第14話 託す思い
アスラーを乗せた馬車は先に敷地内に進んでいき、わしらは徒歩で館の玄関へと進んでいくことなる。その時、門番が悔しそうな顔をしているかと思ったが、意外にも無表情を通していた。
わしらは庭園が取り囲む館までの道を歩いたが、流石公爵家だけあって、庭園も良く管理された素晴らしいものである。手前には低めの花々が活けられ、奥になるほど植えられる植物が高くなっていき、立体的に目に映るようにしている。
そんな風景を眺めながら玄関まで辿り着くと、すでにアスラーは馬車からおりており、家の執事と打ち合わせしておった。
わしがアスラーに話しかけようと近寄ると、別の執事がその間に割って入る。
「アスラー様はお忙しい身です。報告が終わるまでお待ちください」
そう言って、目の前におるのに話しかけるのを止められる。しかし、アスラーは本当に偉くなったものじゃ、わしらと一緒にいた時には、いつもこちらに次に何をすれば良いのか聞いて来とったというのに、今ではこちらが話しかけるのを待たねばならん。
「待たせたな、カイ殿、少し時間がとれそうだ…」
執事の報告が終わったアスラーは、顔をこちらに向けてそう言って、チラリとテレジアを見る。
「ウルグ! ウルグはおるか!!」
アスラーは庭園に向かって声を上げる。
「はい! お爺様! ウルグはここにおります!」
そういって、庭園の繁みの向こうから、木剣をもった、テレジアと同い年ぐらいの少年が現れる。
「ウルグ、私はこれからこの御仁と大人の話がある。お前はこの娘さんの相手をしていなさい」
「分かりました、お爺様! さぁ、あっちへ行こう! 綺麗なお花畑があるよ」
そう言って少年はテレジアの手を引いていく。わしはいきなりテレジアが連れていかれるので心配したが、少年は躾が行き届いている様なので、とりあえずはテレジアを任せる事にする。
「では、こちらへ」
アスラーは既に館の中に入っており、わしは執事に案内されていく。
「こちらの部屋でアスラー様がお待ちでございます」
わしはアスラーの執務室へと通される。アスラーは執務室の奥にある席に深く腰を降ろし、わしは、その前のちょこんと置かれた椅子に腰を降ろす様に促される。
「尚、アスラー様はお忙しい身なので、面会時間は5分となっております」
「なっ!?」
わしは『なんだと!?』と声を上げそうになったが、ぐっと堪える。小さな侯爵家であったアドリー家でも数万の領民を抱えていた。ウリクリのような公爵家となると桁が異なる領民を抱えている事であろう。よってしなければならない事が多いはず。だから、五分と言えどもわしに貴重な時間を割いてくれた事を良しとしよう。
「カイ殿…」
アスラーの方から声を掛けてきた。
「時間が無いので端的に進めていこう。私は、アドリー家とカイ殿とテレジア嬢に何が起きたのかを既に知っている」
わしはその言葉に目が丸くなる。
「その上で、私やこのウリクリ家にどのような御用で参られたのかを、端的に仰っていただきたい」
アスラーは昔の様な、気の抜けたお坊ちゃんの顔ではなく、公爵家の当主に相応しい、重々しくも威厳ある顔をしていた。
「知っての通り、わしとテレジアは弟のトビアスに騙されて、金も住むところも失った」
わしは恥を耐え忍び、頭を項垂れながら告げる。
「それで?」
重い口調のアスラーが話の続きを促す。
「だが、テレジアのアドリー家の当主の身分だけは法によって守られた」
「それで?」
アスラーはゆっくりと相槌を打っているのに、わしは急かされた気分になってくる。
「テレジアは当主の身分を持っておるが、力もなくまだ幼い…」
「それで?」
わしとアスラーは古い友人だというのに、まるでわしが圧迫面接でも受けているようじゃ。
「後四分です」
執事が無機質な声で残り時間を告げる。
「わしは、今年で62になる… 頑張るつもりじゃが、テレジアが安心できる生活環境を築けるまで生きられるか分からんのじゃ…」
「それで?」
わしは残り時間があまりない事、急かされた気持ちになっていた事、自分の落ちぶれた姿を偉大になった友人に見せている事、そして、テレジアの未来を、ぐちゃぐちゃに混乱した頭で考えておった。
その時、テオドール卿の最後の言葉をふと思い出した。
『私はこの世界で一番ティアナの事を愛している男だ。しかし、私はもう長くはもたん… 私の亡き後、ティアナの事を一番愛している男はお前になる。ティアナの事は頼んだぞ…』
そうじゃ…わしがどれだけ頑張ろうとも、わしがテレジアより長生きすることはできん…死んでしまえば、もう声を掛ける事も、手を握り締めてやる事もできん、だから、どんなにつらくても生きている人間に託すしかないのだ…
あの時のテオドール卿もこんな思いをして、わしにティアナの事を託したのか…
「後三分です」
執事が時を告げる。
