第16話 求めよ
わしらが宿に戻って一日と経たず、アスラーから手紙を執事が携えて持ってきた。わしは急いで封を切り、中の手紙を確認する。
「なんと! アスラーがテレジアの婚約を認めてくれたぞ! しかも、相手は跡継ぎの長男のウルグじゃと?」
わしは鬱積していた胸の内の靄が一気に吹き飛び、踊り出したい気分であった。
「喜べ! テレジアよ! 将来、ウリクリ家のウルグ君がお前を、お嫁さんにしてくれるそうじゃぞ!!」
「えっ? 私がウルグのお嫁さんになるの?」
テレジアは瞳をパチパチと瞬かせる。しかし、すぐに頬を赤らめる。
「やはりアスラーは昔の通りの信頼の置ける男じゃった… ちゃんと友情を覚えていて、わしの期待以上に友情に応えてくれた… なんとも嬉しい事じゃ!」
手紙の内容に、はしゃぐわしの姿を見て、手紙の内容を知らなかった執事が狼狽える。
「ウルグ様はいずれウリクリ家の当主となられる御方、その手紙の内容は本当なのですか!? 」
「本当じゃとも、ほれ! この手紙を見てみぃ!」
そう言って執事に手紙を突き出す。
「ほ、本当だ…ウルグ様と書いてある…」
執事はわなわなと震えて手紙を見ていたが、はっと気が付いたように、姿勢を正してわしに頭を下げる。
「先程は大変失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした… カイ様がアスラー様にとってこれ程大切なご友人とは存じ上げませんでした」
執事はあの部屋で、有無を言わさず退出させた事を詫びているのだろう。
「いやなに、構わんよ、お前さんは忠実に職務を遂行したまでじゃ、それよりアスラーに礼を言っておいてくれんか」
「ははっ、確かに承りました…」
執事は恭しく一礼すると宿をでてウリクリ家の館へ戻っていく。
「アスラーは男の約束を果してくれた、その友情に報いるためにも今度はわしが約束を果す番じゃ!」
わしはテレジアを見る。
テレジアはたった一人残ったわしの可愛い孫娘だ。わしの力の及ぶ限り、何不自由なくさせてやりたい。でも、それではダメじゃ。犬猫のように飯を食わせてただ大きくすれば良い物ではない。人として、貴族として、ウリクリ家の嫁として、アスラーの友情に応える為に、一人前の立派な人間に育て上げなくてはならない。
「テレジアよ」
「なぁに? じぃじ」
「ウルグ君の事は好きか?」
わしの言葉にテレジアは顔を赤くして少しはにかむ。
「うん、かっこよくて優しいから、多分、好きだと思う…」
うんうん、やはり小さくても女の子じゃ、ちゃんとよい男を見る目がある。
「ウルグ君のお嫁さんになることは嫌じゃないな?」
「良く分かんないけど、一緒にいるのは嫌じゃない」
「しかし、一緒にいて幸せになるには、色々と勉強しなくてはならんが、出来るか?テレジアよ」
テレジアは顔をあげる。
「うん! じぃじ、私、頑張るっ!!」
テレジアはくりくりの瞳を輝かせて応える。
「よしよし、いい子だ、テレジア」
わしはテレジアの頭を撫でてやる。
テレジアの意思は確認した。次はわしの番じゃ。テレジアを喰わせて、教育をうけさせるには金を稼がなにゃならん。どうすれば金が稼げる、わしには何ができる。そこでわしはカナビスの事を思い出す。
「確かカナビスはこの帝都で、薬屋をやっていたはずじゃ、森や山で薬草を採取してカナビスの所に持っていけば金になるやもしれん!」
わしは鼻息を荒くして、カナビスの薬屋へと向かう。
「カナビス! カナビスはおるか!?」
わしは店に入るなり、まばらに人のいる店内に大声をあげる。
「えっ? もしかしてカイさんですか?」
カウンターいた女性が目を丸くする。
「そうじゃ、カイじゃ! それよりカナビスはどこじゃ!?」
「ちょ、ちょっとお待ちください… お父さん! お父さん!! カイさんいらっしゃったわよ!!」
女性が戸惑いながら、店の奥の二階に続く階段に向かって声を上げる。
「えっ!? カイ? カイちゃんが来たのかい!?」
二階から声が響き、騒がしい足音を立てながら、無精ひげを生やし、だらしない恰好をしたカナビスが現れる。
「うわっ! 本当にカイちゃんじゃないか! 久しぶりだなぁ~ 一体、どうしたっていうんだ?」
カナビスもわしの様に年老いて、よれよれのじじいになっていたが、驚いた時の表情は昔のままのカナビスであった。わしはその姿に感慨深い思いが込みあがってきたが、ぐっと堪える。今は昔話をしている場合ではない。金の話、仕事の話が先じゃ。
