正直に答え、ナナも状況を理解した。


「それって、無敵ってことですよね」


「まぁ、理論上はそうなるが……」


 そこでレンは言葉に詰まる。


 無敵。自分の『ユニークスキル』においてレン自身もそう思っている。だが、本当にそうなのだろうか。


 ゲームとはいえ、ここまで現実に忠実な世界だ。なら、この『コンティニュー』も現実と同じように、何か原理があるものなのかもしれない。


 そうは思ったが、ナナを安心させるためにその後の言葉は濁して伝えた。


 二人で雑談をしながら、歩いているとひとつの世界に到着する。


「ここって……」


 さっきいたファンタジー世界のような背景ではない。


 作られた機械的な空間。それも、コンピューター世界を想像しろと言われたら、ほとんどの人間が想像するであろう場所。


 周りは道路のようなもので舗装され、周りにはたくさんの建築物がそびえている。


 それだけではない。車や電車、建物内には灯りが見え、生活感のある世界だ。


「メタバース空間って言った方がいいのかな?シャドーのアカウントがあれば誰でも入れる場所だよ」


 レンが今の場所を説明する。その後もこの場所の詳細な情報を教える。


 要は、全てのアカウントが管理される場所であり、『DEO』以外のゲームを遊んでいるプレイヤーもこの場所にはいる、いわば共用空間だ。


 全てのプレイヤーはログインするとまず、ここに飛ばされる。その後にキャラメイキングを行い、選択した世界へと飛ばされるのだ。


 そして、ログイン、ログアウトもこの世界で行われる。なぜだかはわからないが、この空間でなければ、行えないようになっているのだ。


「じゃあ、そろそろ時間だし俺は落ちるよ」


「あっ、ありがとうございました」


「いいって。じゃあね」


「はい!」


 二人は会話を終えたあと、共にログアウトして元の世界へと戻った。



 次の日。蓮は欠伸をしながら、学校へと登校していた。


 あの後も、女の子と二人っきりでゲームをしたことに胸がドキドキして、三時頃まで眠れなかった。


 彼は高校一年生の十六歳。一人っ子で、両親とはとても仲が悪い。特に父親とは最悪の仲で、ひどい時には一週間近く一言も話をしないほどだ。


「おーい!」


 後ろから声をかけられるが、今は誰の声も耳に入れたくない蓮は、無意識に耳を塞いだ。


「無視すんなよ!」


 後ろから肩に腕を回され、がっちりと掴まれる。 


「どうしたの?」


「そんな死にそうな声で話すなよ。唯一無二の友達が悲しむぜ」


「そんなことない」


 友の顔は見ずに質問に答える。


 彼の名は、川上裕也。髪の毛が生えており、目が二つあり、鼻がひとつ。もちろん口もあり、右手に左手、両足の構成でできている人間。つまり、特徴はない。


 身長が百九十センチあるが、性格が暑苦しいため、ただのデカくてウザイ人間でしかない。


 蓮とは幼稚園からの幼馴染で、なぜか小中高一緒の腐れ縁だ。


 それだけでも最悪なのに、この十年間全てクラスも同じで、運命の赤い糸で結ばれているのではと時々思ってしまう。これが美少女だったらどれほど良かったかと、長年思っている。


 暑苦しい男と一緒に学校の校門を潜り、教室に一緒に入る。


「今日も仲良いじゃん!」


「うるせぇよ」


 教室にいた少女に声をかけられる。それに、めんどくさそうに答える蓮。


 少女はとても知的な雰囲気を纏い、スタイルもいい。誰が見ても美少女の部類に入るのだろうが、性格や言葉遣いが男勝りな点が少々残念ではある。


「そういえば、先公が転校生来るって話してたよ」


「マジ!可愛い子来ないかなー」


「っく、男ってバカだよね」


「悪かったな」


 少女と裕也がちょっとした口論になる。


 面倒なので蓮は関わらないで、ホームルームまで頭の中でゲームのシミュレーションでもする。そうしていると……


「はい!皆さん、おはようございます」


 中年男性の担任が部屋に入ってきて、挨拶をする。その後、


「今日は転校生が来ます。じゃあ、挨拶してもらうから静かに聞くように」


 そう言われた後、部屋の中に人が入ってきた。


 下から生足が見え、その次に映ったのはスカートだ。それを見て、特定の男子は喜んだ。でも、蓮だけは驚きの顔を見せ、席を立ち上がっていた。


「お前は!」


「あー!蓮さんですね。昨日はお世話になりました」


 頭を下げ、勝手に挨拶を始めてしまう。


「私、吉良七海って言います。よろしくお願いしますね」


 天使のような煌びやかな笑顔を浮かべ、その可愛らしさにほとんどの男子はノックアウトされたのだった。


 




 

 



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