第12話 あんまりじゃねぇか

 アイヒェル、マロン、テオドールの遺体は、棺に収められ、アドリー家の墓地の穴に収められ、今から土を被せられそうになっている。


「ねぇ、じぃじ…」


「どうしたんだい? テレジア」


 わしが抱きかかえている黒い喪服を着たテレジアがわしに声を掛けてくる。


「どうして、ぱぁぱやまぁま、それににぃにに土を掛けちゃうの? 起きられなくなっちゃうよ」


 テレジアはまだアイヒェルたちが死んだことも、これから埋葬することも分かっていない様子であった。


「ぱぁぱ達はかなり疲れているから、ゆっくり長い時間眠るんだよ…」


 わしがテレジアのそう伝えると、納得したような顔をしていたが、その話を聞いていたティアナは嗚咽を漏らして咽び泣きをしていた。


 しかし、一週間後にはどこから聞いたのか、皆が死んでもう起きる事も、再び会う事も出来ない事が分かり、わんわんと泣き声を上げ続けた。わしはその都度、抱きかかえて泣き止むまであやしてやったり、墓参りに連れて行ってやった。


 アイヒェル達は街に買い物に出た帰りに襲われたらしい。アイヒェルやマロン、幼いテオドールに至るまで、胸の心臓を一突きにされていたそうだ。また買い物をした品の中にはわしやティアナへのプレゼントや、テレジアの為のぬいぐるみもあったそうだ。


 最初は物取りの賊だと言われていたが、買い物の荷物を奪われていない事から、初めからアイヒェル達を狙ったものと思われた。


 誰にも恨みを買っておらず、善政を布して民から愛されていたアイヒェルがどうして殺されなければならないのか… そこにセントシーナの復讐ではないかと話が持ち上がった。


 セントシーナはティアナを誘拐して、それを逃し、ティアナが生還した事で今までの悪事が露見して、セントシーナの窓口になっていたオスロープの街のブリッダン卿は、セントシーナに国外逃亡し、オスロープ内のセントシーナの拠点は全て取り締まられて崩壊し、アドリー家のティアナを唆したメイドも捕らえられ拷問を受けた後に、仲間の情報を吐き出させて、アドリー領内のセントシーナの組織も潰したのだ。


 しかし、この情報は、ただでさえアイヒェル達の死に落ち込んでいたティアナの心を痛めつけた。あの時の自分の行いが巡りまわって、自分の息子夫婦を死に追いやったとティアナは思い込み、自分を呪ったのだ。


 そして、ティアナは生きる気力を失い寝たきりになってしまった。日に日にやつれていくティアナを見る度に、胸が締め付けられるように苦しくなり、彼女はもう長くはないとわしは悟った。


 そんなある日に、ティアナはその日は体調が良いのかわしに話しかけてきた。


「あなた…お願いがあるの…」


「なんだい、ティアナ…」


 わしはそっとティアナの手を握る。


「私がおばあ様から頂いたペンダントを…私がおばあ様からして頂いたように、テレジアが成人になった時に渡してもらいたいの…」


「テレジアはまだ6歳じゃ、成人になる18歳までティアナが頑張って生きればよい…身体もきっと良くなる…」


 わしの言葉にティアナがふっと微笑む。


「カイ…あなたって本当に嘘が下手ね… あの山で飢え死に仕掛けていた事を覚えている? あなた、自分もドングリを摘み食いしたって嘘をついたでしょ?」


「どうしてそれを?」


 確かにあの時は、自分も摘み食いしたと嘘をついた。それはティアナを気遣っての事だった。


「あなた、嘘をつく時、鼻の穴が広がるのよ」


 その言葉を聞いてわしはさっと鼻を隠す。


「だから、私が良くなるというのは嘘ね…自分でも分かるわ…だから、私にはもう時間が残されていないの…本当は自分の手でテレジアの首にこのペンダントを付けて上げたかった…でも、もうできないから、カイ…あなたに頼むのよ…」

 

 わしは鼻を隠していた手もティアナの手に添える。


「あぁ、必ず、わしがテレジアにペンダントを掛けてやる…必ずだ!」


「…嘘はついていないわね…鼻が広がっていないわ…あぁ…安心していけるわ…先に行くけど、ごめんなさいね…カイ…」


 そうしてティアナは静かに息を引き取った。アイヒェル達の葬儀から一か月後の事であった。


 わしは立て続けに家族を失い、残った家族はテレジアただ一人になった。わしは最愛の人を失った事を悲しみ、息子夫婦を失った事を悲しみ、テレジアの境遇にも悲しんだ。


 わしはわんわんと泣き続けるテレジアの側に居てやることぐらいしか出来なかった。元々、領主としての仕事は以前はティアナが行い、つい先日まではアイヒェルが行っていた。能力的にも状況的にもわしには何一つ出来んかった。


 そんな所へ、ティアナの弟のトビアスがやってきた。なんでもティアナの恩に報いる為に、わしやテレジアの助けをしたいと申し出た。


 その時のわしはトビアスを信じる他なかった。だから、トビアスが用意してきた書類に確認もせずにサインをしてしまった。


 それが間違いだったのだ。その書類はアドリー家の資産や経営権をすべてトビアスに譲渡するための書類であったのだ。気が付いた時には、ほとんど身体一つでテレジアと共に館を追い出されていた。


 しかし、テレジアのアドリー家の当主としての身分だけは残された。なんでも身分の譲渡は当主が死んだ時か、成人になってからでないと不可能であるそうだ。わしとテレジアは法によって財産を奪われ、法によって身分を保護されたのだ。おかしな話だ、なんの財産も権限もないのに身分だけが残されるとは…


 わしとテレジアに残されたのは、ティアナがわしに送ってくれた結婚指輪、アイヒェルが死の直前にわしの為に買ってくれた海中時計、ティアナが最後に託したペンダント、そして、わしが13歳の時から持ち歩いている、あの冒険道具の入ったリュックだけじゃった。


 テレジアにまつわる財産は、あのアイヒェルが死の直前に買ってくれたぬいぐるみまで残さず奪われた。


 わしは天を仰ぎ見て叫び声を上げた。


「神様…あんまりじゃねぇか… 一度死んだ人間をこの世界に生まれ変わらせて… もう人生という本を読み終えて、ページを閉じて後は眠るだけっていう時に、この仕打ちはあんまりすぎる… どうしてこのまま楽に眠らせてくれなかったんだ!!! わしが何か罪を犯したというのか!!! なら、どうしてわしだけの罰を与えない!! どうしてテレジアを巻き込むんだ!!! あんまりだ… あんまりだよ… 神様…」


 しかし、天は何も答えてはくれない。わしは腕の中で泣きつかれて眠るテレジアに目を落とす。


「この子だけは何としても、わしが守らねば… ここにいてはいつトビアスの手の者に命を狙われるか分らん…」


 わしはテレジアの故郷であるアドリー領から立ち去って、一路帝都へと向かった。



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