第17話 仕事

 翌朝、テレジアをカナビスの店に預け、わしは約束の帝国法務局へと向かう。受付に向かうと別の講習室へと案内される。そこには昨日わしにこの仕事を紹介したトーヤ殿がいた。彼が今日一日、仕事について説明してくれるとの事だった。


 仕事の内容は、担当地区を巡回し、異常や問題がある場合、個人で対処できることは個人で対処し、出来ない場合は支給された警笛をならして近辺に警戒を促し、本部に連絡するとの事であった。その支給された警笛は普通の笛にしか見えんが、魔法によって、本部に問題地点の場所が分かるようになっているそうだ。


 また、犯罪行為などを発見し、犯罪者を捕縛した場合などや、負傷者がいる場合もこの警笛を使って、本部に連絡できるらしい。つまり、わしの仕事は街を回って、異常を発見し、本隊が来るまでの時間稼ぎをする事が務めのようだ。


「では、カイ殿には、この地区を担当して頂きます」


 トーヤ殿が示したのは、カナビスの薬屋がある地区であった。これは偶然ではなく、彼がわしに配慮して選んでくれたものであろう。


「では、実際、2周ほど回って見ますか」


 そういって、わしとトーヤ殿は実際の地区を回ることになる。わしは制服を支給されてそれに着替える。装備は一応、剣と縦、あと兜と胸鎧が支給された。


「大体1周2時間ほどで回ってもらって、その地区の詰め所に戻り、その都度、地区の状況意を報告してもらいます。これを一日4回繰り返してもらいます」


 二人で地区を歩きながら、トーヤが説明する。


「なるほど、一日4回8時間というわけじゃな? して、時間帯などあるのかのう?」


「はい、6時から14時、14時から22時、22時から翌6時までの三交代制になっております。また週6日で、6日のうち2日は詰め所での待機となります」


 意外とホワイトな内容の勤務時間である。前世の日本ではその倍の時間は拘束される日が多かった。やはりどこの世界でも公務員というものは優遇されておるのかもしれん。


 しかし、こうして担当地区を回って見ると、わしの担当地区は帝都の中でも下町のようであった。入り組んだ細い道が多く、道の上にはロープが張られて洗濯物が干してある。また、子供たちが小道から群れをなして飛び出してくることもある。


 そんな日本の昭和時代の古き良き風景の様なところもあれば、道端で座り込んで酒を煽る男がいるようなスラムの様な所もある。


「この辺りは酔っぱらいが問題を起こす事や、喧嘩、怪しい薬の売買、たまに殺人なども発生しますので気を付けてください」


 わしは気を引き締める様に頷いて答える。確かに時間的に楽で、親方、帝国の仕事じゃ、本来なら引く手あまたであろう。しかし、わしがこの仕事に滑り込めたのは、こういうことなのであろう。前任者がどうなったかは聞くまででもない。


 途中、わしが担当する地区の詰め所も案内してもらい、そこの同僚になる人々に紹介してもらう。また2周回ったところで、法務局にもどり、こうして、わしらは実地の演習を終えた。


「仕事の説明は以上です。後はお渡しした手引きを何度も読んで確認してください。何かご質問はございますか?」


「今のところは…後はその都度、詰所の同僚たちに尋ねればよいかの」


 わしは手引きをパラパラと目を通しながら答える。


「あと、給金の事についてですが、月末払いとなっております。それまで大丈夫ですか?」


 わしはその言葉にビクリと肩を震わす。忘れておった、こんな仕事が日払いで金が貰えるはずがなかった。わしは財布の中身を思い出す。


「も、問題ない…大丈夫じゃ…」


「わかりました。私は普段、法務局の憲兵詰め所におりますので、何か困った時はそこへ尋ねて来てください」


 トーヤ殿はわしの胸の内と財布の中身を見透かしたような言葉を残しながら立ち去って行った。


 わしはふぅと胸を撫でおろす。 


「流石に、仕事を用立ててもらって、尚且つ金まで借りる事は出来んな…しかし、何か手立てを考えんとな…」


 わしは、着替えをすませ、テレジアを迎えに行くためにカナビスの店へと向かった。


「今帰ってきたぞ」


「おぉ、カイちゃん、おかえり」


「じぃじ! おかえり!」


 無精ひげを剃ったカナビスと笑顔のテレジアが出迎えてくれる。


「テレジアや、良い子にしておったか?」


「うん! テレジア、いい子にしてたよ」


「で、仕事はどうじゃったんだ?」


「仕事の方は問題ない、だが給料の支払いが月末でのぅ…」


 わしはテレジアを抱きかかえながら答える。


「あぁ、月末か…カイちゃん、それまで金は大丈夫なのか?」


「無いと言えばないが、あると言えばある。それよりも宿をどうするかじゃが…いっそ宿を引き払って、この辺りに借家でも借りようかのう…カナビス、どこか良い所をしらんか?」


