第31話 見送り
東の隣国『ホッケカイヤ王国』を併呑した北の帝国『アルルトゥーヤ帝国』が、今度はこの国『ユースティティア王国』に対して宣戦布告をした。この衝撃的なニュースは、すぐさま王国全土へと広まった。
アルルトゥーヤ帝国は、近年いくつもの国を切り従え、急速に拡大した強大な軍事国家だ。ホッケカイヤ王国を瞬く間に攻め滅ぼし、更に大きく強くなってしまった。
ユースティティア王国の国力は、ホッケカイヤ王国と同程度らしい。ホッケカイヤ王国がアルルトゥーヤ帝国に瞬殺されたことを考えると、この国の未来は暗い。しかもアルルトゥーヤ帝国は、ホッケカイヤ王国を吸収して更に強大になっている。きっと国力差なんて、数えるのもバカらしいくらい開きがあるのだろう。勝てる未来が想像できない。
私は悔しかった。火縄銃さえあれば、まだ少しは希望が持てたのに…。
私は怖かった。負けたらどうなってしまうのだろう…。ホッケカイヤ王国の貴族達は、敗戦後酷い目に遭ったらしい。私もその酷い目に遭うのだろう。処刑、強姦、凌辱。嫌な想像ばかりが頭を過る。
大丈夫だよね?シュヴァルツとヴァイスは和解したし、王太子はヴァイスに決まって国は一つに纏まってるし、大丈夫だよね?
自分の中で希望を探すけど、どうしても不安ばかりが大きくなっていく。押し潰されてしまいそうだ。
今日は家族が一緒に居られる最後の日。最後の晩餐だ。いつもより豪華な食事が食卓に並ぶけど、一向に食事が喉を通らない。
家族四人が揃った食堂には静寂が満ちている。まるでお通夜みたいだ。
「やれやれ、我が家の女子は不安に食べられてしまったようだ」
沈黙を破ったのはお父様だった。
「我々は必ず勝って戻ってくる。そう心配せず、普段通り生活していなさい」
その顔には、朗らかな笑みが浮かんでいた。
「そうです母上、マリーも。やっと自分の腕を振るう機会がやってきたのです。敵はあのアルルトゥーヤ。相手にとって不足はありません。必ずや武功を挙げてみせましょう!」
お兄様も肉をもっきゅもっきゅ食べながら、元気いっぱい笑顔を浮かべている。お兄様は…本当に喜んでいるのかもしれない。脳筋だからなぁ…。
「アルフレッドは威勢が良いな。頼もしいぞ」
男子は盛り上がってるけど、女子は相変わらず暗い顔だ。どうして笑うことができるの?二人はこれから戦争に行くんだよ?もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ?男の人っていっつもそうだ。勝手に突っ走って行ってしまう。少しは残される人の気持ちを考えて欲しい。
「だから、な。何も心配いらない。だからフレア、マリー、笑顔を見せておくれ」
お父様の懇願に、二人の困ったような笑みに、私はハッとさせられた。このままでは二人に心配をかけてしまう!
二人は明日にも戦場へと向かう。戦死もありえる。二人の不安は私達よりも大きなものかもしれない。それでも、私達を心配させない為に、あえて明るく振る舞っていたのだ。
「お父様とお兄様が出陣するのです。大勝利間違いなしですわ!ね、お母様!」
私は不安を押し殺して、無理やりにでも笑顔を浮かべる。二人が心配しないように。二人が少しでも安心するように。歪で不細工な笑顔だったかもしれない。でも、いつまでも不安顔を浮かべているより、ずっとマシなはずだ。もしかしたら、二人とはこれが最後になるかもしれない。だったら尚更、二人には笑顔の私を憶えていて欲しい。
「そうね。きっとそうだわ」
お母様も笑顔を浮かべる。その目は赤く充血し、今にも涙が溢れそうだった。私も涙が零れそうだ。でも、今泣いたら二人を心配させてしまう。私は涙をグッと堪えて、歪む視界の中、懸命に笑ってみせた。
それから二日後。
「ごめんなさいね。突然お邪魔したりして」
「構いませんわ。わたくしも気持ちは同じですもの」
そう言って、アラスティアが部屋の窓際に置かれた席へと案内してくれる。
アラスティア・ファ・ロンデリウム。彼女は貴族院でできた唯一のお友だちだ。私とシュヴァルツの事も応援してくれる良い娘である。
今日、私はロンデリウム伯爵のお屋敷にお邪魔していた。いよいよ今日、お父様とお兄様、アラスティアの恋人が王都を出陣するのだ。そして、彼らを率いるのが、なんとシュヴァルツである。そう。シュヴァルツも参戦することになってしまったのだ。
私はシュヴァルツ達を見送る為にロンデリウム邸へとお邪魔しているのだ。丁度、シュヴァルツ達はロンデリウム邸の横を通る予定らしい。
「来たみたいですわ」
しばらくすると歓声が聞こえてきた。屋敷の横を通る大通りに詰めかけた人々が左右に割れ、現れた道を進む集団が見えた。先頭は大きな旗を持った人達だった。その後ろを全身鎧に身を包んだ騎兵が続いていく。シュヴァルツは?シュヴァルツは何処?
