第9話 システィーナ来る
ゲオグラムから詰問があった日からも、私はシュヴァルツの元に日参していた。ちょっとゲオグラムと会うのは怖かったけど、イベントの発生を逃すわけにはいかない。
「ごきげんよう、シュヴァルツ殿下」
「ああ」
相変わらず愛想悪いわね。でも、シュヴァルツからあの時の話は聞かないし、たぶんゲオグラムがシュヴァルツには黙っていてくれているのだろう。ありがとう、ゲオグラム。
「それで、今日はどんな面白い話を聞かせてくれるんだ?」
「くっ」
早速シュヴァルツから無茶振りがきた。面白い話って何よ!?私は芸人さんじゃないのよ!?
最近、シュヴァルツは私を困らせて遊ぶのが楽しいらしい。今も意地悪そうな笑みをニヤニヤと浮かべている。憎たらしいわね。ゲオグラムも興味深そうに私を見ないでよ!
でも、王子様に問われたら答えないわけにもいかない…。何か面白い話…何かあったかしら?私は小さい頃の思い出や、前世で見聞きしたの面白い話を思い返してみるけど、なかなかいい話が浮かばない。前世の話ってこちらの文明に合わせてアレンジを加えないといけないから面倒なのよね。メールは手紙と言い換えたりすればいいけど、ネットってどう訳せばいいのかしら?
コンコンコン
何を話せばいいのか困っていると、ノックの音が飛び込んできた。ゲオグラムが立ち上がり、応対の為に扉へと歩いていく。
助かった!これで時間が稼げる。ありがとう、ノックしてくれた人。
たぶん、ノックしたのはシュヴァルツの御付きの人だ。いつもお茶とお菓子を持って来てくれる。最初は何も出ることは無かったのだけど、シュヴァルツの所に日参するようになってしばらくすると、お茶とお菓子が出るようになった。たぶん、シュヴァルツが用意するように頼んでくれたのだろう。シュヴァルツはオレ様キャラだけど、たまに優しいところがある。
シュヴァルツの用意してくれるお菓子と紅茶って美味しいのよねー。流石王子様、良いもの食べてるわ。私が今日出されるお菓子に思いを馳せていると、ゲオグラムが足早に戻って来た。あれ?手ぶら?お茶とお菓子は?
「殿下、その…」
ゲオグラムが困った表情を浮かべている。チラチラ私を見て、どうしたんだろう?
「システィーナ様がお見えです」
…ッ!?!システィーナって、あのシスティーナ!?シュヴァルツの婚約者の!?
システィーナ・ラ・ロベルタ二ア。ゲームでシュヴァルツルートを攻略しようとすると現れる、悪役令嬢だ。シュヴァルツの婚約者で、侯爵家の御令嬢。ヒロインちゃんをいじめる主犯で、悪事がバレて婚約破棄され、所謂ざまぁされる人だ。
こっちの世界に来てから知ったけど、ロベルタ二ア侯爵は国の重鎮である。おそらく国の貴族の中でも三指に入るほどの権勢を誇っている、とても偉い貴族だ。ロベルタ二ア侯爵はバリバリのシュヴァルツ派閥で、派閥のトップでもある。もしシュヴァルツが次の王になれば、王の外威になり、その権勢にますます磨きがかかるだろう。
その娘であるシスティーナも注目を集めている。容姿端麗、頭脳明晰、『流石は王族の婚約者』『国母になるのに相応しい女性』と皆に称えられている少女だ。
ゲームをしていた時はヒロインちゃんをいじめる憎たらしい悪役令嬢としか思わなかっし、婚約破棄されてもシスティーナざまぁとしか思わなかったけど、この国の常識を学んだ今なら分かる。システィーナって実はそんなに悪くない。そりゃいじめという手段は卑劣だと思うけど、最初に常識外れの無礼を働いたのはヒロインちゃんなのだ。
婚約者のいる異性にみだりに近づくのは、あまり褒められた行為ではないのだ。先に無礼を働いたのはヒロインちゃん。システィーナはその無礼を咎めただけ。どっちが悪いかで言うと、実はヒロインちゃんの方が悪かったりする。
ついにきてしまったか…システィーナとの遭遇イベントが……。ゲームでも同じ展開があった。だけど!私はこの日の為に対策を考えてきたのだ!
「ふむ…」
シュヴァルツがこちらをチラリと見て考え込む。
「断れ。システィーナには出直してもらおう」
「待ってください」
それではダメなのだ。面会を断られたシスティーナは疑問を覚えてシュヴァルツの周りを調べ出す。そして、シュヴァルツに近づくヒロインちゃんの存在を知り、いじめへと繋がるのだ。この流れは良くない。
「シュヴァルツ殿下はシスティーナ様とお会いになってください」
「だがそれでは…」
シュヴァルツが顔を歪めて私を見る。いつも浮かべている皮肉気な笑みではない。私を心配している表情だ。オレ様のくせに妙に優しいところがあるのよね、シュヴァルツって。まあ、そこが人気な所なんだけど。
「わたくしはお暇させていただきますわ。あの穴から」
私は初めてシュヴァルツ達に会った時に通った木々の隙間を指さす。一見、出入り口を押えられて絶体絶命に見えるけど、ここにはもう一つ出入口があるのだ。
シュヴァルツの目に理解の色が広がる。でも顔は不満そうだ。
「だがな…」
「それでは、ごきげんよう」
更に言い募ろうとするシュヴァルツを遮って、私は穴へと駆けだした。早くしないとシスティーナが疑問に思うかもしれないもんね。
「よいしょっと」
勢いそのまま、木々の隙間に這い入る。これで、システィーナは私の存在を知ることは無い。だから私もいじめられることも無い。完璧ね!
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