第20話 さらば与えられん
朝、早朝に目を覚まし軽い朝食を摂って、テレジアを教会に送り、仕事場の詰め所に行く。そして、一周2時間、一日四週の担当地区の巡回を行う。
挨拶や言葉かけの成果が出たのか、人々の方から声を掛けてくれる様にもなった。特にわしはこんなじじぃなので人に覚えてもらい易かった。また、街の治安を守る以外にも、迷子の親を捜したり、人々の相談に乗ったり、わしの様な年寄の話し相手になったり、時には夫婦喧嘩の仲裁や、迷子の子猫を捜したりもした。
その為か、人々はわしに頼ってくれるようになった。その人々の噂が詰め所にまで届いたのか、同僚たちの態度も、最初の侮蔑したようなものから、ちゃんとした同じ仕事をする仲間として見てもらえるようにもなった。とくに最初に回った若者は、色々と人生の相談事もしてくるようになった。
「じいさんよ、今、結婚を考えている女が、俺よりも金持ちの商人の息子に気があるみたいなんだが、どうしすればいい?」
「いや、どうしればいいと言われても、わしも結婚をしたのは一度だけじゃから教えられるほど詳しくないぞ」
どうして、わしにその話を相談しようと思ったのか分からん。
「でも、そのたった一度の結婚で、風来坊だったじいさんが貴族の御令嬢と結婚したんだろ? 何かうまいやり方があったんじゃないのか?」
なるほど、そう言う事か。わしはティアナと始めて出会った時から、結婚に至るまでの事を思い出す。
「わしが嫁のティアナと出会った時は、彼女は悪人に追われる身じゃった、それもそこらのチンピラではなく、国家ぐるみの悪人じゃ、その時、わしは全てを失いつつも彼女の手を引いて森や山の中を一か月近く逃げ回っておったんじゃ、ティアナは見捨てずに一緒にいたことに惚れてくれたのではないかのう…」
「なるほど、何かから彼女を守れば惚れてもらえるのか!」
微妙に意味を取り違えている様じゃが、まぁ、そんな所じゃろう。わしらの様な状況などそうそう起こるものでもない。
しかし、実際に起きてしまった。その日はわしは詰め所で待機する当番であったが、いつもならあの若者が帰ってくるはずの時間なのに中々帰ってこない。わしはその事に妙な胸騒ぎを感じておった。すると、顔見知りの市民が血相をかえてここに入ってくる。
「カイじいさん、大変だ! 若い衛兵さんが流れのチンピラどもに袋叩きになっているぞ!!」
「それは本当か!?」
わしは知らせてくれた市民の後を追手、その現場へと向かう。ここの担当地区の悪人どもはわしが苦労して捕まえたり、また生きる為に仕方なく犯罪に手を伸ばす者には話をして更正できるものは更正させ、酒やギャンブルの依存症になっている入るものは教会に頼んで治療を行い、悪人を減らしていった。
しかし、他所からこの地区にくるものはどうにもならん。こうしてこの地区に来て悪事を働くものもいる。今回のチンピラもその類であろう。
「カイじいさん! あそこだ!」
「分かった!」
わしはすぐさま警笛をならす。辺りに警笛の音が鳴り響く。
「やべぇ!! 応援が来やがった! ずらかるぞ!!」
チンピラどもはわしの警笛の音に蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す。その後には、家と家の間の隙間を守る様に立ちふさがっておった同僚の若者の姿があった。
「大丈夫か!?」
わしはすぐさま同僚の若者の所へ駆け寄る。
「なんで、すぐに警笛を使わんかったんじゃ!!」
わしはボロボロになって顔をはらした若者に問い詰める。
「だ、だって…俺一人の力で…彼女を守りたくて…」
そう言って、若者が気を失って倒れると、その後ろには震えて蒼い顔をしている若い娘さんの姿があった。なるほど、話が見えてきた。こやつは恋人にいい格好を見せたくて一人で頑張っておった訳か…
「娘さん、怪我はないか? あるのなら、コイツと共に治療院に行くがどう…」
「馬鹿!!!」
わしが言い終わる前に娘さんが叫び、倒れた若者にしがみ付く。
「私が助かっても、貴方が怪我したり、死んだりしたらだめじゃないの!!」
「娘さん、こいつを治療院に運ぶのを手伝ってもらえるか?」
「はい! 是非とも!」
娘さんは勢いよく答えた。
若者よ、無事に意識を取り戻せよ、お前さんの望みはもう叶っておるのじゃ…
治療院で診察してもらった結果、ただの痛みによる失神で、命には別条がないそうである。良かったと思う。
