第13話 友人の元へ

 アドリー領から帝都に向かう途中、幼いテレジアを連れて徒歩で向かう訳には行かなかったので、転移魔法陣を使わねばならなかった。しかし、転移魔法陣の使用料のような大金を持ち合わせてはいなかった。


 テレジアの資産は、トビアスの書類で全て奪われ、わしの資産はその対象外であったが、そもそも、わし独自の資産など持っていなかったので、わしも金がなかった。ただ手元にあるのは…

 

 わしはアイヒェルが死ぬ直前に、わしに買ってくれた懐中時計を断腸の思いで売り払った。アイヒェルがわしに残してくれた最後の品であるが、アイヒェルが残してくれたものにはテレジアもあると割り切った。アイヒェルが残してくれた懐中時計は高価なものだったらしく、かなりのまとまった金になった。これなら転移魔法陣を使っても十分お釣りがくる。


 わしらは帝都に向かい、とりあえず今後の事を考える為に宿をとった。


 そこでわしは考える。わし一人であれば、こんな何もない状態でも山や森に入れば生きていく事はできるじゃろう。しかし、テレジアがいる。こんなじじいに付き合わせてテレジアまで野蛮人のような生活をさせる訳にはいかん。


 テレジアは幼くても、何も持っていなくても、アドリー家の当主なのだ。当主として、貴族としての人生を送らせてやらねばならん。


 だか、どうやって貴族として生きさせる? また、わしはどこまでテレジアの側にいてやれる? わしは今年で62歳、日本で言えば還暦を過ぎておるし、この世界の平均寿命が65歳なので、今、6歳のテレジアが18歳の成人までとしても、後12年、わしが74歳? 厳しすぎる…


 ならばどうする? やはり誰かに頼るしかないのか? でも、誰に頼る?


 わしはアイヒェルが亡くなった日の事を思い出す。あの時、わしに会いに来ていた者たち、ロラード卿、ラビタート卿、ジュノー卿、トゥール卿がいる。あの者たちにテレジアを頼む事はできないであろうか?


「じぃじっ!」


 考え事をしているわしにテレジアが声を掛けてくる。


「なんだい、テレジアや」


「ここって帝都なの?」


「あぁ、ここがこの帝国の帝都ナンタンじゃよ」


「じゃあ、お友達のコロンちゃんや、マルティナちゃん、ミーシャちゃんにオードリーちゃんにも会えるかもしれないね?」


 そう言ってテレジアが微笑む。わしはその微笑みにはっと気付く。


 もし、わしがあの者たちに頼ってしまっては、血族でも親戚でもないわしらは、あの家に使える使用人になるしかないであろう。その時、テレジアの立場は、あの嬢ちゃんたちの友人から、使用人の一人に格下げになってしまう。それではダメじゃ!


 ではどうする? カナビスの所も三人の子供とその孫で大変なはず、では誰か…


 そこで、わしはアスラーの顔が思い浮かぶ。ちょっと間の抜けている所があったが気さくな人物だったアスラーなら相談に乗ってくれるやもしれん。


 わしはすぐに宿の店員に声を掛け、アスラーのウリクリ家の帝都のタウンハウスの場所を尋ねる。


「じぃじ、どこかお出かけするの?」


 店員から貰った地図を眺めるわしにテレジアが好奇心を秘めた瞳で尋ねてくる。


「あぁ、おでかけじゃよ」


「どこどこ?コロンちゃんの所?」


「いや、わしの古い友人の所じゃよ」


 そう答えながら、改めてテレジアの姿を見る。テレジアはドレスなどの高価物は全てトビアスに取り上げられたので、今はワンピース一枚の姿じゃ、とても公爵家の当主となったアスラーに合わせるような服装ではない。


「そうじゃな、その前にテレジアの服を買いに行こうか」


 わしは貴族も買い求めるような少し高めの衣装店に向かい、それなりの服をテレジアに買ってやる。


「じぃじっ! ありがとう!」


 そういってテレジアは喜ぶが、懐中時計を売り払った金は残りわずかとなった。


「じゃあ、行こうかテレジア」


 そうしてアスラーのいるウリクリのタウンハウスに向かって歩き始めたが、帝都はやはり帝国の首都だけあってかなり広く、六歳のテレジアでは歩き疲れてきた。しかし、ここで歩みを止める事の出来ないわしは、テレジアをいつものように抱きかかえて歩き始める。


「じぃじ、ごめんね、足疲れない?」


「大丈夫じゃよ、テレジアは軽いからな」


 わしはテレジアを心配させまいと笑顔で答える。


 そうして何とか辿り着いたウリクリ家のタウンハウスは広大なものであった。アドリー家の領地の館よりも大きいと思う。これで帝都の別荘扱いなのだから、公爵家の凄さが改めて分かる。


 わしはその館の大きさに怖気づいてしまいそうになるが、テレジアの為だと勇気を振るい、門の所へと向かう。するとわしらの存在に気が付いた門番の方から声を掛けてくる。


「何者だ! ここはウリクリ家の邸宅である! 何用か!」


 公爵家の邸宅を守る門番だけあって、威厳と警戒心を持って対応してくる。


「わしはアスラーの古い友人で、アドリー家のカイじゃ、そして、こちらがわしの孫娘でアドリー家の当主のテレジアじゃ、アスラーに話があって会いに来たんじゃ」


「アスラー様はお忙しい、紹介状のないものは立ち去れよ」


 門番は無表情で答える。


「だから、わしはアスラーの古い友人と言うておろうが」


「アスラー様には古い友人と嘘をついて会おうとなされる者が多い、なのでそなたも紹介状が無いというならば信用ならん」


「アスラーならわしに会えば一目で分かる、だから会わせてくれ!」


「そんな事を言って、アスラー様に不届きな事をしようとした輩がいた。尚更合わせる訳にはいかん、立ち去られよ!」


 わしが分からず屋の門番と押し問答をしていると、一台の豪華な馬車が門の前で停車する。


「何事か?」


 馬車の中から威厳のある声が響く。


「はっ! アスラー様に会いたいと言ってくる輩がおりましたので、只今立ち去る様に言っている所であります!」


「アスラー!! わしじゃ! カイじゃ!! わしの事が分かるじゃろ!!」


 このままでは追い払われると思い、大声をあげる。


「カイ? まさか、あのカイ殿なのか?」


 場所の窓からアスラーが顔を見せた。


「本当にわしじゃ! お前に…いや、ウリクリ卿に会いに来たんじゃ!」


「まさか、本当にカイ殿とは…おい、門番」


 アスラーは門番に向き直る。


「はっ!」


「通してやりなさい、その方は私の古い友人だ」


「えっ!? 本当なのでありますか!?」


 門番はアスラーの言葉に目を丸くする。


「私に二度言わせる気か?」


「いえ、了解しましたであります!」


 門番は顔を強張らせながら敬礼する。


 こうしてわしらはウリクリ家の敷地に入ることが許されたのであった。



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