第3話
「今日は森に様子を見に行こうと思ってたんだけどなぁ」
生憎の大嵐。近くに深い川はないが、風は強く吹くし、雨も過剰に多く降っている。父親の畑の作物はいくつか台無しになるだろう。父もそれがわかっているからか今日はやけにお酒を飲んでいる。母も慣れているからかある程度酔ってからは薄めたお酒を出しているみたいだ。潰れてへこんでいる父を母が必死に励ましている。
こうなったら、しばらくは話しかけられない。ぼくは空気の読める男なのだ。
あ、一応今日はスライムの皮を両親の寝室側の壁に貼り付けておこう。簡単にピタッとくっつくし、必要なくなったらペロッと剥がせる。でも、これで音はほとんど聞こえなくなるからな。まあ多少の振動は気になるか。この時期にしては季節外れの雨だったが、『竜の産卵期』とも呼ばれる嵐の季節には、とある理由で母さんがはしゃぐ。それによって発されるこちらが気まずくなる音を何とかするための秘策がスライムの皮なのだ。
スライムの皮は音を通さない。スライム自身も動いている音はほとんどないし、皮自体も分厚くて刃が通りにくく、体を刺せば酸の体液で金属を溶かされる。スライム自身に攻撃力はほとんどないとはいえ、気づけば植物や木の根を食い荒らす害獣でもある。スライムの心臓を叩き壊せば、最後のあがきとばかりに体液を飛び散らして破裂する。その時残るのがこのスライムの皮だ。体液にさえ気を付ければ子供でもスライムは狩る手段があるので、事故による子どもたちの怪我が絶えないことが大人たちの悩みなのだと村長の愚痴を盗み聞いているときに知った。
まあそんなスライムの皮だが、狩りに使うことはできないだろうか。スライムの皮靴を作れば、音に敏感な獣に見つからずに歩くことができるようになるかもしれない。多少のぬかるみでも滑らなくなるから雨が上がったすぐ後でも様子を見ることができるかもしれない。
そうと決まれば早速作ってみよう。革靴を一から作るのは自分じゃできないことなので、今使っている靴の底や側面に縫い付ければいいだろうか。
グニグニ
なかなかどうして難しい。スライムの皮は刃物が通りにくいことを忘れていた。縫い針じゃあスライムの皮に傷をつけることすらできない。少しべたべたとしているからといって物にくっつくほどべたついてるわけでもないから、何か他にくっつけるための材料が必要になりそうだ。
うーん、何がいいだろう…。
こういう時はこの村の薬師であるクク婆に聞いてみよう。物知りでいろんな植物や薬について知ってるからヒントが手に入るかもしれない。
クク婆は昔から村の端の古びた小屋に住んでいるしわしわの婆ちゃんだ。魔女みたいにも見えるが魔法を使えるなんて話は聞いたことがない。でも、薬のことなら何でも知ってる物知りなのだ。
年齢を聞くとレディに年を聞くとは何事だとすり鉢で頭を殴られるから知らないが、少なくとも父が子供のころには居たらしい。それも、今と変わらない姿で。父は不老長寿の薬を婆になってから飲んだのかもなと話していた。
「クク婆~!入ってもいい~?」
「ナッドのとこの息子だろ?いいよ、入りな」
許可をもらったので扉を開ける。刺激的な薬草の香りが鼻腔を突き抜ける。相変わらずすごいにおいのする小屋だ。
「珍しいね。ナッドのとこの坊主がここに来るのは。何の用だい?」
「クク婆のとこに子供が来ること自体珍しいでしょ。苦い薬を飲まされる時くらいしか連れてこられないんだから。今日はね、ちょっと教えてほしいことがあって」
話ながらスライムの皮と張り付けようと思っていた替えの靴を取り出す。
「最近になって狩りをしてみたいなと思ってて。でも根っからの狩人とか暗殺者みたいに秘蔵の技術みたいなのはないから、足音とかは消しきれなくて、スライムの皮で皮靴作ればいいかなと思ったけどうまくいかなくて、聞きに来た」
「ふむ。お前くらいの年なら狩人なんかに興味を持ってもおかしかないね。それに坊主は静かすぎると思ってたんだ。井戸周りのガキ共みたいに頭の痛くなるような大声一つあげやしないしね。
スライムの皮靴作ろうってのはいい発想だ。…まぁ大方ナッドが搾られてンだろう。それでいじってて思い付いたってことだろうね」
「すごい。分かるんだね」
「あんたの家はこの時期になると有名になるんだよ。『竜の産卵期にはナッドの家に子を近づけるな』ってな風にね。あんたのとこの母親にも言っといてくれないかい」
「考えとく。まあ無理だろうけどね。で、皮靴はどう?」
「そいつは簡単だよ。というか、なんで皮靴作ろうと思ってそれは思い付かないのか不思議だね」
「どういうこと?」
「あんたは家の壁にスライムの皮を付けようとしたんだろう?この辺りの村には火災なんかを防ぐために家にあれが塗られてるだろ。スライムの皮がくっつくのはあれがあるからってのはあんたも習っただろうに」
「あ」
ネッペムの体液か…
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