必死にシュヴァルツの姿を探すけど、見つからない。もしかして、もう通り過ぎちゃったとか?
不安に駆られていると、一際大きな歓声が聞こえた。そちらに目を向けると、行軍する集団の中に、やたらスペースが空いている部分がある。其処に掲げられた旗は王族のみ許される紫色の旗だ。あの黒色の紋章って、たしかシュヴァルツの…ってことは、あそこにシュヴァルツが居る!
「ちょっとマリー!?」
アラスティアの驚く声を無視して、窓から落ちんばかりに身を乗り出す。アレだ、たぶん真ん中の黒い鎧がシュヴァルツだ。それにしても、馬も黒毛だし、鎧もマントも黒で、全身真っ黒だ。いったいどんなセンスよ?
シュヴァルツがだんだん近づいてくる。ここまで来れば分かる。アレは間違いなくシュヴァルツだ。シュヴァルツとはもう三年も会っていないけど分かる。顔からは幼さが抜け、より鋭さを増した印象がするけど、確かに面影がある。背も随分伸びたようだ。周りに居る大人と比べても遜色ない。鎧を身に付けているからか、がっしりと逞しい印象がする。
「シュヴァルツ殿下ー!」
気が付けば叫んでいた。でも、シュヴァルツはこちらに気が付かない。周囲の歓声に掻き消されてしまったのだろう。
「シューヴァールーツー!」
周囲の歓声は耳が痛いくらいだ。この中で自分の声がシュヴァルツに届くなんてありえないことは分かっている。でも、それでも…!
「シューヴァールーツー!こっち向けー!」
なんとかシュヴァルツに気付いて欲しくて、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「こっち向けー!バカー!」
シュヴァルツが、まるで弾かれた様にこちらを向いた。え!?怖!地獄耳!?ごめんなさい!
シュヴァルツがこちらを見ながら笑みを浮かべる。いつもの皮肉気な笑みじゃない。心から嬉しそうな、思わず零れたような純粋な笑顔だ。シュヴァルツのそんな笑顔なんて見たことなくて驚いてしまう。でも、シュヴァルツの笑みは、すぐに
いつもの皮肉気な笑みへと変わってしまう。もったいない…。
シュヴァルツがこちらに手を伸ばす。やっぱりシュヴァルツは私に気が付いている。そのことが嬉しくて、私もシュヴァルツに向けて手を伸ばす。互いに手を伸ばすけれど、その手が届くことはない。そのことが酷く悲しい。でも、シュヴァルツに悲しんでいるところなんて見せたくなくて、私は無理やり笑顔を浮かべる。なんだか最近無理やり笑ってばっかりだ…。
突然、シュヴァルツがこちらに向けた手を固く握りしめてみせた。それがなんだか「絶対にお前を捕まえてみせる」というシュヴァルツの宣言に思えて…!
一気に顔が熱を帯びるのを感じた。恥ずかしくなって慌てて手で顔を隠す。
シュヴァルツはニヤリと笑みを見せ、そのまま振り返らずに行ってしまった。最後の最後に不意打ちを受けた気分だ。なんだかすごく悔しい。
「シュヴァルツ…」
いつか今日の仕返しをしてやるんだから、絶対無事に帰って来なさいよね!
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