第17話 長い夜を耐える

 月明に水が煌めく。

 ファラは蒼く清静せいせいと冴える月光を避けるように木の影に身を隠し、満ちた月を鏡映しに湛える水面を見つめながら、独り翠緑苑コメ・ムヤの池の縁に佇んでいた。

 深更の夜気は冷え冷えと張り詰め、ファラの白い肌に責めるようにひりつく。彼女は自分の肩を抱き、胸の内からじわじわと湧き上がってくる震えに必死に耐えていた。

 この夜を過ごして五日目になる。

 ファラは一縷の望みを胸に、この夜に耐えていた。


(もし彼が――)


 それは彼女の儚い願望であった。


(もし彼が、私のことを少しでも想い――)


 自分が彼に抱く想い。これと同じものが少しでも彼にあったなら、あの手紙が彼の目に触れる。


(そして彼が、私と会うことを少しでも願ったら――)


 彼に会いたいという願い。これと同じものが少しでも彼にあったなら、あの手紙が彼をこの場所に導く。


(ここに彼が――)


 それは限りなく微小な可能性の夢想に思えた。恋する小娘の都合のよい願望に過ぎなかった。通じ合えぬ想いなど、自分が歌ってきた悲恋の恋歌のようにいくらでもあるものだ。何度となくそう思いながら、けれどファラは諦めることができずに、こうして独りの夜の冷たさに耐えていた。


(――でも)


 しかし、夜は長い。

 蒼煌そうこうの満月がもたらす陰影はうろのような深い暗闇を生み、世界を蝕むように翠緑苑コメ・ムヤの木々の隙間に広がっている。


(来ないかもしれない)


 何度となく重ねたその不安は、夜が明ける度に色濃く胸に沈み溜まり、重いおりとなって彼女の心を冷やしていく。

 そして、五日目の夜。


「――会いたい」


 耐え切れないように漏れ出たその呟きが、満ちた寂漠を溢れさせる一滴となる。

 ファラのまなじりから涙が流れた――。


泣いているのですかワカァケェイ・ラ?」


 その声は、いつも不意に訪れる。

 振り返ったファラは、梢から漏れ射す月光の下に、その少年の姿を認めた。


あなたはいつもカン・カティ・泣いているワカァケェイ


 鳶色の瞳に月の明かりを穏やかに映して、少年はそう微笑みながらファラに手を差し伸べる。


痛みはナナ・いたわるものですよジャンピ・ティヤン


 ファラは涙を拭い、差し出されたその手を――ムガマ・オ・トウリの手を掴んだ。

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