「カナビス、お前んところは薬を作っておるじゃろ? だから薬草が必要じゃろ? なんの薬草が必要じゃ? なんの薬草なら高く買い取ってくれる!? さぁ! 言ってみぃ!」
「ちょ! ちょっとまってくれ! 久しぶりに姿を見たと思ったら、突然、何を言い出すんだよ!カイちゃん」
本当に久しぶりに姿を現して、突然捲し立てるわしに、カナビスは戸惑う。
「まぁ…その…なんじゃ、色々あって、わしと孫娘と二人きりになってしもたのじゃ、だから、生活するための金が必要なんじゃ!」
「えぇ!? カイちゃん、お貴族様になったんじゃなかったのかい? それがどうしてそんな事になってんだよ!? 詳しく話してくれよ、俺とお前の仲じゃないか!」
カナビスは目をひん剥いて驚きを表す。
「…じゃあ、手短に説明するが…」
わしは今まで起きたことを掻い摘んでカナビスに説明する。カナビスは時に怒り、時に涙ぐみながらわしの話を熱心に聞いてくれた。
「大変だったな…カイちゃん… しかしひでぇ奴もいたもんだな、そのトビアスって奴は…、それに引き換えアスラーはいい奴だな~、長男の長男をテレジアちゃんの婚約相手にしてくれたんだろ? しかし、血の通った親族よりも、赤の他人の方が頼りになるって、世の中も分かんねぇものだな…」
「アスラーもわしらと一緒にいた時は、兄弟で揉めていたんだっけな、貴族ってそんなものなのかも知れねぇな…」
だからアスラーも間抜けなおぼっちゃんから、気を張り詰めた感じになっていたのだろう。そう考えると、わしの警戒心がなかったのが原因なのか…
わしはティアナと結婚し、アドリー家で生きてきたが、結局、貴族にはなれなかったのだ。
「そんな、ことよりもどうなんじゃ? なんの薬草をとってくればよい? いくらぐらいになる?」
「待ってくれ、カイちゃん、わしはもう隠居していて店の事は娘に任せてんだ。それに薬の材料だって、今では市場で仕入れてんだよ、足りてない材料なんてねぇんだ… すまねぇな…カイちゃんの力になれなくてよ…」
そう言って、カナビスは申し訳なさそうに項垂れる。
「ちょっと、よろしいですか?」
気落ちして項垂れているわしらに、店の中にいた客の一人が声を掛けてきた。
「あの、貴方はアドリー家のカイ様でよろしいですよね?」
黒髪の身なりの整った青年じゃった。
「あぁ、そうじゃが、あんたは?」
「申し遅れました、私は以前、カイ様の森での生存術の講習を受けさせていただいたものです。名はトーヤ・レル・ディアン・パカラナと申します。今は帝国法務省所属、憲兵3等准騎士をしております」
そう言われれば見たことのあるような青年だった。
「それで、その憲兵さんがわしになんの用じゃ?」
「差し出がましいですが、お仕事をお探しの様ですので、よろしければ街の衛兵の枠がございますので、如何かと思いまして」
「街の衛兵ってことは、巡回しているおまわりさんって奴かい?」
渡りに船とはこの事じゃ! しかも衛兵のおまわりさんという事は、日本で言う所の公務員じゃねぇか!!!
「やる!! やるぞ!!!」
わしは鼻息を荒くしてすぐさま声を上げる。
「分かりました、では明日の8時に帝国法務省憲兵課までお越しいただけますか?」
「分かった!! 行く! 必ず行く!!」
「では、お待ちしております。すみません、この夜尿症の薬を…私のものではなく、妹のものなので…」
青年は薬を買うと、店を後にした。
「よかったじゃねぇか! カイちゃん! こんなうまい感じに仕事が見つかるなんてよ、しかも親方、帝国だぜ? 薬草採取みたいなケチな仕事じゃなくて安定収入が見込めるじゃねぇか」
カナビスは自分の事のように喜んでくれる。
「あぁ、折角の好条件の仕事じゃ、首にならんように頑張らねばならんの」
「実はよう、例え仕入れの仕事があったとしてもカイちゃんには紹介する気はなかったんだ…」
カナビスはぽつりと言う。
「なんでじゃ?」
「だってよぅ…」
そう言ってカナビスは、店の中で色々な薬を眺めているテレジアを見る。
「あんな小せい孫娘がいるっていうのに、危険な森の中での採取なんて頼めねぇよ… それに俺らもいい年なんだぜ?」
「確かにそうじゃったな… すまんの、カナビスよ」
「それより、明日から行くんだろ? お嬢ちゃんはうちで預かるから、朝行く前に立ち寄ってくれや」
「すまんのう、何から何まで…」
「いいって事よ、アスラーだけにいい顔はさせられねぇからな」
カナビスは笑顔でそう言ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます