第11話 人生の折り返しを過ぎた後
そして月日は流れて、子供だったアイヒェルは大きくなって大人になった。帝都の学園へと進学して、そこで研究に没頭してなかなか家に帰って来ず、わしらをやきもきとさせたが、アイヒェルが25歳になったとき、一人の御令嬢をつれて家に戻ってきた。
そして、この御令嬢と結婚したいと行って来た。その御令嬢はとある子爵家の娘さんで、名はマロン・ラル・カスターニと仰った。なんでも学園で研究一筋に助教授になっていたアイヒェルを振り向かせるために、彼女も助手となり、五年の月日を掛けて漸く自分の思いに気付いてもらえたそうだ。
わしらはドングリのアイヒェルが栗のマロンさんを連れて帰って来たと笑ったが、二人は幸せそうであった。そして、結婚を機にここの領地に移り住み、ティアナの手伝いをしたいと言い出した。
気が付けば、わしは50歳、ティアナは45歳になっていた。この世界の平均寿命は65前後なので、人生の折り返し地点はすでに過ぎており、そろそろ次の世代に代替わりの準備を始めてもよい時期に来ていたのだ。
前世では25歳までしか生きられなかったのに、わしがもう50歳。前世では子供どころか嫁も居なかったのに、この世界では、妻に恵まれ、子に恵まれ、こんどは孫にもめぐまれるであろう。転生してきたときには、なんの特殊能力も貰えず、不満を口にしたが、特殊能力がなくてもこうして幸せに過ごすことが出来た。
ティアナと出会ったあの日から、もう25年も経つが、喧嘩らしい喧嘩もすることなく、お互いに仲睦まじく過ごすことが出来ていた。ティアナも今年で45歳になったが、いまでもティアナは美しかった。手を握るとはにかんだり、わしの作るハギスを美味しいと喜んでくれたり、わしにとっては勿体ないぐらいの素晴らしい女性じゃった。
そして、一年を経たずして、アイヒェルとマロンの間に男の子が産まれた。アイヒェルが産まれた時のように玉のような赤ん坊であった。
わしが名前はどうすると尋ねると、アイヒェルから意外な答えが返ってきた。
「お爺様のお名前を頂きたいのです」
アイヒェルの祖父というとティアナの父。そうアイヒェルはテオドール卿の名前を欲したのだ。テオドール卿はわしには厳しいお方じゃったが、孫のアイヒェルには優しい御方じゃった。アイヒェルはその時の感謝を忘れていなかったのだ。
「ティアナ、アイヒェルが産まれた子に、テオドール卿の名前を付けたいそうだ」
わしがティアナにそう告げると、ティアナは目を丸くした後、ポロポロと涙を流して喜んだ。
「えぇ、いいわ、すばらしいわ!」
こうして孫の名前はテオドールとなった。そして元気にすくすくと成長していった。孫が生まれた事により、わしとティアナが孫の面倒を見て、アイヒェル達が領地の仕事をするようになってきた。テオドールは素直ないい子で、誰からも愛されるような子で、テオドール自身も周りの皆が大好きな子供であった。
そして、テオドールが六歳になった時、二人の目の孫が生まれた。今度は女の子であった。わしは初めての女の赤ん坊に緊張した。触れば壊れてしまいそうに思った。しかし、その赤子は私の指を掴んで微笑んだ。わしはその瞬間、可愛くて愛しくて爆発しそうになった。それと共に、前テオドール卿がわしに辛く当たっていた理由も漸く完全に理解できた。
こんなに可愛い孫娘を、どこの馬の骨かわからん男にはやれん!
娘と孫娘の違いはあるが、前テオドール卿もこんな気持であったのだろう。
「アイヒェルよ、この子の名前はどうするのじゃ?」
わしがアイヒェルに問いかけると、アイヒェルが答える前にティアナが口を開いた。
「私の希望を言ってもいいかしら?」
「どんな名前なの? 母上」
「私は、私のおばあ様からペンダントと共にこの名前を頂いたの、だからこの家に女の子が産まれた時には、それを引き継いでいきたいのよ」
そういってティアナは胸のペンダントに触れる。あぁ、あの時のペンダントだ。
「で、その母上のおばあ様の名前は何というのですか?」
「…テレジア…そうテレジアよ…」
テレジア…ティアナと初めて出会った時にティアナが騙っていた名前だ。運命とはこんな回り方をするものなのか。
こうして、孫娘の名はテレジアに決まった。
その日からというもの、わしはテレジアを溺愛した。それはもうテレジアを産んだ本人であるマロンが嫉妬するぐらいに。ティアナはそんなわしの姿を見て笑っておった。
そして、テレジアが乳離れして、ハイハイをするようになったころには、当主の仕事は完全にアイヒェルに引き継がせて、わしとティアナは隠居することになった。
ティアナが当主をしていた時のわしの仕事といえば、ティアナの代わりに目と足となって、遠方に確認をしに行くのが主な仕事であったが、年に二回だけ、有志や希望者をつのっての森でのサバイバルの講習を行っていたぐらいだ。なので、隠居したわしの仕事は年二回の講習だけで、後の時間は、孫のテオドールやテレジアに全て使う事ができた。
「じぃじ! じぃじ! だっこ!」
手を広げて六歳になったテレジアが抱っこをせがむ。
「羨まし限りですな、カイ殿」
以前サバイバルの講習で仲良くなったロラード卿が、そう言ってくる。
「ロラード卿も娘さんをだっこしてやれば良いでしょ、大きくなったら、こちらから拝みこんでもさせてもらえなくなりますよ、だから今のうちです」
そう言って、テレジアを抱きかかえて、他の娘たちと遊んでいるロラード卿の娘に視線を向ける。
「娘はもう、私の娘ではないのです…」
ロラード卿が寂しそうな顔をする。
「どういうことですかな?」
「娘は、皇室の皇子との婚約が決まりました。だから、もはや私の娘ではなく、皇室からの預かりものとなったのです…」
ロラード卿に愛情がないわけではない。今も愛しむ目で娘が友人たちと遊ぶ姿を見ている。貴族とは人のうらやむ事も多いが、我が子を抱きしめる事が出来なくなるようなしがらみもあるのだと分かった。
「テレジア! あなたもこっちに来なさいよ!」
ロラード卿の娘のコロン嬢がクリクリの縦ロールを揺らしながらテレジアに声を掛けてくる。
「ほら、テレジアや、行って御上げなさい」
「うん、じぃじ、わかった」
わしがテレジアを降ろしてやると、テレジアは友人たちの所へ駆けていく。
「コロン! ミーシャ! マルティナ! オードリー! 待ってよ! おいてかないで!」
とたとたと、皆の所に駆けていくテレジアを二人で眺めていた。
「しかし、縁とは不思議なものですな…」
ロラード卿がぽつりと言う。
「あの森で生き抜くための講習を受けて、その時にカイ殿に対抗するために団結した、私や、ラビタート家のカーヨム、ジュノー家のナクロン、トゥール家のエブリスが同い年の娘を連れてこうして集まっているのですからね」
ティアナとの一か月に及ぶ森でのサバイバル生活は、どういう訳か、貴族の間で話題になっていた。貴族という立場上、命を狙われる事が多い、なので、逃走する事もあるだろうという事で、わしが年二回の講習を開く事になったのだ。しかし、生き延びる術を教えたというのに、何故か講習を終えると、わしが恨まれる事が多い。
「皆が団結するのはわしを恨んでの事だと思うのだが、どうしてなのか理由がわからん」
「カイ殿…あのハギスですよ…」
わしはその言葉に目を丸くする。
「えっ? どうしてハギスでわしが恨まれなければならんのじゃ?」
「いや、舌の肥えた貴族に、獣の内臓と血を胃袋に詰めた料理を喰えというのは、恨まれても仕方ありませんぞ…」
「おかしいのぅ…ティアナは美味いといって食べてくれたのじゃがのぅ…」
ティアナのあの言葉はお世辞だったのであろうか…
「とりあえず、あの時のハギスの味は我々にとっては苦渋の味でしたよ。だから団結して獲物をとり、あんなに不味いハギスを食べなくて済むようにしようと、皆で誓いあったのですよ」
「では、あれから何年も経つが、どうして毎年わしの所に来てくれるのじゃ?」
わしがそう尋ねるとロラード卿はニヤリと笑う。
「あの時以来、私たちはハギスに魅入られてしまったのです。あの不味い料理をどうにかして、美味い料理にしたいと、そうすれば、安心して森の中でのサバイバル生活が出来るという事です」
「いや、そんな事に情熱を燃やさんでもいいじゃろうが」
「そんな事はありません、今日はようやく我々の努力の結果が実った日なのです」
「結果が実った日?」
わしは首を傾げる。
「ふふう、カイ殿には至高で究極のハギスをお召し上がりいただきますよ…御覚悟願います」
そう言ってロラード卿が視線を促すと、向こうでラビタート卿やジュノー卿、トゥール卿が、中央にハギスが置かれたテーブルを囲んで手を降っている。
「どれどれ、至高で究極のハギスというものを頂いてみようじゃないか」
わしがテーブルの皆の所に向かおうとした時に、館の者が血相を変えてやってきた。
「カイ様! 大変です!! アイヒェル様たちの乗った馬車が襲われたそうです!!!」
わしは至高で究極のハギスを喰う事は無かった。
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