第18話 だから彼女は
握った手の熱が、瞬間にファラの全身を駆け巡った。
(――彼の手だ)
そう思ったと同時に、堰を切ったように生まれた感情が彼女の身体を衝き動かして、ファラはそのままトウリの胸へと飛び込んでいた。
「――
込み上げてくる感情が強く彼を抱き締めさせ、擦り切れそうな声となって言葉になる。
そんなファラの背中をトウリの手が優しく抱き、彼の温もりと匂いが彼女を包んだ。
「
その言葉にファラが震える。トウリを見上げ、その顔に問い掛ける。彼は微笑みうなずくと、彼女の頬に自分の刺青の頬を重ねた。
二人の息が、互いの耳元で交わされる。
月影の下に抱き合う少年と少女は、時が止まったかのように、長くそのままそうしていた。二人は目を瞑り、互いの感触を、体温を、息遣いを確かめ合うように、長くそのままそうしていた。
彼はあたたかかった。幾百晩と彼女が過ごしてきた夜の冷たさも、彼の温もりに触れているこの今が、すべてを過去へと消していく。いかに厳しく凍る冬でも、春の訪れがそのすべてを溶かしていくように、彼の温もりは彼女の心を溶かしていった。
「
だから彼女は切実に願った。
「ムガマ・オ・トウリ
その言葉とともに、頬の熱が離れた。ファラが驚いて目を開けると、ひどく困った顔で彼が自分を見ていた。その瞳は戸惑いに揺れ、悲しげに曇っていた。ファラが不安のまなざしで見つめる。
しかし彼は目を閉じて、数瞬、息を整えると、再び目を開き、そしてはっきりとした声で言った。
「ムガマ・オ・トウリ
彼はそう言葉にして、その役割の意義を確かめるようにうなずき、ファラを慰めるように微笑んで、その髪を撫でた。
その鳶色の瞳のまなざしには、もう一点の曇りも映ってはいなかった。ファラは支えを求めるように自分の髪を撫でるトウリの手に縋り、言った。
「
けれどトウリの瞳には、かすかな揺らぎも浮かばなかった。
「
トウリは縋りつくファラの手をそっと下ろし、
「
そしてファラの頬を伝う涙を、優しく指で拭き取った。
(嫌だ)
この指が離れていくのが、彼の――ムガマ・オ・トウリの意志ならば、自分にでき得ることなどあるのだろうか?
(嫌だ)
この涙が拭われて、泣き果てることなどあるのだろうか?
(嫌だ)
彼の指が自分の頬を離れていく――。
(嫌だ)
その瞬間にぞっと背筋を走ったのは、虚無のようにどこまでも深く横たわる夜の闇の冷たさだった。
(嫌だ――)
だからファラは、彼の唇を奪った。
驚いて身を引くトウリ。ファラは構わず、もう一度その唇を奪い、そのまま彼を押し倒した。
ひやりとした彼の唇を舌で割り、自分の熱で埋めていく。
ファラは荒い息とともに顔を離すと、その服を脱いだ。月光を背に浮かび上がる
ファラの身体に組み敷かれ、その姿を見上げるトウリの目に映った感情は困惑と――怯え。
こうしてファラは、彼を奪った。
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