「末席の者でもよいから、テレジアを…テレジアを娶ってもらってウリクリ家の一員にしてもらえないか…」
わしは搾り出すような声で告げた。
「そ、それは…」
アスラーは始めて違う言葉を漏らした。
「テレジアは館も金もないが、侯爵家のアドリー家当主じゃ! 身分に不足はないじゃろうが!」
わしはアスラーに声を荒げる。しかし、アスラーは眉間に深い皺を作りわしを凝視している。
「後二分です」
執事が時を告げる。
「身分だけではない!! わしが…わしが! テレジアをウリクリ家に相応しい娘に育て上げる!! アスラー、お前が納得するような娘、いや帝国一の娘に育て上げる!!」
しかし、アスラーは何も答えず、机の上の拳を握りしめている。
アスラーはわしの申し出に腹を立てているのであろうか… 当然じゃ、古い友人と言っても、アスラーは今は有力な公爵家の当主で、わしは金もなく住むところにも困っているただの男じゃ。そんな男が突然、自分の孫を娶れとは虫が良すぎる。
だが、今のわしはアスラーに頼るしかないのだ。
「この通りじゃ!!」
わしは椅子から降りて、床に頭を擦り付けてアスラーに土下座をする。
「な、なにを!?」
「わしがどれだけ頑張ってもテレジアより先に死んでしまうじゃろう…その時、テレジアは一人ぼっちになってしまう… その時に、テレジアの周りにどの様な者がおるのかわしには分らん… だから、信頼するアスラー、お前に頼むのじゃ… テレジアをウリクリ家の一員に加えて、家族をなって一人ぼっちにしないでやってくれ… この通りじゃ…」
わしは床に頭を擦り付ける。
「いや、そんな事を急に言われても…」
「後一分です」
執事が時を告げる。
その声が、わしに一つの決意をさせる。
ティアナ…テレジア…済まぬ…
わしは懐から、ティアナから託された、あのペンダントを取り出す。
わしは掌のペンダントを感慨深く見つめたあと、ぐっと握りしめ、アスラーの元へ進む。
「これが、テレジアをウリクリ家に相応しい娘に育てる証の品じゃ!!」
わしは、ダンと拳を机に叩きつけてペンダントを出す。
「こ、これは?」
アスラーは視線だけでペンダントを見る。
「アドリー家の元当主のティアナからテレジアへと託された、アドリー家の家宝の品じゃ!! もし、年頃になったテレジアがウリクリ家に相応しい娘になっておれば、ウリクリ家のものからテレジアのその首に掛けてくれ、もし、そうでなければ、隙にすればよい… その品を理由にアドリー家を乗っ取っても良い… テレジアから移譲されたとでもいってな…」
アスラーは何も言わず、わしの目を見る。部屋の中に沈黙が流れていた。
「お時間です」
しかし、執事の声が沈黙を破り、無情にも交渉時間の終わりを告げる。
「御退出願います」
続けて、執事が退出を促してくる。
わしは頭を項垂れる。残念な気持ちと悔しい気持ちがあった。ティアナ大切にして、最後に託したペンダントですら、アスラーを頷かせることが出来なかったのだから。
そして、わしがペンダントを回収しようとした時、沈黙を保っていたアスラーが口を開く。
「分かりました…検討いたしましょう…」
わしはその声に顔を上げる。
「お時間です。御退出願います」
再び執事が告げる。
「後日、改めて連絡いたします…」
アスラーは執事の言葉を肯定するように続けた。
わしはアスラーに深々と頭を下げた後、部屋の入口へと進む。
そして、扉を潜った後、ちらりとアスラーを見ると、何か言いたげに口を開けていたが、執事が扉を閉めて遮った。
わしは出来る限りの事はやった。後は結果を待とう。
わしが玄関まで辿り着くと、子供たちの黄色い声が聞こえてくる。視線をそちらに向けると、テレジアと先程の少年が楽しそうにはしゃいでいる。
あぁ、本来であれば、アドリー家の庭園であのようにはしゃいでいるはずだった。それを今ここで楽しんでおるのじゃろう…もっと、自由に心行くまで遊ばせてやりたいがそうにもいかん。
「おーい、テレジア!」
わしはテレジアに声を掛けて手を振る。
「あっ じぃじ!」
二人が楽しそうな顔をしながらわしの所へ駆けてくる。
「じぃじ、お話終わった?」
「あぁ、終わったよテレジア、だからもう帰るよ、ほら、遊んでもらったお友達にお礼をいいなさい」
「うん、ウルグ、ありがとう!」
テレジアはそういって少年にハグをする。
「ぼ、僕も楽しかったよ! テレジア、また、遊びに来てよっ!」
少年は少しはにかみながら答える。
「じゃあ、行こうかテレジア」
わしはテレジアの手を握り歩き始める。
「じゃあ、またねぇ~!!」
テレジアは振り返りながら少年に手を振った。
「うん、またね!!」
こうして、わしらはウリクリ家を後にした。
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