第18話 居場所
わしらは不動産屋に案内されながら、購入した物件へと向かう。
「とりあえず、中は何も手つかずの状態だ。もし、中を見たうえでダメなら断ってもいいぜ」
不動産屋のニックはそう述べる。わしはゴクリと唾を呑み込みながら頷く。
「ここだ、この家だ」
ニックは一件の家を指し示す。道に面する幅が3メーター程しかない狭い家である。しかし、その狭い幅でも生かす様に縦には三階建てぐらいの高さはある。外壁は至る所の土壁が剥がれており、見た目だけでも価格の安さが分かるぐらいだ。
「なるほどな、安いわけじゃ」
「いやいや、外の見た目の悪さだけなら、あの値段にはならないよ。問題は中だ」
そういって、ニックが扉を開けると、その途端に何とも言えない悪臭が広がる。
「うわぁ!」
思わず、カナビスが声を漏らす。
「中は一家心中した家族の遺体だけを片づけただけだ、自殺する前に生活も相当荒れていたみたいだ」
「と、とりあえず…中を確認するか…」
わしは臭いを嗅がないように、出来るだけ口で息をする。
「なら、最初に一番酷い、一階の奥を見ておくんだな、そこで家族が首を吊った場所だ。嬢ちゃんは俺が見といてやる」
ニックとテレジアは玄関に留まり、わしとカナビスで階段の横を抜け、一階の奥へと進んでいく。
「カイちゃん、これはヤバい臭いだよ…」
カナビスが鼻を摘みながら言ってくるのを無言で受け流しながら、奥の扉を開く。するとそこは厨房になっている様で、天井からは何本の縄がぶら下っており、その下あたりに首を吊った人間の垂れ流したものがそのままになっていた。
「これはもうダメだよ! カイちゃん! 他の所を探そう!」
口で息をしていても猛烈な悪臭がわしを襲う。わしはそれでも部屋の奥へと進み、窓を開け放つ。
「暫く、窓を開け放って臭いを外に出さんといかんな」
「えぇ~まだ、諦めねぇって言うのかよ…」
わしら、そのあと玄関に戻り、ニックとテレジアに合流する。
「どうだったよ、酷でぇだろ?」
「あぁ、臭いを消すのに時間が掛かりそうだな」
わしの言葉にニックは片眉上げて目を丸くする。
「諦めてねぇのがすげーな。じゃあ、次は二階と三階にいくか」
わしらは階段を登り二階へと進む。所々、踏み板が痛んでおり踏み抜きそうになる所がある。そして、二階の最初の部屋はどうやら居間のようで、前の住民の家具が残っており、汚く散らかっている。
「ここも酷いだろ?」
「いや、一階を見たからかなりマシに見えるぞ、汚いが掃除すればなんとかなるじゃろ。椅子もテーブルもそのまま使えそうじゃ」
「じゃあ、三階も見てみるか」
そしてわしらは三階に向かう。三階は二部屋あり、共に寝室になっている様である。一つ一つ部屋を見ていくが、ベッドはあるものの布団などは汚くボロボロになっている。
「なるほど、こんなものか…」
「カイちゃん、これは人が住める家じゃねぇよ、汚すぎるよ」
「なに、掃除すれば大丈夫じゃ。しかし、今日、ここで寝るのは無理じゃな、今日は宿に戻って、明日仕事が終わってから掃除を始めるかのう」
そんなわけで、ニックから家の鍵を受け取ったわしらはそこで解散し、わしは宿に戻る事となった。
そして、翌日。わしは早朝にテレジアをカナビスの所に預かってもらい、初出勤の為にこの地区の詰め所へと向かう。しかし、昨日は感じなかった違和感を今日は感じる。最初はその違和感が何なのか分からなかったが、どうやらわしは侮られ蔑まれているようだ。
確かにここにいる衛兵はどいつも若くて逞しい物ばかり、こんな棺桶に片足を突っ込んだ老人が同僚として来ては、自分たちが軽んじられて、仕事に対する誇りを穢されたようなものに感じるのもおかしくはない。
なので、人生においてはわしの方が先輩ではあるが、この仕事については彼らの方が先輩である。また、人間関係のもめ事を起こさない為にも、彼らを先輩とし敬意をもって接するようにした。
「今日から着任いたしましたカイであります! よろしくお願いします!」
わしはビシッと敬礼して挨拶をする。
「俺らは市民を助ける側の人間だ、市民に助けられるような様になるんじゃないぞ」
のっけに窘められるが、わしは顔に不快感を出さないようにぐっと我慢する。
「初日だから、今日は二人で回ってもらう、年寄だろうが先輩のいう事を聞くように」
「はい! 分かりましたであります!」
そうして、わしが来るまでは一番新人だった者と一緒に担当地区を回る事となった。
「俺の足をひっぱるなよ、歩けなくなった時はそのまま置き去りにして、皆には途中でやめたって言うからな」
その言葉通り、その男は結構な速足で担当区域を巡回していく。しかし、わしも年老いてはいるが、13歳の頃から徒歩であちこちを回り、仕事をしていた時も、背負子で大荷物を担ぎながら村々を回っていた、ティアナと結婚してからは馬に乗る事もあったが、自分の足で歩き回る事も多かった。だから、男の歩幅についていくことは容易じゃった。
「っち、ちゃんとついてくるのかよ… ほら、あそこで脱輪している荷馬車がいるから、じいさん、行って助けてやれ」
これはわしに対するいじめのような物と思われるが、わしは二つ返事で荷馬車の所へ助けに行く。
「手伝いますじゃ」
「あ、ありがとうございます…って、じいさん大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫じゃ」
御者は老人のわしの姿を見て驚いたが、わしはそんな事は気にせず。道の窪みにはまった車輪側を持ち上げようとする。正面から持ち上げようとすれば、腰を痛める可能性が高いので、背中を荷馬車に当て、背中押すような形で足を踏ん張る。
「車輪がでました! ありがとうございます!」
「いえいえ、これしきの事、衛兵として当然ですじゃ」
そう言って御者は礼を述べて荷馬車を動かして去っていく。
「じいさん、なかなかやるじゃないか、じゃあ次に行くぞ」
こうして、今日の巡回を終える事ができた。
「明日からは一人で回ってもらうが、手を抜くんじゃねぇぞ」
最後にそう言われて、わしはその日の仕事を終えて、カナビスの所へテレジアを迎えにいった。
「じぃじ、おかえりー」
「カイちゃん、お帰り大変だったろ?」
「いや、背負子で行商をしていた時と比べたらかわいいものじゃ」
そう言って、カナビスの姿を見ると、掃除用具と動きやすい服装をしていた。
「掃除用具ぐらい、引っ越し祝いとしてプレゼントさせてもらうよ、後、わしは隠居で時間はあるから掃除も手伝うよ」
「じぃじ、私も掃除手伝う!」
「すまねぇな、二人とも」
何から何まで、色々と手助けしてくれてカナビスには頭が上がらない。
「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせて、今日は新居で眠れるようにするか」
そうして、わしらは購入した家へと向かう。カナビスの家から5分ほどの距離だ。
「昨日、家を出る前に、窓を開けておいたから臭いはマシになっているな」
玄関を開けると一階の奥のあの匂いがまだ漂ってくる。
「じゃあ、二人でちゃちゃっとやっちまうか、カイちゃん」
「流石にここまで手を貸してもらった友人に、汚物の始末までさせられんよ。カナビスはすまないが、テレジアと二階の居間を掃除してくれ、一人にさせるのは不安だからな」
「いいのかい? やっぱり手が欲しい時はすぐに言うんだぞ」
そうして、わしらは二手に別れて家の掃除を始める。一階奥の首吊りのあった場所はわしが行い、カナビスとテレジアは二階の居間だ。
わしはチリトリを使って汚物をすくってトイレに流す。流石、帝都じゃ、現代日本までとは言わないが、古代ローマよりはマシな下水道が整備されている。
あらかたすくえたら、今度はバケツで水を流しながら、デッキブラシで擦っていく。そして、汚れた水をまたチリトリですくってバケツにいれ、トイレに流すを繰り返した。
その作業を一時間ほど繰り返すと、部屋に染みついた臭いはまだ微かに残っているが、汚れは落とすことが出来た。
「カイちゃん、とりあえず居間の掃除は終わったよ、一服しないか?」
二階のカナビスから声が掛かる。
「分かったすぐ行く」
二階の居間に行くとあれほど散らかっていた部屋の中がすっきりしていてテーブルと椅子を残して片付いている。
「かなりすっきりしたな、ゴミとはどうしたんだよ」
「あぁ、そこの暖炉にくべて燃やしてやったよ」
「じぃじ、わたしも頑張ったよ」
「なるほど、すぐに燃やせるなら片付けも楽だな」
笑いながら部屋を見渡すと、部屋の隅に火鉢が残っていた。
「これ、使えるのな」
「あぁ、炭もまだ残っていたぞ」
わしは暖炉から火を移して火鉢を付ける。そして、持ってきていたリックの中からポットを取り出す。
「えぇ~!? そのポットまだ使ってたのかい!? 俺たちが冒険を始める時にかったものじゃねぇか!?」
カナビスはポットを見て、目を丸くして驚く。
「あぁ、あの時は道具屋の親父に高いものを買わされたとぼやいておったが、親父の言葉に間違いはなかったわい」
そうして、ポットに水を汲み火にかける。
「いやぁ~懐かしいなぁ~ このポットで何回お茶を飲んだことやら…」
「茶葉もそこらで売っている物じゃなくて、よく森の中でとって乾かしたものじゃぞ」
そういって、木製のマグカップも並べていく。
「そのマグカップもまだ使っていたのかよ、良く持っていたな」
「良く持っていたというか…わしにはこれらしか残らんかったな…でも、これらはわしらの原点じゃ…捨てられんよ」
そこでポットがピーっと音を鳴らす。
「さぁ、懐かしいお茶を飲むとするか」
わしらは懐かしさを感じながらお茶を飲み、その後も残りの三階の掃除を続けた。そして、何とか夕方までに、寝泊りできるぐらいの掃除をする事が出来た。
「ありがとうよ、カナビス、これでこの家で暮らすことができる」
「なに、構わないよ、懐かしいものを見せてもらったしな、それより、掃除で身体も汚れたし、風呂でもいくか?」
「おぉ、いいな、流石帝都、大衆浴場まであるのか」
「あぁ、なんでも初代皇帝が無類の風呂好きだったらしいからな、公営で作らせていったそうじゃぞ」
「しかし、テレジアはどうしようかのぅ…」
まだ六歳、されど六歳、わしらと一緒に男湯に連れて行ってもよいものであろうか?
「あぁ、それならうちの娘の誘って娘に任せるから大丈夫じゃよ」
「それはありがてぇ、では、気兼ねなく風呂に浸かれるな」
こうしてわしらは、カナビスの娘も誘って風呂屋に向かったのであった。
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