「さて、わしは詰め所にもどらにゃならん、娘さんや、こやつの側におってもらえんかの」
「はい、喜んで側にいさせてもらいます…」
わしは詰め所に戻り、所長に事の次第を報告し、仕事の終わりの時間になる。
わしは、テレジアを向かいに行く前に、カナビスの所に痛み止めの薬を買いに行く。
「おぅ、カイちゃんじゃねぇか、今日は一人かい?」
「あぁ、同僚が怪我したのでのう、痛み止めの薬でも渡してやろうと思ってな」
今までカナビスは隠居して娘に店を任せていたが、最近は店頭に立つようになっている。
「カイちゃん、そう言えば噂話をきいたぜ」
カナビスは痛み止めの薬を用意しながら話す。
「なんの話じゃ?」
「なんの話って、貴族のぼんぼんたちに、あのハギスを食わせたっていうんだろ? ひでぇ事をするなぁ~」
ハギスを食わせたと言うと、森での生存術の講習の事か…
「何を言うんじゃ、お前だって、わしと一緒に冒険していた時は流し込むように喰っておったじゃろ」
「いや、あの時は他に食い物がねぇんで、仕方なく、味わないように、呑み込んでいたんだよ! 俺だってハギスを出された時は、済まないがカイちゃんに殺意をおぼえたぐらいだぜ」
笑いながらカナビスはそう言って、薬を差し出す。
「カナビスもそうじゃったのか… もしかすると、ティアナも同じように考えておったのかのう…」
「カイちゃん… よくそれで離婚されなかったな…」
カナビスは金を受け取りながら真顔で言った。
わしはカナビスの店を出て、診療所に向かい、若者をまだ見ている娘さんに薬を渡す。これなら二人は大丈夫そうじゃ。
わしはそうそうに診療所を立ち去り、今度は教会へテレジアを迎えに行く。
「こんにちは、カイさん、お迎えですね?」
院長のシスターがわしの姿を見つけて声をかけてくる。
「あぁ、そうじゃ、今日もまた、テレジアが来るまで礼拝堂で祈らせてもらってもよいかの?」
「どうぞどうぞ、神の御前はいつでも開かれております」
わしは院長のシスターに頭を下げて礼拝堂の奥へと進む。そして、いつも通りにテレジアの幸せを祈る。そして、祈り終わって立ち上がるとふいに声を掛けられる。
「あの…カイさん?」
「はい?」
そこには院長シスターと、他のシスターたちよりも垢ぬけた感じのシスターがおった。彼女もこの礼拝堂でなんどか顔を見たことのあるシスターじゃ。
「カイさん、前にテレジアさんの教育の事でお悩みになっておられましたよね?」
院長シスターが話す。
「はい、普通の読み書きはここで教えてもらえますが、テレジアの将来の事となると、貴族の勉強をどう教えようかと…」
わしもある程度は知っておるが、人に教えられるものではない。生半可な教え方ではテレジアが笑いものになってしまう。
「その事で、シスタージェシカがカイさんにお話があるそうです」
そう言って、垢ぬけた感じのシスターが前に進み出る。
「お孫さんからお話を伺ったのですが、お孫さんは貴族の子弟とのご婚約をなさっているのは本当ですか?」
「そうですじゃ、わしも老い先短い身、孫娘の事が心配で、古い友人の貴族に頼み込みましてのう…」
しかし、シスターがなぜそんな事を聞いてくるのじゃろうかと不思議に思った。
「実は私は、この教会に入る前はとある貴族の娘でございました…」
シスターはいきなり身の上話を始めた。
「しかし、私の家は没落して、当時、婚約していた方から婚約破棄を言い渡され、世を儚んだ私はこうして教会に入りシスターになる事を決めました。しかし、貴族と結婚することの教育しかしてこなかった私は、ここではろくに仕事をする事が出来ませんでした。そこにお孫さんの話を聞いたのです。私の果せなかった思いを、代わりにお孫さんで果してもらえないでしょうか?」
「つまり、シスタージェシカさんが、娘に貴族の礼儀作法や習慣を教えて下さるということなのですか?」
「はい、私も誰かの為になりたいのです…」
ありがたい…本当にありがたい事じゃ…
求めよさらば与えられんの言葉通り、神はちゃんとわしらの事を見て、道を示して下さっておるのじゃ…
道を示してもらった後は、その道を進むだけじゃ。
「こちらこそよろしくお願い致します…」
わしはシスタージェシカに深々と頭を下げた。
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