「えっ!? カイちゃん、家を借りるのかい? なら、不動産屋に知り合いがいるからそこに行ってみるか」


 わしはカナビスに案内されて近くの不動産屋に行く事になった。 


「よう、ニック邪魔するぜ」


「おう、カナビス久しぶりじゃねぇか、どうしたんだ?」


 カナビスは店に入ると店主に気さくに話しかける。


「俺の古い大親友が住むところを捜しているって言うんで、連れて来たんだ」


「へぇ~そうなんだ、で、お客さん、どの様な物件をお捜して?」


 店主はわしに視線を向けて尋ねてくる。


「兎に角安い所じゃ、今は雨風が凌げればいい、一番安いので良い」


 しばらくはそこで凌いで、金が溜まれば引っ越しをすれば良い、今は我慢じゃ。


「カイちゃん、一番安いって言ったって、テレジアちゃんもいるんだろ?」


「そっちのお嬢ちゃんもいるんじゃ、一番安い所はお勧めできねぇな…」


「しかし、あまり持ち合わせがなくてのう…」


 わしの言葉に店主はふぅと息をはく。


「しかたねぇな、あまりお勧めはしないがこれならどうだ?」


 そういって一枚の物件を記した紙を出す。


「おい! ニックこれってあそこなんじゃないのか?」


「あぁ、安くてちっちゃなお嬢ちゃんも一緒に住めるとなったらここしかねぇな」


 わしも書類を覗き込んで内容を確認していく。


「ちょっと待ってくれ、わしは一番安いのといったはずじゃが、これは高くないか?」


「いや、その金額で間違いねぇよ、ただ、それは月々の家賃じゃなくて、家の販売価格だ」


「えっ? 販売価格?」


 最初はどこか屋敷の家賃のような金額だと思っていたが、家の販売価格というなら一桁少ない価格であった。


「よし! ここに決めるぞ!」


 わしは即座に決定する。


「やめろよ、カイちゃん! そこはダメだって!」


「なんでダメなんじゃ? お前の所も近いからスラムではないじゃろ?」


「いや、そこの家はつい先日、一家心中をした家なんだよ…なんでも出るって噂の…」


 なるほど、所謂事故物件という物だったのか。道理で安いはずじゃ。しかし、今の懐具合や、これからテレジアが成人するまで、別の部屋を借りる事を思うと、これしか選択肢がないように思えた。


「いや、ここでいい…」


「カイちゃん…」


「店主よ、すぐに金を作ってくる! それまで他に売るんじゃないぞ! カナビス、古物の買取をしている所も案内してくれ」


「分かったよ、カイちゃん」


 わしはカナビスを急かせて古物商の所へと向かう。


「いらっしゃい、何の御用で?」


「買取をお願いしたいのじゃ」


 わしはそう言って、左手に嵌めていた指輪を外す。


「ちょっと待て! カイちゃん! それはいけねぇ!」


 とっさにカナビスが声を上げる。


「良いんじゃ…今はこうするしかないじゃ…」


「だってよぉ、それは、カイちゃんの嫁さんのティアナさんとの結婚指輪じゃねぇのかよ!」


 カナビスの言う通り、わしはティアナとの結婚指輪を売り払おうとしておった。貴族の結婚指輪だから、普通の指輪よりかは値段がつくはずだ。


「ティアナだって分かってくれるはずじゃ…」


「すまねぇ…カイちゃん、俺が金持っていたら貸してやれるんだが…今は娘が仕切っているんでな… 本当にすまねぇ…」


「いや、カナビスはわしに不動産屋やこの古物商を紹介してくれた。仕事だって、カナビスの店で紹介してもらえたんだ。それだけでもわしはありがたい…感謝しておるんじゃよ」


 こうして、わしはティアナとの結婚指輪を売り払い、懐中時計を売った金の残りを合わせて、何とか家の購入資金を手に入れた。





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